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ループライン#39
【夕陽が丘駅】…………Naoki Mita(7)
撮影は難航した。
写真は長いことやってきたものの、誰かに何かを伝えたいという明確な意思を持って撮影に臨むのは、今回が初めてだったからだ。自分ではいいと思っても、客観的に見たらそうでもないかもしれない。しかし、巧い写真を目指せばそれこそプロに頼めばいいという話になってしまう。自分にしか撮れない写真、自分だから撮れる写真とは一体何なのだろう。直幹は頭を抱えつつ、それでもがむしゃらに撮影を続けた。
カレンダーは三月に突入していた。
「はー……花粉を感じる……」
モノレール夕陽が丘駅のホームで穏やかな日差しを浴びながら、直幹は鼻を啜った。マスクの中は蒸れているのに喉はなんだかカサカサする。目もかゆい。シパシパ瞬いていると、視界の隅を黒いものが横切った。
「ん?」
キョロキョロと首を巡らせる。ホーム端の柵の上に、一羽のツバメがとまっているのに気が付いた。反射的に見上げれば、ホームの天井にはいくつものツバメの巣の跡があった。巣自体はまだ見当たらない。確かにまだ少し時期が早かった気もする。
「下見かな。ここで育った子か?」
確かにビルの三階に相当する高さのこのホームは、風通しもいいし直射日光も避けられる。天敵もほとんど来ないだろう。なかなかいい物件だ。御目が高い。
ツバメが巣を作るのは縁起がいいことだという話は直幹も聞いたことがあった。春に向けて色々動いているモノレール。その起点となる駅にツバメが来てくれるのは、少し心強いように感じた。
「頼むな。お前もこの街、好きだろう?」
人が近くにいないのを確認して小さく語りかけた。ツバメは我関せずといった様子で、新居の候補地を検分するのに忙しそうだ。首を伸ばしてこちらを覗き込むツバメの向こうから、高架の上を滑るようにモノレールの車体が近付いて来る。無意識に、直幹はカメラを構えた。
パシャパシャッ
何枚か連続してシャッターを切る。
モノレールがホームに入って来ようかというところでツバメは飛び立ち、直幹はカメラを手にしたままその行方を見守った。目のかゆみも、鼻のムズムズも忘れて思う。
――あの時の感覚だ。
考えるより先に手が動いていた。そうするのが当然だとでもいうように。
「こういう写真、ってことなんだろうな。多分」
ここのところ、撮ろう撮ろうと気負い過ぎていたのかもしれない。
よく見せようとする必要はない。日常の何でもないこと、何でもないものがふとした瞬間放つ魅力。きっとそれが何よりも強く人を惹きつけるのだろうから。
「まあ、それをどうにかして撮らないとなんだが……狙って撮るよりかえって難しいんだよなあ」
直幹は苦く笑った。さっぱりした笑いだった。元々腕自体は大したレベルではないのだから、背伸びをするな、格好をつけるな、と自分に言い聞かせる。
――ここは思い切って、下手な鉄砲を数撃つことにするかな。
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■2021.06.22 初出