ハロウィンと諸聖人の日、幾百もの光を散りばめて

画像1 「週末は何をするのか」と、娘の一人に訊ねたところ、「教会に行く」との返答が来た。はて、彼女は何時からそれほど信心深くなったのだろう、と訝ったら、「明日は諸聖人の日だということを忘れたの?」と、反問された。
画像2 諸聖人の日に行われる儀式は、日本の行事に例えればお盆のようなものであろうか。Wikipediaには、全ての聖人と殉教者を記念する日、と解説されている。
画像3 こちらに来た当初は、ハロウィンと諸聖人の日の違いをいまいち把握していなかった。時期も近いうえに、いずれも教会に間接的、直接的に関連している。ハロウィンの時期には、子供達が近所の家をまわり、お菓子、あるいはお金等を無心していた(パンデミック以前)。以前、魔女に扮装した少女達に不意にドアをノックされた時は躊躇した。お菓子は常備しておらず、キャッスレス社会なので現金も所持していなかったからだ。
画像4 仕方がなくビスケット入りの箱をあげた。キャンディを期待していたと思われる魔女達は顔を見合わせていたが、丁寧にお礼を述べて次の家へ向かった。同じく、何も常備していなかった知人は、嫌がらせとして、数個の生卵を家の壁に投げつけられ、その染みを抜くために塗装会社に委託する憂き目に遭った。この時期は、念のためにお菓子は常備しておいたほうが良いということであろう。
画像5 ハロウィンの時期は、ところどころで行われるパーティのために、ゾンビ、ドラキュラ、クラウン、モンスターに扮装した青少年達が街中に溢れている。クラウンに扮装した人が、暗い公園などで女性を脅かす等の事件もあった。
画像6 ハロウィンにはパーティー、子供の楽しみ、犯罪あり、賛否両論が入り混じっている。これが、スリリングな行事であることには否めないであろう。
画像7 それと比較して、諸聖人の日には、故人を偲ぶために、人々が墓地に蝋燭を持って集まる。その幻想的な光景の中にも厳粛さが張り詰める。教会の外から中の様子を撮影させて頂いた。荘厳な雰囲気であった。おそらくミサとコンサートであったと思うが、チケットは売り切れていたため、ミサが終わるまで中に入れなかった。
画像8 日頃、時間にルーズだと避難されているために、昨日は一時間も早く(16時)に着いてしまい、近所を歩き廻っていた。昨晩は非常に寒かった、早く到着し過ぎて凍えるというのも賢い選択ではなかった。
画像9 この時期、というよりも、一年中バルコニーをランプで輝かせているマンションが多い中、この控えめなバルコニーが何故か気に掛った。
画像10 この中世風の窓の形は珍しい。写真中にはライトを点けっぱなしのレンタル・キックバイクが見られる。遺憾であるが、これは頻繁に見掛ける光景である。
画像11 この島には三年住んでいるが、この教会の敷地内に入ったのは昨晩が初めてであった。1688年にその前身が建立されたUlrika Eleonora教会である。娘達の父方の父母が埋葬されているのはストックホルムではない。しかし、この教会は他教区の人々にも諸聖人日のミサを開放していた。
画像12 正面に堂々と構えるのは洗礼コーナーである。これほどの彫像に囲まれた洗礼コーナーも、この規模の教会においては珍しいものかもしれない。
画像13 諸聖人の日に墓地を訪れる人々はこのような蓋のある蝋燭を持参し、点灯する。花束を持参する人々も居る。ストックホルムには観光地になっている墓地が数か所あり、犬の散歩などをしている人達も見られる。
画像14 このようなコーナーはMinneslundと呼ばれ、(主に故人の意志により)墓石を持たぬ人達の尺骨が纏めてここに埋葬される。この教会の公園のような敷地は海の方角に向かい傾斜しており、目前のビルの背後は海である。こちらよりも大きいMinneslundが教会の裏側にもある。これらの写真は、死者に敬意を示したうえで慎みながら撮らせて頂いている。
画像15 私自身も父のお墓を二年間訪れていない。帰国が儘ならないからである。この場所には何の縁も無かったが、父のためにも蝋燭を供えさせて頂いた。
画像16 儀式が終わったあと、娘達が、寿司を一緒に食べて行かないかと誘う。あまりにも寒く、早く帰宅したかったため最初は断わった。
画像17 しかし、すぐに考えを改めて彼女たちを追った。ゆっくりと話を出来る機会に会っておかないと、今度はいつ会えるかわからない。
画像18 おそらくモンゴルの方達の営むレストランであったと思うが、今風の渋い内装であった。せいろに刺身を盛り合わせるという演出は奇抜ではあった。照明にだけは意見をさせて頂きたかった。
画像19 昨晩は、厳粛な雰囲気に包まれた北欧の伝統行事に始まって石焼きビビンバで終わった。すなわち、一味違った諸聖人の日であった。
画像20 来年はどのようなかたちでこの日、あるいはお盆を迎えるのであろうか。当分、帰国が出来なくとも、地球の裏側から出来ることもある。国と宗教は異なっても故人を偲ぶ気持ちは、スウェーデン人も日本人も同じであるはずであるから。