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ループライン#28

【スカイプラザ駅】…………Shuu Negishi(3)

「……おや?」

 二階の通路をひたすら真っ直ぐ進み、記憶にあった場所にやってきた。と、スキンケア小物の店舗がなくなっている。すぐに近くの店員に尋ねてみる。

「すみません。以前ここにあった、ハンドクリームやらを扱っていたお店なんですが……」
「ああオーガニックコスメ専門のですよね?」
「そうですそうです」
「先月末にいくつかのお店の配置替えがありまして、確かスカイプラザ駅連絡通路側の一階に移ったはずですよ」
「そうでしたか。どうもありがとう」

 お店がなくなった訳ではなくて安心したけれども、移った場所が悪い。もう映画館のある夕陽が丘駅側の端っこまで来てしまっている楸としては、ここでUターンして逆の端っこに向かい、買い物をしてまた戻ってくるというのは躊躇われた。往復を考えると落ち着いて品物を選んでいる時間もあまりないだろうし、どうしたものか。

 ――ただでさえ、私には馴染みのないタイプの店だしなあ。

 ここは次点のハンカチやらにすべきか。でも売り場が変わっていなければ、それらもスカイプラザ駅寄りに売り場があった気がする。最終手段の花は、これから映画を観る事を考えると今買うのは得策ではない。邪魔になってしまうし。

「どうしたものかなあ……」

 楸は眉間にシワを寄せたまま何気なく携帯電話を取り出した。吹き抜けの手すりに腕を乗せて、時間やら待ち合わせの場所やらのメモを確認する。記憶していた通りで間違いない。
 映画館の下の花屋で先に購入だけして、取り置きして貰おうか。帰りがけに受け取りに行ってお菓子と一緒に渡せばいい。
 よし、と手すりから身体を離した時だった。

「あ、っと、うわわっ」

 慌てたような声と背中に衝撃。そして。

「ああっ!?」

 手の中のささやかな重みが消えた。

「すみません、おじいさん! 大丈夫ですか!?」

 背後からオロオロとサラリーマンに覗き込まれるも、楸はそれどころではなかった。焦りながら手すりから身を乗り出す。それを見てサラリーマンはさらに取り乱す。

「ちょちょちょちょっと、何をしてるんですかっ!? 早まらないでくださいっ」

 早まってなどいない。
 楸が覗き込んだ吹き抜けの下の広場には、幸い人の姿はなかった。が、楸の見慣れた携帯電話と、その周りに小さな破片が散っているのが見えた。

「あああ……」

 楸が嘆くより先に例のサラリーマンが情けない声を上げた。振り向けば楸の肩越しに、一緒に下を覗き込んでいたらしい。眉尻を下げてペコペコ謝罪を繰り返す。

「本当に申し訳ありませんっ。ちょっと待っててください。ボク、取ってきますんで」
「いやいや私も行くよ。こちらこそ申し訳なかったね」

 二人で小走りにエスカレーターに向かう。

「私がいきなり後ろに下がってしまったから。……何か急いでいたんじゃないのかい?  いいんだよ、気にせず行ってくれて」
「ええと、急いではいたんですけど……でも、大丈夫です」

 年の頃は四十になるかならないかくらいだろうか? 気弱そうな、けれど人のよさそうな男だった。

「人に会うために急いでたんですけどね。こういう時、迷惑をかけた相手や困っている人を放っておくことを何より嫌う方なんで」

 それからすぐ、下の吹き抜け広場で携帯を拾い上げた。本体が欠けてしまったりはしていたけれど、液晶は無事だった――が。

「……これはもしや」
「え、え、何です?」

 ボタンを適当に押してみても電源ボタンを長押ししても、ウンともスンとも言わない。携帯電話は完全に沈黙を貫いていた。

「さすがに二階からの衝撃には耐えられなかったか」
「あああ弁償します! すみません!」

 いい年して落ち着きのない男だ。素直過ぎるのだろう。楸は苦笑いして男を宥めた。

「まあ落ち着いて。そう頻繁に使うものでもないから大丈夫さ。明日にでも修理に出してみるから気にしないでいいよ」
「ですが……」

 散らばった小さな欠片を出来る限り拾って、楸は腕時計に目をやった。そろそろ映画館に向かわなければ、花屋に寄る時間を考えるとギリギリだ。

「急いでいるところすまなかったね」
「いえ、それは本当にいいんですけど」
「付き合ってくれてありがとう。私もこの後待ち合わせがあるから、この辺りで」

 まだ何か言いたげな男性を視線で押し留めて、楸は丁寧な会釈を残しその場を離れた。いい人なのだろうが、あそこでズルズルやり取りしていたら双方の待ち人にこそ申し訳ない。歩きながらさりげなく後方をチラ見してみると、彼はまた急ぎ足で楸とは逆方向に去っていくところだった。

 また誰かにぶつからなければいいのだけれど。


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■2021.04.06 初出

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