46万回のありがとう #46 胸がいっぱいで書けないほどの奇跡
これはワタシが46万回のありがとうを言うまでの過程で起きた奇跡の記録。
46日目。
胸がいっぱいで書けないほどの奇跡が起こる。
「もし夢を叶えたければ、どれだけその夢が自分以外の人を喜ばせるかを考えてリストにしてみるといい」
ときいて、昨日彼に、これからも喜ばせたい11のリストを送った。
そこには何の見返りも求めず純粋な想いで伝えた。どうしたらもっと喜んでくれるかなと真剣に考えながら。
一つ目の奇跡は、そのリストはそのままワタシを喜ばせるリストになったこと。他人軸リストではなかった。
二つ目の奇跡は、その後すぐに彼から13のリストが送られてきたこと。ワタシのリストを超えてきた。
そのリストには、ワタシがどうしたら喜ぶかをちゃんと知ってる彼がいた。
ワタシがいつも彼にありがとうと言ってること、してもらってすごく嬉しいと伝えていることをこれからも続けること。それから「仕事はどうか、といつも訊く」「いつも励ます」「(ワタシの子どもや親に)関心をもって訊く」ということも書かれていた。
そうか。いつも子どもたちのことを気にして言葉をかけてくれたり、仕事のことを気にかけてくれるのも彼の愛情だったんだと気付く。
人は、「愛してる」とかそういうダイレクトな言葉以外の愛に疎い。たくさんたくさん受け取っているのに気がつかない。
だからワタシは、これも愛、あれも愛、と全てを愛だと思うことにする。勘違いでもいいじゃない。気付かず、「くれないくれない」と愛に飢えるよりずっと平和だ。
そんなふうに朝を迎えたら、彼がLINEでワタシの話を姉さん達にしたんだ、と言ってきた。ワタシのクリスマスの失態を「可愛い」と話している、上から目線の3人のアメリカンを想像して、はいはい、と思うと同時にやっぱり平和だなと思った。
全てはどう見るか、だ。
読んでくださる方にありがとう。
スキくださる方にもありがとう。
可愛い画像を提供してくださる皆さまにもいつもありがとう。
ありがとうは言われた側にも徳が積まれていくそうです。
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