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ループライン#9

【坂ノ下駅】…………Kei Tateno (2)


 日曜日は、眩しいくらいの晴天だった。
 前日の午前中には完全に雨が上がったので、グラウンドのコンディションもまずまず回復していた。 家から自転車で十分程走ると、右手に見えてくるのはだだっ広いグラウンドだ。都内の大学の私有地だけど、合宿で使う以外は申し込みのあった地域の団体に開放している。
 今日はそこで、地元の少年サッカーチームの試合がある。

「あ、タティーノだ!」
「おはよーございまーすっ!」
「タティーノおはよー」

 ――……何で僕は微妙なアダ名でばかり呼ばれるんだろう?

 わらわら寄ってくる子犬のような少年達に、肩を竦めて茎も歩み寄った。乾ききらない土の地面はまだ雨を含んで固く締まっていて、ぬかるみも所々残っている。これは今日の試合の後、ユニフォームの洗濯が大変そうだ。明日も晴れるといいけれど。

「よっ。調子はどうだ、今日は勝てそうか?」
「どーかなあ? 最近雨ばっかで体ナマっちゃってる感じだしー」
「勝ったら何か奢ってくれる?」
「っていうかタティーノ、差し入れは~?」

 相変わらずチビっ子達は生意気なことばかり言う。だけど、太陽よりもカラリとした笑顔を見せられると――まあ、結局は可愛いのだ。

「この間のクッキー、あれまた食べたい!」
「あ、あれ超美味かったよな」

 お菓子作りが趣味である茎の、前回の差し入れのことだ。嬉しいことに大好評だったのだが……買うよりも安く上がるとはいえ、さすがに毎回はキツい。自分の懐具合に思いを巡らせて少し思案する。
 ちなみにクッキーは大量生産するのに適しているからであって、決してアダ名を意識してチョイスした訳ではない。断じて。

「よし、じゃあ今日の試合勝ったら次回な」
「うっしゃ、絶対勝つ!」
「おれ、クルミ入りがいいー」
「皆―っ! 今日勝ったらご褒美あるってさー!」

 キャッホウ! と散っていく子ども達。試合はこれからだというのに、あんなにはしゃいでスタミナは大丈夫なのだろうかと無駄な心配をする。 全くもって、子どもはエネルギーの塊である。

「茎、いつも悪いな」

 ワチャワチャする子ども達を微笑ましく見守っている茎の側に、チームの監督が苦笑いでやってきた。茎自身も小・中学校とお世話になっていた人だから、ざっくばらんなものだ。

「いえ、好きで来てるんで。見てるだけですし」
「いい加減お前、ベンチに座ればいいのに」

 何度か貰っていた誘いを今日も受ける。が、いつも通りやんわり断った。別に遠慮をしているわけではない。

「ちょっと離れた方が、コート全体見渡せて楽しいんですよ。違う角度から見れば、監督と被らないようなアドバイスが出来るかもしれませんしね」
「そうか。――そうだ、茎」

 短く納得した監督が不意に表情を変えたので、茎もつられて表情を引き締めた。

「何ですか?」

 何かあったのかと固唾を呑んだのだが……。
 監督は、真剣な目でこう言った。

「勝ったら次回クッキーだって聞いたぞ。俺はチョコチップな」

 相変わらず、お茶目なオヤジだった。



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■2020.11.03 初出

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