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ループライン#4

【中学校前駅】…………Futaba Kanai(3)


 放課後、双葉はいつものように学校の周りを回る。

「せんぱーい! 外周行ってきまーす」
「あっ金井(かない)、今日は三周ねー」
「はーい!」

 基礎トレーニングは大抵どこの部も走り込みをやる。だから外周を走っている生徒は学年問わず多い。他の学校でも比較的見られる光景だろう。双葉の地元の中学でもよく外周を走っている生徒を見かける。この学校と比べて敷地が広いから、あっちで五周! なんて言われたらさぞテンションが下がることだろう。
 授業が午前中だけだった日なんかに部活を終えて帰ると、ちょうどフルで授業があった地元の学校は部活時間だったりする。そんな時は、少しだけ帰り道のルートをいつもと変えてみたりもする。運がよければ、小学校で仲がよかった子と少しだけ話せるのだ。

 ――住んでる家は近所で変わってないのに、どうしても遊ぶ機会は減っちゃってるんだよね。

 大部分は部活が忙しいせい。あと少しは、お互いの新しい付き合いのために。

「コラ金井っ、チンタラ走ってるんじゃない!」
「うわっ、すみませ……って」
「あはは~、ダメだよ双葉ちゃん。またボーッとして」

 本日三度目の、ピッカリ。

「春ちゃーん、ビックリしたよ。本当に先輩かと思ったじゃん」
「気を付けないと危ないよ~? 私達と違ってそっちは怪我すると死活問題なんだから、集中集中」
「はあい」
「じゃ、お先~」

 あっという間に春海の背中が小さくなっていく。

 ――ううむ、吹奏楽部にしておくのが勿体無い。陸上部に来てくれたら即戦力なのにな。

 そこでふと思った。

 ――大会を勝ち上がったら、地元の学校の陸上部と会場で一緒になることもあるのかな? あの子とか、あの子とか……アイツにも、会ったりするんだろうか。

「うおっと! 危なっ」

 アスファルトの小さな窪みに足を取られてつんのめった。転びはしなかったものの、ヒヤッとする。

 ――イカンね、春ちゃんの言う通りだ。

 両手で頬をペチペチ叩く。そして今度はちゃんと集中して、双葉は再び走り始めた。


    ■□■


 例のおじさん――通称チャゲのことをあまり思い出さなくなった、ある日の午後。

「あ、金井だ」

 それは偶然で、突然だったので、双葉は思わずポカンと口を開いたまま固まってしまった。
 その日も、朝のお天気コーナーで『曇りのち雨』の予報が出ていた。いつものように自転車を置いて家を出て、モノレールを利用したのだ。帰りはいつもより学校を出るのが早かったから、最寄り駅でモノレールを降りて、ブラブラと地元中学校の前の道まで歩いてきた。そうしたら、校門前で柔軟体操をしていた思わぬ相手に遭遇したというワケだ。

 ――そりゃあ大会で会うよりも、地元で会う可能性の方が高いか。そうだよね。

 双葉が黙っていると、ソイツは柔軟を続けながら不思議そうな顔をした。

「あれ、お前チャリ通じゃなかったっけ」
「あ、雨の予報、だった……から」

 ――何このたどたどしい話し方! 落ち着け私。

「久しぶり、木内(きうち)」

 知らず乾いていた唇をこっそり湿らせて浅く息を吐く。二言目は割と自然に出た。

 ――双葉よ、元同級生を相手に何を緊張することがあるのか。

 よく見知った相手。住み慣れた街。むしろリラックス出来る状況な筈なのに。

「帰り早くね?」
「テスト期間前だから部活ないんだ。そっちは?」
「うちは木曜までは部活アリ」
「あ、うちの方が早いんだね」

 話せば全然小学校の時と変わらない。無意識に肩に入っていた力が抜けていく。
 木内は同じ小学校で五、六年と同じクラスだった男子だ。掃除の時間、ふざけていてうっかり三階の窓から雑巾を落っことして先生に怒られたり、落ち葉の山にジャンプしたら下に空いていた穴ボコにはまって泥だらけになったり――お調子者な面もあるけど楽しくていい奴で、クラス行事や係でも割と話す方だった。

 ――でも中学生になってからまともに話すのは、多分初めてだ。

 以前と同じように会話しているだけなのに、緊張が解けた途端今度はテンションが上がっている自分がいる。双葉は内心戸惑った。

「外周大変そうだよね。敷地広いから」
「まーそうだな。ぶっちゃけキツイ」
「って、いいの? 走らなくて。サボリ?」
「校門のすぐ脇でサボるわけねーだろ」
「あらら、見えないところならサボるんだ」
「違(ちげ)えし! 俺は出来る男だからもうノルマ終わってんだよ。今は整理体操も兼ねてちょっと休憩」

 ドヤ顔で言いながら木内は膝や足首を回した。
 すぐ傍を他の生徒が走り抜けていく。チラッと肩ごしに振り返られて、その視線に少しだけ居心地の悪い思いをする。知らない顔だ。上の学年かもしれないし、この中学校は近隣地域の三つの小学校の生徒が通っているから、他の小学校出身かもしれない。何にせよ、違う制服を着ている以上ここの生徒から見れば双葉は『よそ者』なのだ。
 意味もなく、スカートの端をつまむ。

「あれっ、双葉ちゃん!?」

 不意に、素っ頓狂な声で名前を呼ばれた。
 振り向けば、やはり同じ小学校だった女の子がいた。クラスは違ったのだけれど結構気が合って、何度かお互いの家を行き来したこともある。

「きゃー、懐かしい! 元気? 制服可愛いねー!」

 テンション高く手を握られてブンブン振られた。双葉もアハハと笑って返す。

 ――相変わらずだ。嬉しいなあ。

 嬉しいのだけれど。
 何か違和感を感じるのは、一体全体どうしてなのか。変わっていないはずなのに。
 双葉の手をパッと離して、彼女は木内に向き直った。

「あ、木内。ぼちぼち集合かかるっぽいよ。先輩達より早めに戻っといた方がよくない?」
「あー」
「じゃあね双葉ちゃん!」

 大きく手を振りながら、彼女は校門の中へと走って行く。旋風(つむじかぜ)のような子だ。思わず木内と顔を見合わせてしまった。
 ほんの数秒、無言。

「じゃ」
「あ、うん。みん――」
「ん?」
「……部活、頑張って」
「サンキュ」

 軽くジョギングするような感じで木内も校内に戻って行った。
 その背中をぼうっと見送りながら、頭の中では別のことを考えている。

「何で私、言わなかったんだろう?」 

『皆によろしくね』


――こんな簡単な一言だったのに。



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■2020.09.29 初出

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