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ループライン#6

【中学校前駅】…………Futaba Kanai(5)

「――ってことで、ちょっとばかし不思議なだけで、変な人じゃなかったよ」

 テスト期間最終日。
 ようやく全ての教科が終わった開放感に浸りながら、双葉は里子と春海に先日のことを話した。少し間が空いたのは、単にテストを乗り切るのが先だという、学生としては模範的な理由……が建前だ。本音は、少し自分の中で寝かせる時間が必要だと感じたから。

「へえ。雨を待つ日って、どういう日なんだろね」
「絵も気になる~。どんな絵描くのかな?」
「ね。色々気になるよね」

 生徒達の努力の跡――いつもより多い気がする消しゴムのカスをホウキでザカザカ掃きながら、双葉も二人に同意を返す。

「やっぱり不思議な世界観の絵なんじゃない? あ、でも外でスケッチするなら風景画って線もあり得るか。双葉、チラッとも見えなかったの?」
「残念ながら」
「きっとまた会うんじゃな~い? そしたらその時『見せてください』ってお願いしてみたらいいよ~。で、次こそチャゲの写真撮ってきてね!」

 春海はチャゲの写真を諦めていない。

「てかさ、双葉は結局何しに公園行ったんだっけ」
「うーん……テスト前の気分転換とか、そんな感じかなあ」
「双葉ちゃんったら、勉強始める前にもう気分転換?」
「勉強モードへの転換ってヤツだよ、春。分かんないけど」

 教室内に二人の明るい笑い声が弾ける。ニヒッと笑顔を返して、双葉は集めたゴミを丁寧にチリトリに収めた。
 公園に行くより前の出来事――木内と会った辺りのことは、二人には話していない。ちょっと、何だか、気恥ずかしくて。テスト勉強に真面目に取り組む一方で、日が経つに連れて気付いたことがあったのだ。

『ずーっと身近にあったものだし、やっぱり愛着あるんだなあ。うん、大事だと思います。自慢ですし、好きですよ』

 自分の言葉。
 何回も反芻している内に、『あれ……これもしかして、モノレール以外にも当てはまるんじゃないか?』と思えてきた。
 当たり前にあったもの。
 街の外に出るまで気付かなかったこと。

 ――それまでの日常だって同じだ。私が地元で感じていた寂しさも、小学校時代が楽しくて愛着があったからこそなんだよね。

 あの旋風のような彼女の『懐かしい』という一言。どうやら自分は相当ショックだったらしい。共有していた時間はもう過去なのだと、宣言されたみたいで。
 あともう一つ。
 小学校の頃には、彼女と木内が話しているのを、ほとんど見たことがなかったから。時間とともに人間関係だって変わって当たり前。広がって当たり前だ。

 ――なんだけど。

 あんなにもモヤっとした理由はつまり。

「好きだったんだなー……」

 木内のこと。

 ――ほんのりね。淡~くだけどね。

 だからあの時も、きっと無意識にヤキモチを焼いてたのだ。とはいえ、まだ自覚していなかったから気持ちの落としどころがなかった。それが心地悪くて消化不良で、思わず寄り道とかしちゃったんだろう。
 自分の気持ちを知った夜。様々な感情が一気に昂ぶってしまって、双葉はちょっとだけ泣いた。それから『これが思春期か』と笑った。
 今思い返せば、チャゲの『早く降るといいですねえ』という言葉は、『早く泣けるといいですね』って意味だったのではないかと……双葉はそう思っている。

 まあ、やっとスッキリはした。

 地元の友達とも、木内とも、当たり前に話すことはなくなったけれど。この前のようにバッタリ会えることも、きっとまたあるだろう。それに、自分の新しい日常だって、まだまだスタートしたばかりなのだ。
 だから今はまず。

「双葉ちゃ~ん?」
「ゴミ捨て行くよー! チリトリのゴミ入れちゃってーっ」
「はーいっ、ちょっと待って今行くー」

 五月病とは無縁らしい気のいい友人達。
 大好きな彼女達と過ごす居心地のいい時間を、精一杯大事にしていこう。

 

 もうすぐ、夏服の季節がやってくる。



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■2020.10.13 初出

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