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彼らが肌色のキャンバスに描いたものは

 あるミュージシャンの友人から打診を受けた件があった。彼女の関わるイベントにおける通訳の仕事であった。ギャラの代わりに入場料は無料、イベント内のサービスに関しては一割の割引が効く、と。

 さて、そのイベントというのはスウェーデン刺青フェアであった。

 割引が効いても彫る予定は無かったが、快諾はさせていただいた。向学のために(合法なものであれば)、どこへでも顔を出すようにしている。

 このイベントには世界中から著名な彫り師が大集合する。

 そして各ブースで飛び入り客に刺青を彫る。刺青のモチーフ、および価格は彫り師によって異なる。彫り師は老若男女、多国籍であったが、参加者の大半はおそらくスウェーデン人であった。

 

 私が通訳を担当させて頂いたのは、日本人の若い男性の彫り師であった。そして私達の前にほぼ裸で横たわっていたのはスウェーデン人の若い女性であった。

 彫り師の中には多種の鮮やかな顔料を使用する人もいたが、その男性がその女性に刺していた顔料は派手なものではなく、黒色と濃緑であった。


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「刺青コンテストの時間になりました!」

 会場で放送が流された。

  同コンテストは彫り師の技術を競うものではなく、参加者が自分の肌に入れた刺青のモチーフを競うものであった。会場は熱気でむせ返っていた。今年の表現で言えば三密である。

  我が刺青こそが一番インパクトがある、と信じる人たちが次々と舞台に現れた。

 十人程はいたかとは思うが、私の印象に残ったのは三人だけである。


一人目 - 遠山の金さん如しの桜吹雪を彫った若く逞しい男性。桜吹雪は色合いも鮮やかで好感が持てたが、気になったのは腕の先端に彫られた地球儀。桜吹雪と地球儀、何を主張したいのであろうか。

二人目 - 片脚に上品に小さく刺青を入れた、黒髪が美しい細く若いスウェーデン女性。刺青が印象に残ったわけではないが、数少ない女性参加者であったことと、露出度の多い水着で舞台に現れ、多くの好奇の目に晒されて不愉快ではないのだろうか、と面識の無い女性であったにかかわらず気遣いを向けてしまったからである。

三人目 - 顔以外の身体全体に濃緑のヘナを流し込んだ、眼鏡を掛けた痩身で長身の年齢不詳男性。気の弱そうな印象を与える人であったが、全身が濃緑になっているので蛇のように見えた。


  そしていざ審査員に依る順位が発表された。

  遠山の金さんは一位、女性も上位に入っていた。

 しかし、蛇の男性には何の栄光も与えられず、彼は舞台の隅の方で糸一つ纏わぬ姿で、下を向いて淋しそうに座っていた。他の参加者は水着等を身に着けていた。

  確かに蛇の男性の刺青は傍から見ても、違和感を与えるものであった。

 しかし、仮に彼が、このコンテストに勝ちたい一心で自らの身体で勝負をしたのであったのなら、彼のためにやるせない気持ちになってしまった。


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 結局、その日、私が通訳した言葉は、

「この線、どうしますか?はっきりとした太い線にしますか、それとも影を付けますか?」のみである。他は必要なかった。この程度の訳なら当事者同士でジェスチャーで何とかなったであろう。

  言語は通じなくとも彫り師と彫られる人の間には言葉を介しない観念的な相互理解のようなものが存在しているように感じられた。

  刺青はアートと呼べるのであろうか?

 この疑問、あるいは刺青自体に関しては、スウェーデン及び欧米においては疑問にもならないであろうが、日本においては賛否両論が明確に分かれていることは認識している。

  アートか否か、という疑問は脇に置いても、思わず凝視してしまう理解不能な刺青も往々としてある。

 彼らに訊ねてみたい、例えば、

 「貴方のバラの花の刺青の横に彫ってある漢字は「電気計算機」という意味だって知ってる?」

 「彼女の名前を彫ってしまって、別れた時はどうするのそれ?」

  大概は大きなお世話なのだが、素朴な疑問でもあるであろう。


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 以前の会社にて優秀なプログラマーと知り合いになった。

 彼は当時は六十歳ぐらいであったと思うが、やぶにらみの目が印象的で、引き締まった体躯の持ち主であり、自信に満ち溢れているところが彼の存在感を特別なものにしていた。

 昼食を数回一緒にしているうちに、彼がオフィス職を始める前は船乗りであったことを聞かされた。私は若いプログラマー達と話をするより彼の武勇伝を聞いている方が楽しかった。

 彼は会社を辞めるまえに私をクレープレストランに招待した。

  「船乗りは寄港する港ごとに愛人がいるって本当の話?」

 と冗談で訊ねたら、

 「寄港するあらゆる港というわけには行かなかったけど、まあね。女のだんなに猟銃で撃たれそうになって窓から飛び降りたこともあったよ。今考えても、あれだけ泥酔していた時に、よくあんな反射神経があったと思うよ。思えば若気の至りでいろいろとやったなあ」

 「随分冒険をして来たのね。それではクーラーの利いたオフィスでずっと机に座って居るなんて退屈でしょう。ところで船乗りって刺青があるというイメージがあるけど貴方にはあるの?」

  場所が会社の外であったため私たちは普段よりも寛いだ話をすることが出来た。彼は普段、アイロンがしっかりと掛けられたシャツを清潔に着こなしていた。その半袖の下からは刺青は見えなかった。

 「刺青はあるよ。懇ろ(ねんごろ)になった女だけにしか見せないけどな」

 そう言って彼はやぶにらみの目でウィンクした。

  この会話をこれほど鮮明に記憶しているのは何故か。往来の人すべてに見せ歩く刺青と違い、特別な人にだけに見せると言う刺青が船乗りらしいものだと感じられたからである(私には見せて頂けなかった)。


 それと反して、例えば意味をなさぬ漢字文字と龍の画とポケモンのイラストを身体の要所要所に彫られている方々にはこのように訊ねたくなる。

 「貴方が刺青を彫る理由は何なの?」


  しかし、最近考えを多少改めてきた。刺青とは、実はその人の人生絵巻なのではないか、

  例えば桜吹雪と地球儀を彫っていた男性は、地球儀を彫った時点では世界旅行に憧れていたのかもしれない。桜吹雪を彫った時点では…見当も付かないが。

 付き合っている女性の名前を彫っている人は、彫った時点ではおそらくその女性のことを一生愛し続けると信じていた。その情熱はそれで素晴らしい。


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 先日、ある男性とビデオ電話をする機会があった。

 時々メールで相談をさせて頂く商品専門家であった。物理的にお会いしたことがないのでどのような方か見当も付かなかったが、眼鏡を掛けていて長身痩身の方だとは他の社員からは伺っていた。

 メールによる応対も丁寧で迅速であり、紳士であるように感じられた。

 自宅勤務が主流になっている昨今、彼も自宅で勤務をしていた。

 ビデオ電話の映像に映った彼は、湖畔の白塗りの美しい家のテラスに立っていた。他の社員の描写通り、眼鏡を掛けていて長身痩身で柔和な表情をした方であった。

 その描写に含まれていなかったものは、不精髭とTシャツを着た彼の半袖の下からニョロリと伸びている濃緑の蛇のようなモチーフの刺青であった。

  蛇のような濃緑の刺青?

 どこかで見覚えがあった。

  

ご訪問頂き有難うございました。

言葉を交わさせて頂いたNoterさん達を、なるべく知り合った時期に準じて紹介させて頂いております。

今回はこの方々を紹介させて頂きたいと思います。テーマは音楽です、順不同。


霧生ナブ子さん

弊記事「共同洗濯室の春夏秋冬」にて、地下洗濯室におけるジャズ歌手とのバトルを綴らせて頂きました。ナブ子さんはその記事を訪問して下さったジャズ歌手の方です。私としては非常に焦りまして、その直後「ジャズ歌手」を「歌手」に変更をさせて頂きましたが、ナブ子さんは実はとてもお優しい方でした。ニューヨークで活躍されていらっしゃる方で、ほぼ毎日ニューヨークの様子を配信されていらっしゃいます。


ムーンサイクルさん

音楽の仕事をされていらした方で、今はパリの時計やさんでお仕事をされていらっしゃいます。音楽情報、コラージュを始めとして多岐にわたる記事を発信されていらっしゃいます。テンポがとても速い方なのでノロマの私とは正反対な方であろうとは感じておりますがそれはそれは面白いと思います。


マイトリさん

音楽関係のお仕事を現在進行形でされていらっしゃる方で、音楽関係のクイズ等も発信されていらっしゃいます。クイズに毎回挑戦してみたら音楽に詳しくなりそうですね。とても明るく楽しい雰囲気の記事を沢山配信していらっしゃる方です。


音楽に縁のある方はまだいらっしゃいますのでまた後日紹介させて頂きます。