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ループライン#29
【スカイプラザ駅】…………Shuu Negishi(4)
「……見当たらん、なあ」
フラワーショップで時間いっぱい悩んで、柔らかな白とオレンジ色ベースのミニブーケを買った。桜色と迷ったのだが、お菓子の包みが菜の花色だったからそちらと合わせてみてより気に入った方を選んだ。
自分でもなかなか満足のいく買い物が出来たと、ホクホクしながら映画館のロビー階まで上がってきたのだが、そこにいるはずの妻の姿が見当たらない。
――パンフレットでも見てるのか?
チケット売り場横のささやかなショップを覗き込んでみるも、まばらな人の中に見知った顔はない。基本的に十分前行動を信条とする椿だ。きっと自分の方が遅いだろうと思っていたのに。
しばらくは珍しいこともあるものだと暢気に構えていた楸も、待ち合わせ時間から十五分も経つと落ち着かなくなってきた。妻に何かあったのだろうか? こんな時に限って役に立たなくなってしまった携帯電話が恨めしい。
――少し周りを見に行った方がいいかな。でも、すれ違いになったら困るし……。
照明の絞られた薄暗いロビーでも、これだけ閑散としていれば双方が見落とす事なんてまずないはずだ。
「ちょっとお尋ねしますが……」
チケットもぎりの男の子に訊いてみるが、それらしい姿は見ていないらしい。
楸は弱り果てた。妻の番号は暗記どころか持ち歩いているものに書き留めたりもしていない。自宅にならメモしてあるのだが。
――便利になりすぎるのも、考えものだな。
自分が若かりし頃はこんな事しょっちゅうあったはずだ。一人一台個人の電話を持ち歩く日が来るなんて、思い描きもしなかった。
待ち合わせは何度重ねてもある種の緊張を孕んでいて、それだけに場所も伝言板のある駅の改札前だったりと割と決まっていた。会えず終いになる事だってたまにはあった。
――なのに今ではこの有様だ。
会えるのが当たり前。会えなくても連絡が簡単に取れる時代に慣れてしまって久しい。携帯電話一つ使えなくなっただけでこんなに途方に暮れようとは。
「はあ……」
重い溜息が漏れる。せっかく月に一度のデートだったのに。さっきまでのウキウキした気持ちがどんより曇る。自分も妻が心配だが、事件や事故に巻き込まれているのでなければ妻の方も連絡が繋がらなくて心配しているだろう。
「これは一度家に帰った方がいいかもしれんな」
モノレールの時間さえ合えば、ここから家までシニアの足でも三十分かからず帰ることが出来る。明るい内に帰宅して家の電話から椿の携帯に連絡するのが、恐らく今選べる最善の方法だろう。
「よし」
――決めたからには善は急げだな。
楸は踵を返し、階下を目指した。ついさっき顔を出したばかりのフラワーショップで商品を受け取ることも忘れずに。これは鞄には入らないので紙袋に入れて貰う。
映画館からだと夕陽が丘駅の方が近いので足早にそちらに向かい、モノレールの改札へ。ホームは三階に当たるところにあるので、最後の一頑張りと階段を上った。幸運にもホームにはモノレールが停車していて、発車時刻も間際のようだった。流石に気が抜けて、楸はフラフラと小さな車両に乗り込んだ。
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■2021.04.13 初出