翼に乗ってついに大都会へ 平和ボケに救われたこと
朝食用に購入したタルト入りケーキ箱を嬉々と抱えながらアパートホテルのロビーを通り過ぎようとしたところで、レセプションの男性に呼び止められた。
レセプショニストは、首から掛けた私のカメラを指している。最初、私は呼び止められた理由が予測出来なかった。
「ここで写真を撮影したら駄目だよ」、とレセプショニストは憤慨している。私は困惑した。写真を撮影していて注意されたことはスウェーデン国内では一度も無かった。
私が撮ったのはアパートホテルの入り口であった。その時、客は誰もおらず、入り口からはレセプションさえも見えない。あとから撮影禁止のサインがあったのかと注意して探してみたがそれも見あたらなかった。
「郷に入らずんば郷に従え」、であろうか。しかし一般のホテルの入り口を撮影してはいけない、など聞いたこともない。
「何号室?名前は?」、と尋問口調であった。
出来る範囲で清廉潔白に生きているつもりなので、一方的に理不尽なことで非難されることは心外である。
「宿泊客だったら、部屋でゆっくりと写真を削除して置いてくれればいいから」、とレセプショニストは語気を緩めた。
わざわざ呼び止めて注意をするほど重大なことであったのに、部屋でゆっくりと削除しろ、とは悠長かつ矛盾、と感じた私は、
「今ここで貴方達の前で削除しますよ」、と食い下がり、レセプショニストと守衛の前で問題の写真を削除した。
多少、気分は害したが美味しいタルトを堪能したあとは気を取り直して、地下鉄に乗って大都会へと出掛けた。
この大都会にて撮りたかった景観はいくつかあるが、その一つには地下鉄があった。生きた歴史に触れられる一環である。
しかし、その地下鉄構内こそが撮影禁止となっていたため、残念であるが写真は撮れなかった。
乗客の写真を撮ってしまえば肖像権を侵害する危惧もある。しかし、私が撮りたかったのは人の乗っている電車ではなく、地下鉄トンネルの奥深くと、迷路のように入り組む通路であった。
しかし、構内のほうは(おそらく)軍事施設として位置付けされているため、機密撮影禁止に抵触する。朝のアパートホテルにて苦い経験があったうえ、カメラが没収されたりする危険も回避したかった。国に依っては逮捕される可能性も無きにあらず。
ヨーロッパの地下鉄は100歳を超えているものも往々にしてあり、危機管理がどれほど徹底されているのかと疑問になることが多々ある。ちなみにストックホルムの地下鉄は70歳あまり、ベルリンは120歳あまり、ロンドン160歳弱、パリは120歳あまり、ローマは70歳弱、日本では現在の銀座線が80歳あまりであろう(Wikipediaの各関連ページを参照)。
地下鉄というものは古いものほど地上から浅いところに敷かれているものであるらしい、当然といえば当然であるが。すなわち一般的には、深いところに敷かれた路線は比較的新しいという理論になる。これは、深い地下が苦手な人にとっては心理的な救いになるかもしれない。
ロンドンのキングス・クロス駅にて1987年に大火災が発生したが、それは一部老朽化とエスカレーターの下に積もっていた油脂まみれのゴミ等が、投げ捨てられたマッチによって引火したことが要因になっていたと聞く。
この大都市の地下鉄においても気になったところがある。
何重にも束ねられたケーブルが天井にぶら下げられており、そのケーブルには長い蛍光灯のような照明が括りつけられていた点であった。これが蛍光灯ではなくLEDランプであったほうが省エネにもなり、火災の危険も少なくなくなるのではないか、などの心配をしたが、蛍光灯のように見えても実はLEDランプである場合もあるようなので、余計な口出しはしないことにする。
迷宮のようにも何層にも入り組んでいる地下鉄は、規模は違うが、某都市の巨大地下壕/カタコンベを想起させた。
黒海の真珠と称賛されるその都市には、出入り口が千個近くあり、アリの巣のように入り組んだ巨大な地下世界が存在しているという話である。その全容に関しては研究者でさえその三割程度しか把握していない、と聞く。
もういい加減地下鉄の話は飽きた、と言われそうなのでそろそろ地上に出ることとしよう。雲一つない暑く明るい世界だ。
スウェーデンからいわゆる西側ヨーロッパ諸国へ旅行をしてみると、建築様式も相似しており、目抜き通りに並ぶ店のフランチャイズチェーンも、スーパーマーケットに並ぶ品物のラインアップも似たり寄ったりであり、それほどエキゾチックな雰囲気を感じないことも往々にある。しかしこの町にて圧倒的な違いを見せつけられるのは人とケーキの数と種類であろう。
人種の坩堝、多数の人々が燃焼するエネルギー、身振り激しく大声で往来にて議論し合う人々、街頭にて奇妙な踊りを披露をしている人々、サイレンの音、日曜日には所狭しと並ぶ市場。
この洋行前、最後に飛行機旅行をしたのは2019年のクリスマス時であった。スペインの太陽海岸である。
最近では航空会社が倒産したり、フライトが土壇場でキャンセルになる、という話を頻繁に聞いていた。またPCR試験の結果次第では出掛けられない可能性もあったため、出発間際はまったく予定が立てられず、かなり行き当たりばったりの旅行になってしまった。
今回の大都会にて私は、治安の悪いと言われている場所にて、あるいは人の多い場所にて夜中近くにカメラをぶら下げながら観光客丸出しにてプラプラと歩いていた。過去二年間半、田舎にて平和ボケに浸かっていたために危機感を感じていなかったのであろう。カメラは通常はコートの下に隠しているが、あまりの暑さのためコートは脱いでいた。
治安が悪いと言われている場所等は、ストックホルムに戻って来てから検索して初めて知った、というわけである。滞在先のホテル所在地、訪問した場所の大半が日本の旅行サイトでは「要注意エリア」と喚起されていた。
しかし今回ばかりは、事前に危険情報を調べて行かなくて救われた側面もあった。ひたすら観光客写真を撮りたかったからである。ここもあそこも危険だから、と神経質になり過ぎてしまったら、観光を楽しむことも出来ず、写真もまったく撮らずに、戻って来たあとに非常に後悔していたはずである。
しかし、カメラを取り出した途端に危険な目に遭うような国もあるので、そのような国では残念ながらおそらく写真は撮らないであろう。
この国においては、多くの観光客が写真を撮りたくなってしまう心情が理解出来る。
ご訪問を頂き有難う御座いました。
クイズ形式がお好きでいらっしゃる方々がいらっしゃいますので今回も国名と有名な観光地の景観を伏せさせて頂きました。返答を戴かなくとも次回の記事にて発表させて頂きますね(在住の方々は内緒にしておいて下さいませね)。果たしてここはどこの国でしょうか。
なお、洋行を三回も続け、懐が淋しくなりましたので、(洋行記事は続きますが)当分は洋行の予定がありませんのでご安心ください。
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