パンデミックを忘れた島に暮らして
最近、ふと気が付いたことがある。
上空から飛行機の轟音が響いている時がある。ということは、飛行機が再び空を舞い始めたということである。
私の住むところはストックホルムのブロンマ空港(メインはアーランダ空港)に近いため、パンデミックが横行し始める以前は、一時間に数回、上空から轟音が響いていた。その音を懐かしく感じられる日が訪れるとは想像もしていなかった。
今は、感激とともに空を仰いでいる自分がいる。
「警察は海岸において開催されているサルサパーティーを禁止した」、というタイトルが今朝の島新聞の一面を飾っていた(ストックホルムの大半は島から成る)。
現在スウェーデンを訪問された方々は、この国には、果たしてパンデミックが蔓延しているのか、と訝しまれるかもしれない。初夏の風物詩は、この国に住みだしたころからさほど変化していない。ボート、上半身裸の人々、ベランダおよび海岸におけるグリル等。これはパンデミック以前も、昨年も、現在も、表面上は変わらない。
昨年の今時分、日本人の友人と海岸通りを散歩した。
「何これ?今日、カーニバル?」、と問う彼女に私は、「そう、ここは毎日カーニバル・アイランド」と返答するしかなかった。
海岸通りは夏季は歩行者天国になり、歩行者、アイスクリームを買う人達の行列等により真っすぐ歩けなくなるほど混み合うこともある。さらに、この島には、街中から高級車が集まり我がもの顔で辺りを走り回っている。ポルシェ、BMW、テスラ等は頻繁に目にする。
海岸通りは、本来は皆のものであり、私も本来は狭量な人間ではないはずではある。しかし、冬の間はここを振り向きもしない訪問者たちが、一番清々しい季節に限って海岸を訪れ、ボートオイルとサンオイルで海を汚染し、ゴミを残して高級車で去って行く。良い気分ではない、どちらかというと憤慨に近い感情を覚える。
そしてその車窓からは女学生たちが上体を半分以上はみ出させ、大音声で騒いでいる。その横に男子学生が自分たちの車を近づけ野次を飛ばしている。そのため、後列に数台の車が立ち往生になってしまったりもする。
歩道では半裸の男性陣が自らの腹筋を自負するかのように颯爽と歩いている。また、腹筋を自負していないような方達も半裸で颯爽と歩いている。この状況は女性の場合にもまた然り。女性の場合は半裸ではないが。
サイクリング道においては、自転車の数より、歩行者の数が多いので、「恐れ入りますが、お傍を失礼いたします」と、サイクリストのこちらが遠慮がちに通り過ぎなければならない。本末転倒である。
海岸通りには、他人とは二メートルの間隔を開けるように、との注意書きが要所要所に貼られている。
その注意書きの横で若者たちはサルサを踊っている。男女が身体を密着させ、音楽に合わせ、踊っている。
屋外であるため、三密にはならないが、完全な二密である。
警察の車は頻繁に巡回をしている。しかし、それは物理的距離に関してではなく、一般的な治安を管理しているのであろう。ヘリコプターが旋回している時もある。
昨年は、集団免疫獲得を提唱したスウェーデン人の国家疫学官のアンデシュ・テグネル博士が彗星の如く出現し、一躍、時の人となった。テグネル氏の顔を自分の腕に刺青した青年も現れた。さらに、同氏の肖像を制作したアーティストまで出現した。刺青モチーフ、さらにアートの対象となった国家疫学官は他に例をみないであろう。
スウェーデンは、現在のところロックダウンは一度も行っていない。その理由は、当初のものでは、強制的な封じ込めを行うと暴動が発生する危惧があるというテグネル博士の予測に準じていたものであった。
その後、パンデミックに起因する死者数が高騰した時には、テグネル氏は、メディアおよび一部の政治家から激しく批判され、脅迫状を送り付けられたこともあった。これほど、一つの政策に関して賛否両論が極端に分かれたことも珍しい。
ロックダウンの無かった国スウェーデン。
遠隔勤務となった、レストランの営業時間が短縮された、マスク着用が推奨され始めた、一度に店内に入れる人数が制限された等の規制は課されたが、一日に何時間、何時に何キロ以上移動してはならない、という制限はない。群れになって歩く通行人を牽制する軍人もいない。
これがこの国によって果たして良い結果をもたらしたか否かは、罹患者数等のデータを見ても、単純には理解し得ない。そもそも私はデータを見たことも分析したことも滅多になかった。どのような結果が反映されていたにせよ自分は出来ることを出来る範囲でする他に選択肢はなかったからである。
何度もロックダウンをした国の国民の、外に出られないフラストレーション、失業率、飲食業界、販売業界への打撃とスウェーデンの場合を比較した場合、この国のほうが多少楽観的な数値が示されるかもしれない。しかしこの国においても就業可能者の失業率は9,4パーセントに上っている(2019年 6,8パーセント)。
しかし少なくともこの島を散策している限りは、この地上にいまだにパンデミックが蔓延しているということは忘れがちになる。
ストックホルム中からこの島に人が集まって来る理由は、一刹那でもパンデミックに依る苦悩から解放されたいためかもしれない。
パンデミック期間には精神衛生のケアも必要不可欠である。
私は、長い間、水の近くの美観地区に住むことを渇望していた。
そして三年前に、思い立って、ストックホルムのリヴィエラと噂をされていた海岸通りの近くにマンションを購入してみた。
購入したのは春であったため、夏場がこれほどに混み合う場所であることは知らなかった。手軽に海外に出掛けることが出来た時勢でさえ、夏場のこの海岸は芋の子洗い状態であった。
ある日、島新聞に「住むところを自由に選べるとしたらどこに住みたいですか?」というアンケートが紹介されていた。
果たしてどのような返答が多かったであろうか?
「今、自分が住んでいるところ」、が最多の返答であった。
結局のところ、
いろいろと不平を述べてみたものの、私は、この夕暮れ時の景観が美しいカーニバル・アイランドが非常に好きなのである。短い人生、出来ることなら毎日カーニバル気分を味わいものだと思う。
街頭でアンケートを受けたとしたら、私も間髪を置かずに同じ返答をするであろう。
ご訪問いただき有難うございました。
人の写っている写真は多少ボケさせて頂いております。
今後、言葉を交わさせて頂いたNoterさん達を、順不同にてこちらで紹介させて頂きたいと思います。記事の更新が遅いのでどうか気長にお待ちください。
ALOHADESIGNさん
フォローさせて頂いているALOHADESIGNさんが、Stay Saltyという名前の(利益目的ではない)美しいマガジンの一周年記念を迎えられました。世界国内各地にて暮らしていらっしゃる方々の生き様を美しい写真とともに紹介されていらっしゃいます。拝読させて頂いた時、何故か旅行中にラウンジでくつろいでいるような感覚を受けました。