人の本性は行動でわかるを痛感。
いろいろな人と出会って別れての人生を繰り返す私が半世紀以上生きてきてわかってきたのは人との繋がりを軽く見てる人はかなりの結果で遠い未来はその代償を受け取るということでした。
因果応報という言葉がありますが私はつくづくその言葉の意味を受け取る人生を送っているなと感じます。
偉そうき書いてる私も綺麗ゴトばかりで生きてきたわけではないですが、以前は自分も人の上部ばかりを見てる時期があり、それこそ人との繋がりを軽く見ていた側の人間でした。
相手の持っている社会的地位や外見に心惹かれ慢心していた若い会社員時代は自分のコンプレックスの裏返しとも言えました。
その時はとても野心家だったのだと思います。
今思い出すととんでもなく恥ずかしくて、そして一番嫌いなタイプの女だなとも思ってます。
その後にはしっかりと代償は跳ね返って来たわけで、結局2回の結婚は失敗に終わってます。(結婚に失敗も成功もあるのか?なんですが。)
愛情の欠乏はお金では埋められないというのは本当だと思うし、それは結婚だけを通してわかったことではありませんでした。
これは昔からよく言われてるように自分の周りに集まる人、繋がる人というのは自分と同類で鏡でもあるということです。
精神世界のようなお話かと思われますが、極々簡単なことで自分の趣味、嗜好が同じような人は気が合うというのは自分と同じ思考、行動であるからということだからと考えだからでしょう。
自分が蒔いた種がもしも黄色い花の品種なら赤い花は咲かないという事と同じかと思います。
損得勘定で人間関係を作ってる人の世界は利用する側も巡り巡って利用される側になるということです。
自分が置かれている理想の環境に不利益な事をもたらす人をあっさり切り落としそこには相手への理解や敬意はありません。
この種の人の特徴として会った時は歯が浮くような言葉を並べ、いざ相手が自分の信用を左右する事を起こすと途端に態度が豹変するんですね。
ショートメールでは就業前にきちんと説明、確認をうながしモチベ上げるような事をしておいて相手が突然病気で働けなくなったら自分の信用を落としたとばかりに
何のお見舞いも労いもなく終了。
(⬆前回1月終了の派遣元や今回3日だけ就業した派遣先の営業の事です)
人の本性というのは好調な時に見えてくるのではなく自分や相手が不調な時に見えるものとはよく言ったものだなと。
私も自分の事は棚に上げるつもりはありませんが、どこか生活のためにどこでもいいからすぐに仕事を見つけようと焦るあまりに心のどこかで「人間関係を軽視する職場でも派遣元でもいいや」と思っていたのが表面化したのかな?と感じました。
余談ですが前回の記事の最後に紹介案件の職場見学の事を書きましたが、無事にゴールデンウィーク明けに就業決定になりました。
4ヶ月程の短期就業ですがこの間に次の職場を見つけるのと通院して治療に専念したいと思ってます。