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海外の方が話す日本語は美しいと思う私の日常
2月11日の花は「メリッサ(別名レモンバーム)」
こんばんは。Licaです。
私は、カフェを含めてひとりで入店するのが苦手なので、入れるお店は数えるくらいしかありません。
そんな貴重な私の数少ない行きつけのお店が、近所のカレー屋さんです。
何語なのかわからないけれど、店員さんだけじゃなくお客さんも含めて、いつも私以外はほとんど外国の方で、日本人は私だけ・・の時が多いお店です。
でも私はなぜかその雰囲気が好きで。
何を話しているのかわからないけれど、みんな楽しそうにお喋りしているのを聞いていると、ほっとできるのです。
お店の造りも全然オシャレじゃないし、味も格別に美味しい!というほどではありません。何なら去年の台風のときに床上浸水したときの突貫工事のままなので、床は歩くとふかふかしてたりします。
今日、そのお店に数ヶ月ぶりにランチをいただきに行きました。
「久しぶりですね」なんてお互いに声をかけるわけでもないけれど、その表情やしぐさに「元気だった?久しぶりだね」という心の声が聞こえるようであたたかい気持ちになりました。
「カラサ、ダイジョブデスカ?」ってそっと声をかけてくれて。あー、やっぱりこのお店、好きだなぁって思いました。
私にとっては大切な一つの居場所です。
そして、私は週に一度、中国からの留学生の話し相手をしています。
日本語の先生の資格も持っていないし、中国語はもちろんのこと英語も話せません。純ジャパの普通のおばさんです。
それでも彼女がある程度日本語が話せるので、会話は成り立っています。
そして彼女はこんな私を「先生」と呼ぶのです。
最初は「先生」と呼ばれることにとても恥ずかしさを感じて、名前で呼んで欲しいとお願いしていたのですが、すぐに「先生」に戻ってしまう(笑)
そのうち、「先生」と呼ばれることに慣れてきたのもあって、まぁいいかと。
話題は今は就活オンリー。基本的に彼女が話したいことを私が聞くというスタイルです。
去年の夏、彼女から「お食事に行きましょう。先生と一緒に行きたいお店があります。1年記念にご馳走させてください」とお誘いいただき、美味しい本場の中国料理をいただいてきました。
私にとっては娘のように可愛い留学生さんです。
私がお付き合いをしている彼は、母語は中国語ですが日本語もネイティブ級です。
私たちは高校生のときに出会い2年ほど交際していました。学校が違っていて毎日会えるわけでもなかったので、交換日記をしていました。
出会った時は彼は来日して半年くらい経っていたと思います。当時、日本語での日常会話はほぼ問題なく、時々漢字を交えながらもコミュニケーションは可能なレベルでした。それでも「正しい日本語を覚えたいから添削してほしい」と言われて始まったのが交換日記でした。
あれから40年後の去年6月、私たちは再会しました。
当時も日本語は問題なくできていたけれど、40年経ったらその上達ぶりに驚きました。なぜなら会話よりも文章の方がより正確な日本語になっていたからです。
そして彼の書く日本語は実に誠実なのです。
「そうですね」「いいえ、〜です」「明日はどうでしょう」「こちらは〜で〜という感じですね」「今日もお互い頑張りましょう!」
一見他人行儀に感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、私は彼が書く日本語がとても好きです。私よりも日本人らしいなと思うこともあります。
一度だけ彼に聞いたことがありました。「なぜ口語体ではなく丁寧な日本語を書くの? あなたなら口語体も自由に使えるでしょう?」と。
「誤解を招きたくないんだ。口語体は感情がうまく伝わらなかったりするから、俺が思ったことが真っ直ぐ伝わらないことがあるでしょ? Licaだけじゃなく、日本人の人と連絡するときは書き言葉で書くようにしてるんだ」
なるほどなぁ〜と感心していたら、
「だから、俺の日本語で間違ってるところを見つけたら、チャットの途中でも直してくれない?」
えぇ〜?? また日本語の先生するの? 話しが中座しちゃうよ〜。
「しょうがないでしょ。Licaは昔から俺の日本語の先生なんだから(笑)。ビジネスで間違えた日本語を使ったら俺が恥ずかしいからさ」って。
正直、私は彼の完璧じゃない日本語が好きなのです。
彼らしさを感じるというか、ちょっぴり間違えてる発音や一つ多い「っ」だったりがとても愛しく感じるから♡。
でもね。
ホント、みんなすごいなぁ・・と思います。
だって私は日本から飛び出して海外で一人暮らし・・なんて勇気は到底もてないから。
カレー屋さんも留学生の彼女も、お付き合いしている彼も、みんなそれぞれ事情はあるけれど、日本語と格闘しながらも日本語を愛してくれているのを感じます。有り難いなぁと思います。
そんな人々とのご縁に恵まれて、私はとっても幸せです。