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ループライン#23

【中央公園駅】…………Nonoka Hasegawa (6)

「乃々花―っ」
「お母さん」

 勢い余って少し行き過ぎ、慌ててハンドルを切って戻ってきた母は、傍目からでも顔色が悪いのが分かった。

「ああ良かった乃々。もう、心臓に悪いわ」

 言葉の通り胸に手を当てて大きく息を吐いている。電話の時と同じく、乃々花をいきなり叱りつけるようなことはなかったけれど、その態度がかえって乃々花をまごつかせた。しかし戸惑いを見せたのは母の方もで、その視線は乃々花とその隣に立つ男性とをせわしなく行き来している。

「乃々花……こちらの方は?」

 はたと気付く。乃々花は男性と自己紹介も交わしていなかった。乃々花が何と説明しようか逡巡していると、男性は折り目正しく頭を下げて申し訳なさそうに笑った。

「遅くまでお引き留めして申し訳ありませんでした。お宅の優しいお嬢さんが、私の探し物に付き合ってくださいまして」
「あ、そうなんですか……? 探し物」
「ええ。本当に本当に助かりました。歳を取ると色々難儀しますからねえ。ですが連絡が遅くなってしまいまして、お母様は大変心配されたことと思います。配慮が至りませんで、どうも」

 再び深々お辞儀をして、おじさんは乃々花にも『本当にどうもありがとうございました』と微笑んだ。彼の意を汲んでふるふると首を振る。
 これだけで母が納得するとは乃々花も考えてはいない。隣駅にいることや、背中の大きなリュックの説明がついていないからだ。けれど、家に帰ってもその点を問い質されることはないだろうという、漠然とした予感があった。

「ええと、では私達はこれで……」
「あっ待ってお母さん。おじさんのお迎えのひとに……」
「大丈夫ですよお嬢さん。おそらく察しているでしょうから」

 三人揃ってそちらに目をやれば、例の黒い車の脇でお迎えの人が頭を下げた。

 ――ほんとにいいのかな?

 思いがそのまま顔に出ていたらしい。おじさんは笑顔で頷いてくれた。促されるまま母が押す自転車に並んで、もう一度振り返る。おじさんはニコニコ手を振ってくれた。本当はお礼を言いたかったけれど、ここで乃々花がありがとうを言うと流れ的におかしいので、気持ちを込めてぺこんとお辞儀をし、自分もバイバイと手を振った。


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■2021.02.23 初出


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