見出し画像

ループライン#3

【中学校前駅】…………Futaba Kanai(2)

「ふーたばっ、どしたの?」

 目の前にピンクの箱とそこから伸びる細長いものが差し出されて、双葉は反射的に顔を上げた。手に収まるサイズの紙パックジュース。そのストローをこちらに向けているのは。

「里(さと)っち」
「飲む? いちごオ・レ」

 “里っち”こと里子(さとこ)は同じクラスの友人。双葉を含めた仲よし三人組の一人だ。ありがと、と素直に一口頂く。柔らかな甘味が口の中に広がった。

 ――数学で消耗した脳が活性化するよ……。

 染み渡る甘さに浸っていると、ポスポスと頭に手が触れる。

「えらくボンヤリしてたね」
「そうみたい。チャイム鳴ったの気付かなかったもん」
「そりゃ凄いわ。周りもこれだけガチャガチャしてんのに!」

 そう言って、里子はカラリと笑った。
 お昼休みに突入した教室は、確かに気付けば相当騒がしくなっていた。慌てて教科書や筆記用具を片付ける。我に返ったら急にお腹が空いてきて、双葉は机の上の消しカスを軽く払って立ち上がった。

「ごめんごめん、お昼食べよっか。春(はる)ちゃんは?」
「今日購買だって。男子に負けじと戦場に向かったよ」

 お互いの机をガタガタ移動させて小さな島を作る。席が近くてラッキーだ。もう一人の仲良し、春海(はるみ)の椅子も持ってきておく。

「何なに、寝不足?」
「え? ううん。昨日は八時間半ガッツリ寝た」
「あたしより寝てたし!」

 里子が再び笑い声を上げる。いつも明るい彼女は本当にムードメーカーだ。双葉がエヘヘ、と笑い返したタイミングで、後ろのドアから春海が教室に帰ってきた。小柄な身体に不釣合いな大きなビニール袋を掲げて、こちらもピッカリ笑顔。

「お待たせ二人共~」
「春、お帰りっ。戦果は上々みたいだね」
「それがそうでもないんだ~。聞いてよ、一番狙ってたミルクパン、小田にラス一(いち)とられたんだよ~!」

 悔しがる春海をヨシヨシと宥め、三人はランチタイムを開始した。取り留めない話をしながらお弁当をパクつく。

 ――インゲンのベーコン巻きは手でいくか箸でいくか。爪楊枝刺さってるし、手かな。

「で、双葉は何をボンヤリしてたって?」

 むむ、と悩んだところに会話のボールが飛んできた。
 小首を傾げる里子を見て、春海も視線を双葉に向ける。

「うーん、そんなに大したことじゃないんだけど」
「何~?」
「今朝ね、雨の予報出てたからモノレールで来たの。そしたらその駅に、ちょっと気になる人がいて」
「え、え、恋バナ? 恋バナなの?」

 里子が身を乗り出してくる。肘が当たりそうなお茶のペットボトルをズラして差し上げつつ、双葉は冷静に返した。

「そこは残念ながら」
「なんだ」

 ――なんだとは何ですか。

 気を取り直して話し始める。

「妙なおじさんがいてさあ。見かけない顔だし、格好も変わってるし、行動も変わってるしで」
「つまり変なおじさん? ヤバくない?」
「ヤバそう~。里ちゃんもモノレールユーザーじゃない。会うかもよ」
「うっわ、そうだった。ヤバーい」

 ヤバイと言いつつ興味津々な二人に、双葉は風変わりなおじさんのことをかいつまんで話した。

「それは……気になるね~」
「今度会ったらさ、少し話してみれば?」
「ええ?」

 ――大丈夫なのかな。

 ポテトサラダをお箸で掬ったまま、眉間にシワを寄せて考える。

「まあ、また会ったらの話だよ。気が向いたら。一応、他に人がいる時にって条件でさ」
「あ。それならちょっと安心かも」
「茶色づくめのヒゲのおじさんか~。チャゲだね!」
「チャゲだね!?」
「チャゲ!?」

 ――何という……思わずプチトマトを掴み損ねたぞ。

「お春――アンタのセンスって……」
「仲よくなったら写真撮ってきてね~、双葉ちゃん」

 再び春海はピッカリ笑顔で双葉を見た。

 ――そんな春ちゃんが私は好きです。ハイ。

 ――皆まで言わない優しい里っちも好きです。ハイ。


>>NEXT #4【中学校前駅】…………Futaba Kanai(3)

 

■2020.09.22 初出

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?