RECKが語るNO NEW YORK
TOKYO M.A.A.D SPIN 2021.01.19 KAN TAKAGI
ゲスト:RECK(フリクション)
RECK、1973年3月にNYへ
写真家のジェファーソン(日本人)が一年前にアメリカに行っていた
ジェファーソンがチケットをくれたので着いた翌日にイギーポップのライブ観に行った
RECKがNY行く前、先に現地に行っていたライターの水上はるこ(74年にテレビジョンのビリー・フィッカと同棲、トム・ヴァーレイン、パティ・スミスも同じアパートで暮らしてた)にテレビジョンのブートかしてもらって聴いていた
CBGBに良く通っていた
(トーキングヘッズとかパティスミスは既に人気で大きい箱に移っていた為、観れなかった)
着いてから何ヶ月か経ってjames chanceに声をかけられる
リチャード・ヘル&the voidoids観た
ジェームス・チャンスとリディアランチが一緒に住んでいてバンドを作ろうとしていた
TEENAGE JESUS&THE JERKSにRECKは参加
リディアとジェームスの関係が悪くなってジェームスは新バンドやろうとしてた
ジェームスとRECKがTEENAGE JESUSから脱退
日本からチコ・ヒゲがやってきてドラマーとしてコントーションズに参加
コントーションズがマクシズで初めてライブをやった時にRECKは参加した
後々振り返ってみて77年のNYは面白い年だった
大停電にも出くわした
映画を観てたら真っ暗になった
車のライトはあるから歩いて帰った
歩いて帰った時にルー・リード見かけたのであとをつけた
24時間ぐらい元に戻らなかった
夏だった
その時に連続殺人鬼が出た(スパイクリーが映画化したサマーオブサム)
ジェームスチャンスにドラム叩けるかと聞かれた
誰かの部屋に叩きに行った
リディアもいた
ドラムを叩いたら白けた空気になった
ベースは弾けるか?と聞かれてベース弾いたらメンバーに決まった
リディアの友人にCRAMPSがいた
リディアが借りた部屋でCRAMPSが練習してた
ドラマーが女性だったがトイレにこもっていた為、代わりにドラムを叩いて一緒に演奏した
観光ビザで入ったので3ヶ月でオーバーステイ
飛行機の帰りのチケットは持ってたが1年の有効期限が近くなったので日本に帰った
チコ・ヒゲとラピスでフリクション組んだ
1978年3月に帰国、1978年4月に渋谷屋根裏でフリクションとして昼公演のライブをやった(対バンは友部正人、エスケン)
そのライブが終わったら夜に北区公会堂でリザード、紅蜥蜴と対バン
RECKがNYに行った時に、エスケンも現地にいて知り合いだった
Friction - Early Demos 1978
FRICTION(フリクション) CRAZY DREAM ’78/12/31
NO NEW YORK NO WAVE&NEW YORK PUNK FLYER EXHIBITION
THE BEACH GALLERYにて開催された写真展
RECK提供の資料が展示された
RECKが撮影したリチャード・ヘル&ザ・ヴォイドイズのライブ