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フラクタル理論をかじってみる①

この記事はdesigning plus nineの2024AdventCalenderの一環として書かれたものです。また、こちらのpdfをベースとしてその時の話題に応じて多くのページを参考にして記事を書いております。何か間違っている点がありましたらご指摘願いたいです(あえて理解しやすいよう正確な表現を用いていない箇所がある場合があります)。

フラクタルとは?

 
 フラクタルは、簡単に言ってしまえば図形の一部分と全体が自己相似的な構造を持っているものをさす概念である。小難しそうに聞こえるかも知れないが、数学としては珍しいことに(!)何も想像上の概念でもないし現実世界ではありえない条件下でのみ見られる概念でもない。身構えずに楽にして読んで頂きたい。

 フラクタル構造は自然界でよく見られる現象である。木がその代表例だ。木はその大域的な構造から微視的な構造に至るまでフラクタルが随所に見られる。一番わかりやすいのはその造形である。

こちらから拝借。遊びたい人は是非どうぞ。

よく観察すればY座標0-15くらいまでの「丫」と同じ構造をしている図形が、それぞれの又の上にくっついていることがわかる。また、そのそれぞれの又の上にも「丫」。他にも木には、根や葉っぱ、その葉脈などにもフラクタルが見られる。

 ぐっと大きいスケールにすると、海岸線なんかにもフラクタルを見出せる。拡大して見てみても、また同じ複雑な構造が見える。いくらズームしてもズームしても変わらない世界に迷い込んでいるようだ。

リアス式海岸のwikiから、英虞湾の衛星写真

 逆に小さなスケールにしてみると、私たちの体の中にも。言われてみて観察してみれば、突起を拡大したらまた同じ形状の突起が。それを拡大するとまた同じ形状の突起が…となっていることに気付くだろう。

小腸の絨毛(引用元)


フラクタルの表現

 よく自然界にある概念だから力を抜いて読んで欲しいと言ったが、観察して直感的にわかることだと言ってもきちんと定義するのは難しい(究極の例を挙げると、整数とか…)。一体どうやって数学的にこの構造を表現すると言うのだろうか。

 主な問題は、同じ構造をコピー&ペーストして成り立っているので「普通の」幾何で使われる表現を用いるとあまりにも冗長性が大きいことにある。先ほどの例を考えると、フラクタル図形の周の長さは?と問われれば理論的には無限大と言えるだろうことは自然と理解できるだろう。周の長さが無限大である図形などどう定義すれば良いのか?
 そもそも、「フラクタル」のあり方が結構バラバラである。自己相似のあり方が全体と部分だったり、部分的構造が連鎖している形だったり、ここで相似な構造は終わる!とピリオドを打つことが出来なかったり、完全なランダムとどう見分けをつけるのか、など「普通」の定義では手が負えない要素ばかりだ。

 多くのフラクタルはアフィン変換を用いることで定義することが出来る。マルチフラクタルとも呼ばれる、フラクタルの自己相似性が均一ではない(部分的構造をコピペする時に、色など後に述べる変換では表現できない要素を変化させている、と考えればわかりやすいかも知れない)場合があるなど現実のフラクタルが全て表現できる訳ではないが、とりあえずこの記事では自己相似的な構造がアフィン変換で表現できるフラクタル(自己アフィンフラクタル)について扱いたい。アフィン変換は、次の形で表される線型変換のことである。

$$
x→Ax+b
$$

つまり、行列Aとベクトルbを用いて一次関数のような形で表せると言うことだ。「…で?結局どゆこと?」と言われてしまいそうなのでもう少し詳しく説明する(筆者はあゝコレ流体力学でやったなと感慨に浸っています)。

行列Aを頭にかけることによって出来る変形は大きく3つ。

流体力学のページから引っ張ってきました。ずりって書いてあるけど普通せん断と言うと思う…

お尻にベクトルbを足すことによって表しているのは座標平面上での平行移動である。要するに、もともとの形(ここではx)を伸ばしたりゆがめたり回転したりして(しなくたっていい)、それを動かすことを表している。

 これで、完全に同じ形が繰り返されていなくてもフラクタルが表現できる土台が出来た。「元の構造にアフィン変換を施したものの集合」としてである。また、自己アフィンのうちでスケーリングの仕方が等方的である場合を自己相似と呼ぶ。自己相似フラクタルはコッホ写像などに見られる、簡単に言えば「きれいな」フラクタルのことである。

コッホ曲線。ここから引用。雪の結晶ぽいよね。


フラクタル次元

 さて、フラクタルの定量的な表現にはもう一つ「次元」がある。実は、普通の人がよく使う次元とここで言うところの「次元」は若干意味が異なる。そもそも次元の定義の仕方は実は色々ある。残念でした。よく使う次元という言葉はベクトル空間に対する次元の定義に基づいたもので、フラクタルにはまた違った次元の定義の仕方がある。

 参考にしたpdfではボックス次元が紹介されていたが、その話に入る前により一般的なハウスドルフ次元の話をしなければならない。身構えずに読んでくださいとか言ったが身構えてくださいごめんなさい。

まず次元を測りたい対象としてn次元ユークリッド空間内の部分集合を考える。便宜的にXとしよう。Xの径を次のように定義しておく。

$$
|x| = sup \{ d(x,y)| x,y \in X\}
$$

日本語に翻訳しておくと、Xの中にある2点xとyの距離d(x,y)のうち一番大きいものをXの径と呼びますよと言うことである。ここで、δ-包/δ被覆を次のように定義する。

$$
X \subset \bigcup U   \land    |U| \leq δ
$$

であるUの集合

通訳しておくと、径がδより小さいUをいっぱい持ってきてXを埋め尽くすことが出来た時に、そのUの集合をδ-包/δ被覆と呼びますと言うことである。イメージを貼っておく。

またまたwikiから。誰が専門的な内容書いてくれてんのかなといつも思う。

この時、Uの径をs乗したものの和を考える。
あるδとsについて、とりうるδ被覆のうちでUの径をs乗したものの和が最も小さいものをΣ(δ,s)とでも置いておこう。δがAという値をとった時と、B(A>B)という値をとった時を考えると、A被覆はB被覆を含んでいることがわかる。するとΣ(A,s)はΣ(B,s)と同じかそれよりも大きいこともわかる。

$$
H^s(X) = \lim_{δ→0} Σ(δ,s)
$$

δを0に近づけた時のΣ(δ,s)の極限をXのs次元ハウスドルフ(外)測度と呼ぶ。
これをXを固定してsの関数として見た時、不連続点Dが下のグラフのように存在し、このDをXのハウスドルフ次元と呼ぶ。


…なんのこっちゃい。ちょっと翻訳を試みる。
s=1を考えると、1次元ハウスドルフ測度はXの「長さ」のような量を測っていると言える。s=2を考えると、一辺が|U|の正方形の面積で埋め尽くしてXを測っていると言える。このようにsの次元を増やしていくと、sが大きすぎると無限大に発散してしまうし、sが小さすぎると単に潰れて0になってしまう。どちらでもないちょうどいい塩梅のsをハウスドルフ次元として採用しているのである。

 いや無理と思った人、心配しないで欲しい。ここで朗報があって、ハウスドルフ次元はだいたいのXにおいて具体的な数値は導出不可である。近似的に数値を出す必要がある。ボックス次元はそのやり方の中の一つで、上で述べたハウスドルフ次元において|U|の大きさが全て一定である時に得られる数値である。

 自己相似性フラクタルにおいてはもう少しわかりやすい議論が出来る。相似次元と呼ばれる次元のとり方だが、次元Dの図形の辺は、r 倍するとrのD乗だけ元の図形のコピーが出来る。

2次元上の正方形は、辺を2倍すると2の2乗で4つコピーができる。
ユークリッド次元との整合性が一番わかりやすい。


数式にしておくと、

$$
D(s) = \log_{\frac{1}{r}}N
$$


となる。もうおわかりかと思うが、フラクタル次元はいくつか定め方があるが整数にはならない。例えば、先ほどのコッホ曲線のフラクタル次元は1.262ほどである。フラクタル次元が大きいフラクタル図形は我々にとってより「密」に見える。

 つまり、フラクタル次元はフラクタル図形に対して与えられる特徴量と捉えることが出来るのだ。フラクタルな図形が与えられた時にその図形に対応する不変量であり、その性質を数字で表す明快な指標として機能する。

フラクタルの利用例(解析)

 一体これの何が役に立つんだい、と文句を言われそうだが、意外とフラクタルは実用的・発展的なトピックにもチラチラ顔を出すのである。

 自然や生体に見られる形状に関する研究やそれをコンピュータグラフィクスで表現するために試みにはもちろんフラクタルの分析がふんだんに利用されている。フラクタル次元は対象となる図形の特徴量・不変量であるというような旨を前の章で述べたと思うが、その応用範囲は想像以上に広い。

 自然の形状と言うだけではぱっとイメージしずらい応用の例として、こんなpdfを見つけた。医用画像へのフラクタル次元の導入についてである。画像のフラクタル次元から、良性腫瘍と悪性腫瘍を見分ける・脳溝の形成を検知する・胃のX線画像から隆起性腫瘍の良性悪性判断などのトピックが並んでいる。

 自然な図形の形状と言っても、その応用範囲は目に見えるものだけではない。このpdfでは、株価予測におけるフラクタル性の利用について述べられている。

確かに言われてみれば、こういう時系列データにもフラクタル性がありそうである。

フラクタル次元は1.5次元前後で、株価のグラフには全体的にフラクタル性が認められることが書かれている(フラクタル性の判断の一つに、フラクタル次元が整数にならないことがある)。

時系列データからフラクタル構造を発見する

フラクタル構造の発見は、ランダムな時系列からの時系列予測(正確に言えば株式市場の動きから特徴を見出して似た構造の時系列波形を構築すること、であるが)に役立てることが出来る。

※本pdf内に書かれているように、本質的には時系列データのインパルス応答(システムにある非常に短い信号を入力した際の応答のこと)についてフラクタル性が認められるため、波形自体の相似性を用いた解析は本来正確なものでないことを一応言及しておく。

株価の変動はブラウン運動(熱運動による微粒子の不規則運動)と同じようなランダム性を持つものだと言われており、ブラウン運動からはフラクタル性が見出されていることからも、このアプローチはある程度整合性を持つものであると言えるだろう。

ここより拝借。ブラウン運動に見られるフラクタル性。

ただ、フラクタル〜ブラウン運動〜ランダムウォークに基づく株価解析は、テールリスク(簡単に言えば株価の極端な高騰や下落のこと)の解析には繋がらないためあまり意味がないとされることも多い。これからの研究が待たれるところだ。 

フラクタルの利用例(実用)

 ただ、実用という意味ではフラクタルはまだまだ研究途上な分野であると言って良いと思う。いくつか例をあげよう。

 フラクタルの特性に、「辺の長さが無限大になると理論的には言える」というものがあったと思う。腸のひだ構造にフラクタル性が見られることが、栄養の吸収を最大限にするために表面積を無限大に近づけているのだと言う解釈はあながち飛躍したものではないと考えられ、バイオミミクリー(自然の優れた特性から学んだデザインのこと)の一種としてもフラクタルは応用が模索される分野の一つと言えると思う。フラクタルアンテナはそれを形にしたものの一つであり、その指向性の高さから近年注目された。

 もう一つほど例をあげておくと、フラクタル画像圧縮というものが存在する。これは、次の例のようなアルゴリズムに基づいて行われる画像圧縮手法の一つである。

  1. 画像をブロックに分ける。

  2. 分けたブロックより大きなブロックにアフィン変換を適用することで最も近似であるとみなせる組み合わせを見つける。

  3. 大きなブロック・アフィン変換・小さなブロックの情報を符号化して出力する。

実用化に至っている技術ではあるが、実際に使われることは稀である。その主な理由はステップ2に膨大な探索が必要となった場合に処理に時間がかかってしまうことが挙げられる。それでも研究が続けられている利点には、その特性から引き伸ばしによって情報が劣化しないことがある。
参考: wikiとかこんなpdfとか

 このようにフラクタルはその概念の扱いにくさゆえにまだ工学的実用性に強さを発揮しているわけではないが、自然のシステムおよび人間の社会システムに根幹的な示唆を与えるものとして面白い概念であると言えるだろう。次回の記事では、もう少しその深淵に迫ってみたいと思う。



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