P4P NO.1!井上尚弥
ボクシングからは遠ざかり気味の私ですが、さすがに『モンスター』井上尚弥の試合は見逃しません。
・フルトン戦
バンタム級からスーパーバンタム級に上がった初戦で、2団体統一王者のスティーブン・フルトンへの挑戦。正直、井上でなければ無謀な挑戦でした。
特にボクシングにおいて、階級の壁というのはよくある話。私が見た中では、長谷川穂積さんが突然倒せなくなった印象が強いです。当然、解説か何かで階級について色々話していて、知識を得たような気がします。
体重差、階級差についての認識はほとんどなかったですが、
「そういうものか」
と思ったのを覚えています。
バンタム級まで圧倒的なパワーを見せつけて来た井上であっても、その壁がどう作用するかは、実際に戦ってみるまでは分からない。突然通用しなくなる可能性もあり得ました。
・結果は完勝
多少ボクシングを知っている人ほど懸念を抱いたであろう、井上対フルトン。私も楽観は全くしていませんでしたが、結果として、井上は見事に跳ね返して見せました。
井上真吾トレーナーも言っていましたが、開始直後にジャブの差し合いでいとも簡単に優位に立ったのを見て、KOはともかく判定勝利は堅い、と思いました。
私なりに思ったのは、パワー自体は、これまでほど圧倒的優位ではなくなっている、ということ。相手がフルトンであったこともあるでしょうが、簡単には止まりませんし、深くヒットするまでにはそれなりの時間が掛かりました。もちろん、井上はKOを焦る気持ちは全くなかったと思いますが。
逆に際立ったのが、井上のスピードとテクニック。巧さ、アウトボクシングに定評があるフルトンに対して、上述のようにジャブの差し合いや間合いの取り合いでも全く負けず、むしろ大きく上回っていたように見えました。
公表された7Rまでの採点では、7つのうち5、6ラウンドを井上が取っていたという結果は、ジャッジの見立てとも一致していました(私に限らず見ていた人のほとんどが同様の見解だと思いますが)。
もちろん、パワーとテクニック・戦い方は別々には存在せず、相互に影響を与え合うもの。どんなに精緻なコンビネーションや罠を用意していても、パンチのパワーやそれが持つ驚異の度合いによって、成功するか否かは変わって来ます。
井上のパワーに脅威を感じたからこそ、フルトンはより井上のスピードとテクニックに翻弄された、とも言えます。
逆に言えばフルトンにパワーがあれば、もっと井上に脅威を与えて試合運びも変わっていたでしょうし、何発か当たったパンチがより効果的になったかも知れません。正確に言えばもちろん、井上がフルトンのパワーを見切った上で大胆に戦ったのだと思います。
もっとも、フルトンがパワーを増やすべくムキムキになったとしても、スピードやスタミナが保てずにかえって弱くなる危険も、当然あります。この辺りは考え方次第。恐らく多くの選手が、試行錯誤の末に辿り着いたスタイルで戦っており、それはフルトンも井上も例外ではありません。
・井上尚弥の真価
井上に対してフルトンは、試合前のインタビューVTRで
「井上のやることは全部普通で、特別なことは何もない」
と言っていました。試合後も、
「サプライズはなかった」
と言っていました。
批判的な文脈なのだと思いますが、私にはむしろ賛辞に聞こえました。スタイル的には特別とは言えないながら、ごく普通の方法を極限まで磨いた結果としての、圧倒的な強さこそが、井上尚弥の真価でしょう。ロマチェンコやナジーム・ハメドは確かに凄いですが、井上も決して劣るものではありません。
・今後
パワーはなくともスピードとテクニックで階級最強の座にいたフルトンに、スピードとテクニックでも上回って完勝した井上。この試合を見た後では、残る二団体王者のタパレスは、到底井上の相手になるとは思えません。本来の下馬評は、前統一王者のアフマダリエフの方が高かったので残念な感はありますが、これも巡り合わせでしょう。
となると既に、スーパーバンタム級でも相手がいなくなりそう、なようにも見えます。更に上となるとフェザー級ですが、さすがにそこの話をするのは早いでしょう。
ただ、どこかで見た意見として、
「アウトボクシングでポイントアウトする技術も高いということは、更に上の階級でも戦える可能性が高まった」
というものがあり、それは確かにその通りだと思えます。もちろん、パワーが劣る度合いによってはそれも通じなくなるわけですが、その日はまだ当分先だと思わせる、素晴らしい試合でした。
・ファイトマネー
もう一つ、隔世の感があったのが、興業規模です。スーパーフライ級時代はマッチメイクに苦慮していて相手は雑魚ばかり、大物には逃げられてばかりだったのが、今の井上なら、どんな相手でも日本に呼ぶことが可能です。
フルトンが日本で戦うことを了承したのは、本人は色々と語っていますが、通常のスーパーバンタム級の防衛戦では到底望めない額のファイトマネーがあったことは、疑いありません(これは皮肉でも揶揄でもなく、プロなら当然のことです)。
今後、仮に井上がフェザー級に上げたとしても、統一王者クラスを日本に呼んでの試合が可能でしょう。もう階級は違いますが、シャクール・スティーブンソンやオスカー・バルデスのような選手達が日本に来る、と考えるのが最も近い想像です。
本来フェザー級くらいになると、日本にトップどころを呼ぶのは困難だと思いますが、そうした壁も井上尚弥は破壊している。そこも凄味ですし、歴史に残る選手だと言えます。
今後どこまで行くのか、まだまだ追っていきたいと思います。