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ループライン#40
【夕陽が丘駅】…………Naoki Mita(8)
――ここは思い切って、下手な鉄砲を数撃つことにするかな。
そう思い定めてからは、それまでの不調が嘘のように気に入る作品が増えていった。ちょこちょこ守山や藤岡にも見て貰って自信もついてきた。
桜のつぼみも綻び始め四月はもう目前……そんな折、彼に出会った。
その日も午前中から撮影に出ようと、ちょうど夕陽が丘駅のホームにやってきた時だった。直幹がその男性に声をかけられたのは。
シンプルなシャツに蝶ネクタイ。仕立ての良さそうなズボンはピカピカの革靴へと伸びる。しゃれたデザインのジャケットの袖から覗く腕時計だけが、革のベルトが擦り切れていて合っていない感じがする。全体的に茶色のコーディネートはそろそろ季節的に重たいが、小奇麗な印象だ。
「やあどうも、こんにちは」
男性はのんびりと言った。
「時折お見かけしておりました。モノレールにまつわるお写真を、撮っていらっしゃるようですなあ」
喋るたびに豊かな髭がフサフサ揺れる。何歳くらいなんだろう。どうにも読めない。
「ええと、はい。年明けからちょこちょこ撮ってます。……あなたは、絵をお描きに?」
男性は大きな荷物とスケッチブックを抱えていた。
「はい。しばらくお休みしていたのですが、寒さも和らいできましたし、今日は久しぶりに」
以前聞いた話を思い出す。藤岡の元教え子の青年が言っていた人物と、イメージが重なる。『もしかしたらもしかするのか?』と、直幹は遠慮がちに尋ねてみた。
「あの……違っていたらすみません。以前この街の、少年サッカーチームの試合を描きに行ってたりは……坂ノ下駅近くのグラウンドの」
「おや、よくご存知ですなあ」
まさかのビンゴ。
「うわあ、本当に? たまたまそこで会った青年と話していて、お話を聞いたことがあったんですよ。その、自分は人物を撮るのが難しいというような話をしてまして、絵で描くのも難しかろうといったような……その、そんな感じの流れで」
独特、前衛的、といったワードは伏せておいた。さすがに初対面のご本人には言えない。
「そうでしたか。彼のことですから、私の絵の話をしながら笑っていたのではないですか?」
「えーとどうでしたかね……た、楽しそうにしてました」
笑っていたとはどういう意味の笑いなのか判断しかねて曖昧に返事をする。が、男性は鷹揚に頷き、そしていたずらっぽく笑った。
「貴方の反応から察するに、思った通りでしょうな。いいんですよ。分かった上で好きで描いておりますし。彼には謝罪の品をせしめることにしますから」
謝罪の品とは何だろう――顔に出ていたらしい直幹の疑問を読み取って、男性は教えてくれる。
「彼はとってもお菓子作りが上手なんですよ。私大好きでして。おねだりするいい理由が出来ました」
満足げに笑う男性を見て、思わず直幹も笑った。
「貴方は、どうしてモノレールをお撮りになるんですか? 思い出に?」
少しの間を置いて、男性が尋ねた。思い出、という単語に内心ドキッとする。それが今度は表情に出ていないことを祈りつつ、直幹は何と答えるべきか考えた。廃線の可能性についてはまだ水面下の話だ。そういう意味で言ったのではないだろう。
「そうですね……いずれ懐かしく思い出す日が来るだろうと思えば、それもあるかもしれません。でも、どちらかというと、今を切り取るため……でしょうかね」
「今を切り取る、ですか?」
「ええ。写真は瞬間をそのまま写し出せるでしょう? 一秒にも満たない一瞬を」
「確かに。絵では少し時間がかかりますね」
「今この瞬間、こんなに綺麗な景色があるんですよ、こんな時間を過ごしてますよ、こんなに魅力的なものがここにはあるんですよ……そういった情報を切り取っておいて、見せたい時に沢山の人に伝えたいんです。私にとって今魅力を伝えたいものが、モノレールなんです」
――ちょっと、クサかったかな。
でも本心だった。思い出の中だけではなく、この街にその存在を留めるために、多くの人に伝えたい。この街にはやっぱり、モノレールがなくっちゃあ。
「思い出にするには、まだまだ早いですよ」
そう、締めくくった。
直幹が男性に視線を向けると、彼は目を閉じていた。一瞬話の途中で寝られたのかとも思ったが、立ったままだし違うだろう。男性は一度大きく息を吸って吐いた。そしてゆっくり目を開けて直幹を見た。心の内の読めない、深い深い眼差しだった。
「ありがとう」
そう言って男性は踵を返し、直幹が何か言う前に階下の改札の方へと歩いて行ってしまった。
そして四月。あるニュースがこの小さな街を騒がせる。
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■2021.06.29 初出