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ループライン#19
【中央公園駅】…………Nonoka Hasegawa (2)
夕陽が丘駅前の大型ショッピングセンターは、連休に浮かれる人達で混み合っていた。シネコンもある夕陽が丘には、映画を観ようと他の街からも人が集まってきているようだ。家族連れやカップルが行き交うショッピングセンターの中を、乃々花は縫うように彷徨った。目的のない買い物なんてしたことがない。どうにも自由を持て余し気味になる。おもちゃ屋さんを冷やかし、本屋さんで立ち読みをし、家電売り場で映りっぱなしのテレビを何ともなしに眺める。
――お腹すいてきちゃったなあ。
今日のお昼ご飯は遅かった。そしてガッツリしっかりハンバーグセットを平らげた。だというのに、子どもとは燃費の悪い生き物であるので、乃々花の小さなお腹も例に漏れずクゥ……と主張を始めた。
――おやつ持ってきてよかった。どこかで食べよ。
いつもはそんなに混んでいない吹き抜けの休憩スペースは、特設ステージで歌うおじさんと、それを聴くお客さんでいっぱいだった。乃々花は仕方なくフードコートに足を向けた……が。
――居心地わるい、なあ。
おやつには遅く、夕飯には早い時間帯。それなのに、フードコートは主にファミリー層に占拠されていた。空いているのはカウンター席がいくつか。けれどそこにはおひとり様らしき学生や大人の背中が並んでいる。乃々花がどこに陣取っても、浮きそうだ。
「どうしたの、お嬢ちゃん? 一人かい」
乃々花がマゴついていると、不意に後ろから声が掛けられた。パッと振り仰いだ先には、やや背の曲がったおじいさんがいた。豊かな白髪は自分の祖父に似ていて、一瞬乃々花は彼にしがみつきそうになった。
「お父さんやお母さんを待っているのかな?」
「え、っと……あの、あたし」
「人が多いけど大丈夫?」
次々と疑問形で言葉をかけられる。問い質される感じがしなかったのは、老人の喋りが穏やかでゆっくりだったからだ。けれど唐突に乃々花の心に心細さが襲ってきた。まるで迷子になった時のように。ぐっと拳を握りこんで、老人に笑顔を見せる。
「平気です。あたし、今日はひとりで来たの。ひとりでももう、お買い物できるから」
「……そうだったのかい。しっかりしたお嬢さんだね」
――そう。しっかりしてるから大丈夫なの。あたしが自分で決めて出てきたんだもん。
「おじいさんは座るとこ探してるの? いっしょに探しましょうか」
それ以上訊かれる前に問い返してみる。老人はのんびりと首を横に振った。
「ありがとう。でも私も大丈夫だよ。連れ合いがお手洗いに行っているのを待っていたら、君を見かけて気になっただけだから」
言いつつフードコート近くの化粧室の方へと目を向ける。場所柄トイレも混んでいるのかもしれない。腕時計を気にする素振りを見せた老人に時間を尋ねる。
「今? 四時ちょっと過ぎだよ」
――よじ。
家を出てきてから一時間半ほど経つということだ。行き先を告げずにこんなに帰らなかったことは今までない。
――お母さん、あたしがいないのに気がついたかな。
心に浮かんだ心細さがどんどん膨らむ。
「あ、あたしそろそろ、帰ろうかな」
いかにも不器用な言い方だったと思う。けれど老人が指摘することはなく、『気を付けてね』と見送ってくれた。別れ際に、『何かあったらすぐ周りの大人を頼りなさい。心配ならおまわりさんでも、力になれるなら私でもね』と電話番号を書いたメモを手渡して。
来た道順を足早に戻り、ショッピングセンターを後にする。立体駐車場に直結したスカイプラザ駅から、乃々花はタイミングよく来たモノレールに飛び乗った……だというのに。
――怒ってたらどうしよう。
心細さはそのまま不安になって心をどんどん占めていく。すぐに隣の中央公園駅で降りて、ホームに設えられたベンチにへたり込むように腰を下ろしてしまった。
太陽はその色を熟れた柿のように濃くし、駅名の由来である眼下の大きな公園の向こうに沈んでいこうとしていた。ちょうど自宅マンションがある方だ。高架の上にあるホームは肌寒かった。膝に乗せたリュックをぎゅっと抱きしめて、乃々花はじっと暮れゆく空を見ていた。
夏にはこの公園の夏祭りに、家族揃って遊びに来たことを思い出す。あんず飴に綿菓子、焼きそば。ヨーヨー掬いにピカピカ光るブレスレット。まるで一夜の夢だったように、今では乾いた砂の広場で落ち葉が踊るのみだ。それももうすぐ夜の闇に紛れて見えなくなるだろう。ふと首筋を冷たい風が撫でて、乃々花はパーカーの前を掻き合わせた。
乃々花の住む桜台駅の方からモノレールがやって来る。もう、両目のような二つのライトを点灯させていた。
この街のモノレールはラケット型の路線になっていて、この中央公園駅が環状部への起結点になっている。ピークの時間帯以外は一台しか走っていないので、今やってきたモノレールは先程乃々花が降りたのと同じ車両であるはずだ。あっという間の一周。あれに乗ったままだったら今頃は家に帰り着けていたことだろう。
――帰りたいけど。帰るの怖いよう。
結局何がしたかったんだっけ……と、うなだれていると、ホームに滑り込んだモノレールの扉が開いた。乗客は何人かいるようだったけれど、ここで降りる人はいないように思われた。
「お嬢さん、こんにちは」
……たった一人を、除いては。
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■2021.01.19 初出