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2年前、私は私のことが好きじゃなかった

世の中を見渡すと、イヤになってしまうことがたくさんある。

今もどこかで戦争が起きていること。
子どもたちにとっても、保護者にとっても優しくない社会があること。
誹謗中傷が飛び交う世界があること。

そして、そんな社会に対して、特になにもできない自分もイヤだったし、そもそも、社会という大きな話を持ち込まなくとも、私は私のことが好きではなかった。

明確に自覚していたわけではないけれど、思い返せば、私はいつも「もっといい誰か」になりたかった。

もっと、初対面の人とも打ち解けられるような明るい子。
もっと、手の抜き方を知っている要領のいい子。
もっと、いつも前向きで物怖じしない子。
もっと、やわらかで優しくて、誰からも好かれるような笑顔の子。

私は、「認められよう」「愛されよう」ともがいていた。そのままの自分では、誰からも愛されないと思っていた。両親も含めて。

長女としての矜持だったのか、どこでどう拗らせたのかは今もよくわからないけれど、それは私の中での意固地な思い込みになっていた。

とある事件で、ハッとその思い込みに気づかされたあとも、私は私のことが好きになれなかった。そのままでいいなんて思えなかった。弱くていいとも、脆くていいとも、到底思えなかった。

強い子でいたい、いい子でいたいというのは、私にとって、解き方のわからない呪いでした。

あれから2年。たくさんの人と出会い、私は自分のことを他者と同じように尊重することを少しずつ覚え、自分の弱さや脆さをゆるし、その欠片をほんの少し慈しむことができるようになりました。

それは、社会の優しさや他者を信じることと表裏一体。傷つくことがあっても、悲しくなることがあっても、それでも、社会は捨てたもんじゃないところもあるし、人は優しくもいられる。そしてなにより、どこかで傷つくことがあっても、私のことを受け止めてくれる存在は、まわりにたくさんいる。

そのことに気づき、信じられるようになり、私はずいぶんと息がしやすくなりました。その一端と言えなくらい、大きな部分を担ったのが、私のバディの存在だと思います。

まっすぐで混じり気のない心の差し出し方。
なんでもない私との時間を全力で一緒に楽しく過ごしてくれること。
自分の中の不安や怖さと闘いながら、一生懸命に生きている強さ。

彼女のそういうところに感化され、気づかされ、教えられ、言葉にできないくらいたくさんのものを受け取りました。浴びるような2年間を経て、訪れている私の変化。そして、バディの変化。

この言葉にできなさを受け取ってもらえたら幸いです。
そして、みなさんのバディについての物語も教えてもらえたら嬉しいです。

*この文章は、写真展に寄せて書いたものです。

We are Buddies写真展「わたしのバディ展」
〜あつみとはなの、二年間の記憶〜

2024年10月5日(土)〜2024年11月3日(日)
すみだ向島EXPO2024(https://sumidaexpo.com/contents/1946/)

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