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ループライン#8
【坂ノ下駅】…………Kei Tateno (1)
そもそもが小さな街だ。
団地が近いとはいえ、平日の昼下がり、しかも悪天候とくればコンビニも閑散としている。ちゃんとした買い物なら夕陽が丘駅前の大型スーパーで済ませる人が大半。傘と荷物を両手に、無人駅の小さなコンビニに『ちょっと寄って帰るか』ともならず。結局二十分に一本来るモノレールと共に、二、三人お客さんが来るか来ないかというところに落ち着く。
「……暇だ」
立野茎(たての けい)は無意識にボヤいた。二人体制でも余裕なので、シフトの相方は緩く在庫チェックをしているらしい。
レジのカウンターを離れて自動ドアの方へ行ってみる。
雨足はいまだ強く、通りの街路樹が大きく揺れていた。雨や雪の日には、出入り口の目立つところにビニール傘を陳列しておくのだが、流石に連日降り続けば敢えてコンビニに買いに来る人もない。皆家から持って出る。
まあ今日は風があるから、ビニール傘が壊れて駆け込んでくる人がいる可能性はあるけれど。
「クッキー、外どう?」
メモ帳に何かを書き付けながら、相方である先輩が顔を覗かせた。
「クキじゃなくてケイです。け・い!」
「分かってるって。愛称、愛称」
「もー……」
悪びれない先輩の態度には、いつも毒気を抜かれる。
「中々弱まらないですね。帰りにはマシになってるといいんですけど」
「梅雨だなー」
「梅雨ですねー」
暇を持て余してお互いテンションがゆるゆるだ。まあこんな日もあるだろう。そんな茎の考えが伝わったのか、先輩は雑談を続けた。
「家、坂の上団地だっけ?」
「はい。近いんですけど、天気悪いと嫌ですね。勾配あるから台風の時は道路が川みたいになるし、雪が降れば下手するとスキーのジャンプ台みたいで超怖いですし」
「あー確かに、冬の朝とかちょいちょい転んでる人見るわ」
「地面凍ってたりしますからね」
ちなみに先輩はここ、モノレール『坂ノ下駅』直結の、比較的新しいマンションに家族と住んでいる。
コンビニが入っているのはマンション一階の端っこだ。店の並びにはドラッグストアや小さな文房具店なんかも入っているから、コンビニのありがたみって奴はそんなに目立たない。
「そういやクッキー、次の日曜って用事ある?」
イートインカウンターを拭いていた茎に、思い出したように先輩が言う。
「日曜ですか? えぇと、夕方からなら空いてたかと」
「マジ? 実はゼミの集まり入りそうでさ。もし予定大丈夫だったらシフト代わって貰えん?」
頼むっ! と合わせた手の間には、スティックタイプの菓子パンが。
――……商品、潰さないでくださいよ?
「オッケーです。うわー、休日入るの久しぶりだ」
「お前、基本平日だもんな」
『土日ったって、忙しさ、そんなに変わんないぜ?』と笑われて、イヤイヤと苦笑いを返す。楽したくて平日にしてるんじゃないって。
「や、でもホント助かるわ。サンキュな! 何かあったら、オレも代わるから」
「はい、その時はよろしくです」
ザアッと窓ガラスを叩く雨に顔を上げた。
不意に聞こえてきた、水を蹴散らす小走りの足音。雨の日用の入口マットを確認して、茎はレジに戻った。自動ドアの外、横に少し避けたところで、何やらパタパタ腕やズボンを払っている人の姿が見える。
「いらっしゃいま、せ……」
少しして、入店を知らせる陽気なメロディが響いた。
自然と自動ドアの方へ目をやった茎の言葉は、不自然に引っかかってしまった。入店してきたのは細身の男性で、何とも……そう、何とも形容しがたい感じの人だったのだ。
ベージュや茶色の同系色でまとめたファッションは、色のセンスはいいと思う――のだけれども。 問題は各アイテムの組み合わせ。ジャケットにズボンはいい。頭にちょこんと乗ったハンチングも……無しではない、か? ただしそこに豊かな髭と蝶ネクタイが加わると、途端に全体の雰囲気がどことなく物語の登場人物めいて見える。ダサイ訳ではなく、似合わないわけでもない。むしろ妙にしっくり来ているのだが、存在自体がちょっと浮世離れしているような印象だ。
男性は軽く息を吐いて、臨時に設えた傘のコーナーを覗き込んだ。建物自体は直結しているものの、駅から店までの動線には屋根がない。短い距離だからと覚悟を決めて走ってきたのだろう。ふむ、という顔をして、男性はコーナーを離れた。そのまま店内に歩を進め、陳列棚の陰に消える。
「なあなあ、何か面白いお客だな」
つつつ、とさりげなく近付いてきた先輩が、レジカウンター越しに囁いた。どうやら茎と同じような印象を持ったようだ。
「ですね」
短く同意を返す。
「雨の来訪者……悪くない響きだ」
「妖怪扱いはやめてくださいね」
先輩は、都市伝説や妖怪伝説が大好きなのだ。
ヒソヒソと話していると、いくつかの商品を持った件の男性がゆっくりこちらへ向かって来たので、先輩は裏方作業へ戻って行った。
「これと、こちらと、あとコーヒーを小さいサイズでお願いします」
「ホットでよろしいですか?」
「はい」
カウンターの上には傘、フルーツサンドイッチと、プリン。
甘いものが好きらしい。
「こちらコーヒーのカップになります。機械の使い方は、分かりますか?」
「ええ、大丈夫です。どうもありがとう」
電子マネーで会計を済ませ、イートインカウンターに歩いて行く男性の背中を見送る。
人間の脳には、不必要だと判断した音を遮断する機能があるという。
ならば絶えず流しっ放しの店内BGMも、そのフィルターに引っかかったのだろうか?ガラス越しの雨音の方が、やけにくっきり聞こえる気がした。
意識がふうっと浮き上がるような錯覚。
雨音は、あの日の記憶を連れてくる。
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■2020.10.28 初出