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ふたたび椰子の下で、時には定年退職者のごとく
「この土地を訪れたのはいつだっけ?」、電話で娘に訊ねてみた。
「2017年だったよ」、と娘は即答する。もうあれから七年も経たのだ。
以前、娘達とこの土地を訪れた時は、実に難儀をした。旅行会社に何度も電話をしてフライトの日程を変えたり、埒があかないため事前に空港へ出向いたりした。そのため、この土地に関してあまり楽しい記憶は無かった。
それなのに、今回、何故またこの土地を訪れることにしたのか。世界は広いのに同じ土地を二回も訪れてしまった。この土地が特に気に入ったというわけでもなく、縁もゆかりもない。敢えて言えば空港から近いため、夜遅くのフライトでもタクシーにてアクセスがしやすい、ということであろうか。
あるいは、懐古感からであろうか。
昨年の11月中旬からは平均睡眠時間4,5時間という辛苦の日々を送っていた。旅行などしている時間は本来なら無いはず、とは考えつつ、旅行をキャンセルすることも憚られた。
ホラー映画のシャイニングでは、All work and no play makes Jack a dull boy、「よく学び、よく遊べ」という有名なフレーズが謳われている。勉強・仕事ばかりをしていたら退屈な人間になってしまう、というのがより誠実な訳であろう。
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人間、時には、何もせずにボーっと海辺で過ごす時間も必要なのであろう。波と追いかけっこをしていると、時間の流れを忘れてしまう。数時間、海辺に佇んでいてもおそらく飽きない。
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十二月末の地中海は静かに波打っていた。
以前、コスタデルソル(さらに南のマラガ付近)を二月頃に訪れた時、夜中の海が非常に荒れていた。しかし朝になると、晩の嵐があたかも幻聴であったかのごとく、穏やかな地中海に戻っていた。
何もない土地に二日間も居ると大都会が恋しくなったため、三日目には大都会へ出向いてみることにした。高速バスで40分程度の距離である。
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この大都会で、どうしても寄りたいところがあった。
目抜き通りの中ほどに位置する市場である。ウニ、生牡蠣を中心とする、種々の魚介類、イベリコハムサンドイッチ、サラミ類、肉類、スムージー、果物等、何時間廻っても飽きなそうである。
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ストックホルムに長年住んでいると、人混みに免疫が無くなる。おかげで大都会は一日で辟易してしまった。
次の日はふたたび滞在先の土地でゆったりと城跡などを観光することにした。城跡の裏側の草ぼうぼうの空き地に入ってみたら、少し怪しい感じの人がベンチに座っていたので、即座に引き返した。
以前ここを訪れた時は、和中華料理の食べ放題レストラン巡りをしていたことを思い出し、そのうちの一軒に入ってみた。そこそこ良い食材を使っているはずなのに、どう調理してこの味になるのかと、またしても遺憾。
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外食に疲れ、この日の晩は、ホテルの部屋で食事、スーパーから出来合いのパエリアを買って来て、トマトならずクマトと一緒に頂いた。クマトの方はプリっとしていて美味しかった。
以前と異なり、何もかもが高価になっていたが、幸い(?)アルコール類だけはスウェーデンよりは相当安く、大抵の場合はレストランでも半額以下である。スーパーでも一瓶、350円程度からワイン等が購入できる。
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ふたたび、足を延ばして、大都会と反対側の街Sitgesへ。トンネルを何本も抜けて数十分、そこには見事に観光地化された町が佇んでいた。南仏のプロヴァンス地方を髣髴させる。
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帰国の前日。
なるべく、仕事のことを考えずにのんびりと過ごそうと思った。コンピュータも無く、携帯電話の着信音も消し、ひたすらゆったりと。南の太陽の光の中で。
今度はいつこのような機会を持てるかわからない。
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光の中を交差してゆく人々。
皆、どんなことを考えながらこの土地に住んでいるのか、あるいは訪れているのか、などと呆然と考えてみる。
定年退職後、スペインに移住するスウェーデン人は、昨年は2000人以上であったそうだ。
自分はどうしたいのであろうか。スペインが好きであった。しかし、定年後移住したいほど好きかという問いには即答は出来ない。
椰子の木の下で太極拳を試みている西洋人の団体を見掛けた。緩慢に、緩慢に手足を動かしている。
毎日時間とストレスに追われる現在の自分を、彼らの立場に置き換えてみる。これが自分の定年退職後、過ごしてゆきたい生活であろうか。
しかし悠々自適に過ごしているように感じられる彼らも、現役時代は激務を担ってきた人々なのかもしれない。定年退職した方々がストレスフリーとは限らず、人に依っては現役時代よりも多くの心配事を抱えているかもしれない。
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最終日の晩、地中海の日没を記憶に納めようと、トレンディー系のレストランに入ってみた。泣きたいほど味が無く、食中毒になりそうなドス黒いマグロの刺身入りのポケサラダ、安いと思って事前に価格を確認しなかった4000円近いサングリアに泣きながら、切ない日没の景観に心を癒した。
日没時の太陽は非常に速く感じられた。携帯電話にも納めようと、携帯電話を取り出したその瞬間には陽は既に海の向こうに消えていた。
もう当分、この国を訪れる機会はない、漠然とそう感じた。
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出発の朝、すなわち大晦日に、太陽と椰子の土地を飛び立った。椰子の国を去って一時間半経った頃、下界には幻想的な雪山が広がっていた。
現在、ストックホルム、気温はマイナス十度。さすがに家の中でもタンクトップでは寒い。
例に依って、旅行記を書く人になってしまいましたが、今回は地中海の写真を以て新年のご挨拶をさせて頂きました。どうぞ皆様、風邪を引かれたり、凍った地面で転んだりなさらないようにご自愛なさって下さいね。