ループライン#24
【中央公園駅】…………Nonoka Hasegawa (7)
「乃々花がちゃんとした理由なしに滅多なことをするはずがないって、知っているもの」
家に帰った後、どうして怒らなかったのかを尋ねた乃々花に、母は当たり前のようにそう言った。それはビックリするほどの信頼だった。
いい匂いの漂うテーブルを囲んで、乃々花は耳を傾ける。
「お母さんが叱るより先に、乃々は自分の行動を後ろめたく思っていたでしょう? 顔を見ればすぐに分かったわよ」
「うん……方法は、まちがってたかなって」
――方法は、ね。
まだ心の中でわだかまっているものはあった。目を背けることは出来ない。けれど、今ならそんな気持ちともある程度上手に折り合っていけるような気もしていた。少なくとも母は、乃々花自身をちゃんと見てくれていて、信じてくれていたんだと分かったから。
「むしろ自分の娘がまだ小学校低学年の子どもなんだって、久しぶりに実感したわ。ごめんね。乃々が頼りになるからって、お母さん甘えすぎちゃってた」
本気で反省した母の様子に、グツグツ湯気をたてる鍋からぷるんとした餃子を掬って、乃々花の兄は笑った。
「乃々はほんと、年齢詐称を疑うくらいしっかりしてるもんな~。お母さんも俺より乃々の方を大人扱いするしさ。兄ちゃんとしては結構複雑だったりするんだぞ?」
穴開きお玉で水気を切った水餃子を、そのまま乃々花の器に入れてくれる。
「わたしもね、おねえちゃん、おかーさんみたいだなっておもうとき、あるよー」
妹までそんなことを言うなんて、自分の方がよっぽどフクザツだと乃々花は思った……けれど、特に反論はしなかった。
『お兄ちゃんを見習いなさい』
『乃々はお姉ちゃんでしょ』
兄は年相応でちょっとだらしなくて、だけど十分優しくて人に好かれる。乃々花からすればそんな兄の無理していない感じ……余裕? が大人っぽく見えていたし、素直に見習いたいと思う。妹が自分のことを親に負けないくらい慕ってくれているなら、応えてあげたいと思ってしまう。
――言われるまでもないことを繰り返し言われて、『分かってるよ!』ってイヤになっちゃった、ってことだったんだろうなあ。
冷静に自己分析をしながら、乃々花はご飯茶碗を置いた。兄が取り分けてくれた器の中の水餃子は、ポン酢に絡まり大変にいい感じである。クタクタになった白菜で巻くようにして、大好きな餃子を口に放り込んだ。途端に広がるかぼすの香り。食卓を囲む見慣れた顔。
結局のところ家族が大好きなのだ。
嫌なことがあったり、みんなそれぞれ誰かを羨んだりつい甘え過ぎたりしつつも、最後には笑って一緒にご飯を食べる。今の自分にとってそれは、自由よりも価値があるもの。 辛いときは誰もいない場所へと逃げるのもアリだけれど、助けてくれたのはやっぱり人だったから、今の乃々花は一人じゃなくていい。
――次は、家出する前にちゃんとケンカしよう。
気持ちをちゃんと知るために。
知ってもらうために。
それから仲直りを、するために。
(もちろん、次の機会なんて来ないのが一番だけどね)
そんなことをひっそり心に決めながら、乃々花の小さな旅の話は続く。
「あのおじさんの他にもね、フードコートで声をかけてくれたおじいさんがいてね……」
乃々花がポケットの中……電話番号が書かれたメモを思い出して、それから随分年の離れたお友達が出来るのは、まだもう少し先のこと。
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■2021.03.09 初出