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ここは未来か、昭和か|東京の顔「中銀カプセルタワービル」のイマと再開発について

男の永遠のロマン。自分だけの秘密基地。

現存する数々のマンションの中で、唯一とも言えるそんな夢を叶えた「中銀カプセルタワービル」。建築家「黒川紀章」の作品である。首都高から見えるのでご存知の人も多いだろう。今日は世界中にファンがいる1972年竣工の大人の秘密基地から思ったことを綴る。

黒川 紀章は、日本の建築家、思想家、実業家、政治活動家。株式会社黒川紀章建築都市設計事務所代表取締役社長を務めた。日本芸術院会員。1986年に建築界のノーベル賞と言われるフランス建築アカデミーのゴールドメダルを受賞した。
社会の変化や人口の成長に合わせて有機的に成長する都市や建築を提案した。メタボリズムに基づいた増築・取替えの可能な建築として中銀カプセルタワービル(1972年)などの作品がある。
(「Wikipedia」より)

昨今のあちこちの再開発で街が同質化、つまりどこに行っても同じ風景、同じようなビルやタワーマンションに囲まれるようになり、何か心にひっかかる寂しさのようなものを感じている。

昭和礼賛というわけではないが、当時の建物には今には無い「遊び」や「余裕」がある。特に高度成長期に建てられた、今ではビンテージマンションと言われるマンションの個性は素晴らしい。背景にはマンション自体が高級で高所得者向けという背景もあったかもしれない。都心で誰もが知っているマンションで言うと、原宿駅前のコープオリンピアはその個性的な外観もさることながら、共用部にホテルのようなフロントがあり、未だ当時の高級感は健在である。あまり知られていないが、中野のブロードウェイの上も分譲マンション(コープブロードウェイ)となっており、住民用の宿泊施設や屋上庭園など、当時は高級マンションであっただろう片鱗を残している。

マンションではないが、1960年代の名建築であるNTT日比谷ビルも間もなく取り壊される。その隣の帝国ホテルも再開発されるかもしれないらしい。スクラップ・アンド・ビルドで街は成長することは分かっているが、徐々に子供の頃からの心象風景がなくなっていくことに少なからず抵抗がある。

いずれも1960~1970年代であるが、その中で一際個性を放っているが、この「中銀カプセルタワービル」である。正直、銀座の当たり前の風景になっていて、それほど気に留めていなかったのが、取り壊しの危機に晒されているということを知り、強く興味を持つようになった。

個性的な見た目ではあるが、れっきとした分譲マンションであり本来は住民以外は立ち入ることはできない。しかし、このマンションを保存・再生しようとプロジェクトが立ち上がっており、そのプロジェクトを介して予約をすることで内覧できるツアーがある。

1ヶ月程前に予約し、ようやく訪れるチャンスを掴むことができた。まずは外観。まさに首都高の目の前。東京の人にはお馴染みの風景だろう。

中銀カフセルタワーヒルになっているところはご愛嬌。

カプセルとカプセルの間、ビルの支柱との接合部。間が狭すぎてメンテンナンスできない。

下は本マンションのコンセプトからの抜粋。書かれている時代背景に、現代に通じる普遍性を感じる。

「情報化社会においては、オフィスとかぎらず、家庭でも、通勤中の国電の中でも、仕事場の延長になってしまうといってよい。」

時代を先取りし過ぎたのだろうか。

中は更に感動的である。当時の備え付けの備品が残っている部屋はほとんどないそうだが、この部屋はまさに当時のままである。

スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」を彷彿とさせないだろうか。大人の遊び心満載である。この最悪のメンテナンス性含め、当時の黒川紀章並びにプロジェクトメンバーの「若さ」を実感させられる。

正直厳しい状態のマンションであることは否めない。ただ、一方で東京を代表する建物であることは間違いない。それであっても管理組合における立場や意見の不一致などもあり、維持していくのは非常に厳しい状況である。ツアーへの参加を通じて、微力ながらも保存・再生に協力することはできる。もし、ビンテージマンションやこの中銀カプセルタワービルに興味があれば是非ツアーに参加してみて欲しい。東京は古きも新しきも全て飲み込む偉大な素地がある。何を残し、何を壊し、何を建てるのか。皆さんそれぞれが意見を持つ機会にきっとなると思う。


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ぐっさん|ICT Saves the World
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