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#正直出産ってどうだったか教えて 第2子 長男編
twitterで #正直出産ってどうだったか教えて というタグを目にして、
そういえば妊娠、出産のときにずっとノートをつけていたなぁと思いだし、出産の日のことはかなり詳しく書いたような記憶が。。。
twitterで140文字では無理だわ、と思って本棚から昔の記録ノートを引っ張り出して見返してみた。
うわー、ノートにこんなに書いてある。と自分でびっくり。
第1子の娘の記録は原稿用紙10枚分もあった。
それから3年後、待望の第2子は、つわりから8ヶ月まではまるで前回と同じ経過だったから、てっきりまた女の子で、おんなじ経過での出産になるだろうと思っていたけど。。。
息子でした!
しかも8ヶ月以降は前回とは全く異なる経過ばかり。
8ヶ月半で切迫早産で入院。
夫の側から離れ娘と一緒に数カ月間実家に里帰り、出産。
前駆陣痛が続くものの、なかなか生まれない。
最終的に陣痛促進剤を使っての出産。
娘のときも、
息子のときも、
どちらも印象深い出産になりました。
11月〇日(金)娘を連れた買い物帰り、お腹の中で異変
長女の世話があったから今回は里帰り出産をさせてもらう予定でいた、妊娠8ヶ月半のときのこと。
2歳半過ぎの娘を連れてバスで買い物へ。帰りのバスに乗ろうとして娘を抱っこしたところで、お腹の中で「バチッ」という音がした!(と感じた。)
「何!?」
家に帰り、ふだんどおりの夕食後、家族でテレビを見ていると、突然お腹が痛くなり、陣痛が始まる。
病院に連絡し、入院セットをもって夫に車で連れて行ってもらった。
「切迫早産」で急遽入院。
まだ産まれるのには早すぎて、赤ちゃんにはお腹にいてもらう必要があるとのこと。
陣痛を止める点滴を3日間、打ち続ける。
この時は自分のことよりも、初めて私と離れて、パパと二人病院から帰る、車の後部座席でこちらを見て泣き叫んでいた娘が心配で心配で。。。切なかった。
※後日談 娘はこれがきっかけで、パパと2人でも過ごせるようになりました。
パパが作ってくれたカレーはとても美味しかったと感動していました。(レトルトカレーです。)
物事は、なるようになる! と学んだ一件。
3日間の点滴で陣痛を押さえたあと、退院してそのまま車で、夫に実家まで連れて行ってもらった。助手席を倒し気味にしての車、高速道路は振動が辛かったなぁ。
実家についてすぐに、実家近くの出産予定の病院を受診。
「男の子ですね」
「!!!」
予想外。
一姫二太郎で最高だ!と喜ぶじいじに、てっきり女の子かなと思い込んで3姉妹になるかなと思っていたと言ったら叱られた。そりゃそうだよね。
夫に電話し、考えていた女の子の名前の案をご破算にし、男の子の名前を考え始める。
LINEやZoomがあったら便利だったろうに。当時は電話だけ。
まどろこっしかった。
それ以後、実家で何もせずに1ヶ月以上の寝たきり生活。
家事をしない&洗剤に触らないので手がスベスベになりました。
ここからは当時書いていたノートから。
2000年1月1日 元旦
静かな元旦。2000年問題は大きなトラブルはなかったようだ。一安心。
長女はお年玉をもらい、着物を着せてもらってゴキゲン。
私は動くとお腹がはるので寝正月。
じいじとばあばが長女を初詣に連れ出してくれた間に、実家に来てくれていた夫と赤ちゃんの名前を考える。
男の子なら力強い元気なイメージの名前にしようということで意見が一致。
第一候補は〇〇太郎くん。ストレートな名前だから良いなぁ。
年末の29日にお腹が頻繁にはり、前駆陣痛のようになったが、それ以来、張り止め薬「ウテメリン」を飲んでも弱い痛みがあったりする。
夫は仕事があるので夜にはUターン。とても寂しく、心細い。
娘を寝かしつけながら、2人で「さみしいね」となぐさめ合う。
「赤ちゃんが産まれたらまたパパが来てくれるよ。」と娘に言うと、
「明日、赤ちゃんが産まれる日?」とのこと。
赤ちゃんはもう少しお腹の中で大きくなってから生まれないと、小さくてかわいそうなんだよ。
1月2日(日)
ウテメリンを定期的に飲み、朝からずーっと布団の中。
早く次の健診日になってほしい。親戚が来たが年始の挨拶もほどほどに布団の中へ。
退屈な退屈な1日。
夜、寝がけ咳込みが続き、残っていた咳止めを服用。
1月3日(月)
朝から何となく気が滅入っている。天気は良いのに布団の中でじっとしている。
母が見かねて「こんな静かで良い天気の日は少し外を歩いたら」というので、キレた!
好きで寝てるんじゃなくて我慢して横になっているのに。
少しでも歩くとお腹が下がった感じになって張ってしまうから。
パパが仕事に〇〇に戻ったのに、出勤する間もなくまた呼び返すのじゃ困るし。なんとか36Wに入るまでもたせたいから、仕方なくて安静にしているのに。。。悔しくて涙が出る。
午後になって下腹が生理痛の時のようにしくしく痛む。膣のあたりもチクチク痛むので念のため病院にTEL、受診することに。
その結果、子宮口は開いてなく、NSDでも赤ちゃんが元気なので帰宅して安静にすれば良いとのこと。今生まれると、赤ちゃんは新生児医療センターに送られちゃうかもよ、と看護師さんに脅かされた。
あともう少し、お腹の中で我慢してね。赤ちゃん。
夜、足のつけ根が痛んだり、急に両足首の静脈が膨らんで痛んだり、子宮全体が少し下がり気味に感じた。
赤ちゃんは暴れ過ぎよというくらい動き回る。22時過ぎに就寝。
夜中2時にトイレに起きると、出血。粘性のうすい赤色のおりもののような出血があった。念のため病院にTEL。張り止めを飲んで、朝まで様子を見て、他の異常がなければ次の受診でOKとのこと。何かあれば再度TELのこと。
長女の時のおしるしとよく似ているけれど、内診したのでその出血かもしれない。どちらだろう。
いずれにしても徐々にお産が近づいている様子。
赤ちゃんの呼吸機能がしっかりするまではお腹で育ててあげたいなぁ。
赤ちゃん、頑張れ!!
1月4日(火)
朝トイレに行ってみると出血はおさまっていた。
朝食後はやはり床につく。
ゴロゴロ人間。
今日受診しておくべきか、様子を見るべきか迷うところ。
受診すると、車に乗ったり、歩き回るので、お産が進んでしまいそう。
逆に受診しないと少し心配。もし気づかずに破水してたら困るし。
1月5日(水)
健診予約を取り受診。貧血検査は問題なし。子宮口もひらいておらず、破水もしていないとのこと。破水すると、張り止め薬を飲んでいても陣痛が始まりお産になるとのこと。
〇〇先生は内診も痛くないし、質問にもとても丁寧に答えてくれるので、とても安心できる。
長女の時、へその緒が3周、首に巻いていたことを伝えエコーで見れば出産前にわかりますか?と聞いたところ、首にぴったりくっついて巻いているとわからないとのこと。
ただし、出産中に心拍が下がるなど異常があれば急遽帝王切開に切り替えるので大丈夫、と教えてもらった。
もう、赤ちゃんは産まれても安心な時期に入ったとのことで張り止め薬も処方されなかった。
あぁ良かった!
1月〇日 オオカミ少年ならぬオオカミママ
予定日の1週間ほど前から、何度も産まれそうになり病院へ。
でも病院に着くころには陣痛がおさまり、そのまま帰される、の繰り返し。
またか、、、3度目はもう帰れません、と言って陣痛促進剤を使ってもらいました。
ここからは産まれるまでの日記(入院まで読み飛ばしてくださっても大丈夫です)
1月〇日(木)
1日中横になっている。腹痛、はりは特になし。
股関節のストレッチを始める。
1月〇日(金)
少し歩きたくなってきた。朝、軽くほうきとモップで掃除。
午後とても暖かい日だったので、娘と手をつなぎ外を散歩。
ほぼ1か月ぶり。とても気持ちよかった。
1月〇日(土)
夜中過ぎ、夫が来るまで来てくれた。日中、少し車で里帰りして以来の遠出。買い物と外食。お気に入りのイタ飯屋さんに行けて嬉しかった。
1月〇日(日)
娘と夫と近くの動物園。観覧車に娘は興奮。外食して帰宅。
夜23時過ぎ少しお腹がはり20分に1回くらい。
軽く腹ごしらえし床に就く。1時半、3時半も。でも治まった。
1月〇日(月)
パパはまたUターン。これから1週間忙しいらしい。
赤ちゃん、来週末までお腹に入っててくれるかな。
1月〇日(火)
1日中お腹が張る。
午前中は赤ちゃんがほとんど動かなかった。
午後娘と私が歌を歌っていたらよく動いた。
子宮の下方向に突っ張りがある。
パンツやパジャマのゴムが苦しくて、お腹の皮も含めてみんな脱ぎたい気分。
1月〇日(水)
〇〇保育園のふれあいルームに参加。娘は大喜び。
その後、健診へ。子宮口が2cm開いてきているとのこと。
柔らかいので陣痛が始まれば後は速そう。今週末くらいかな?と先生の予想。男の子かどうか再確認したところ、エコーでみせてくれた。娘も赤ちゃんは男の子で、弟と納得した様子。
帰りにドラッグストアで新生児用品を購入。これで準備は完了。
夜パパに電話。赤ちゃんは男の子だよおと報告。2人で名前を相談する。
一族の男子の名前付けルールがあって、それにのっとった名前も再考しているらしい。(省略)
1月〇日(木)
朝6:30起きたとき少しお腹がしくしくと痛む。朝食後にはおさまったが、外出予定をやめて家で様子を見る。娘と一緒に昼寝するが下腹に軽い痛みがある。
娘が保育園に連れて行ってもらっている間、赤ちゃんの名前を再検討してみた。字画、姓名数、陰陽配置、音の響き等、総合すると〇〇君が文句なしに良いようだ。次が太郎君。また今夜パパと電話で相談しよう。早く夜にならないかなあ。
1月〇日(金)
夜中1:20から定期的な腹の張りが来る。
1:20 1:35 1:47 2:00 2:20 2:40 途中トイレや補食。少し眠ったが3:37に痛み。3:47 4:02 4:40 そこで打とうとして気がつくと朝になってしまった。
赤ちゃんは早く産まれたそうなのにかわいそう。昼、保育園に出かけ陣痛が早く来ないかなぁと思っている。
昼食後、寝不足がたたり眠くてダウン。夕方まで昼寝。
1月〇日(土)
昨夜はよく眠れた。朝レンタルしたベビーベッドを組み立てた。赤ちゃん用品も運び出し準備OK.天気が良いので庭の枯れ葉掃除と水やりを娘と母と一緒にする。午前中は良く動いた。
午後、ドラッグストアまで買い物。その後娘と昼寝したいが、娘は機嫌が悪く、しかも寝てくれないので私も機嫌が悪くなる。
娘に「ママ好きじゃない!」と言われ悲しくなる。
夕方入浴中、お腹が少し張る。その後はり気味。
骨盤が苦しくて動くのがつらい。陣痛は果たしてくるのだろうか。
お腹は下がった感じだが、切迫早産の時のように足の間にズドーンと下がった感じにはならない。このまま予定日くらいまでもってしまうのかも。
ところで、娘が、
〇〇したん? 〇〇するん? どこ行ったん?
と群馬弁を使うようになってきた。私は使っていないつもりだけど。
21:06 下腹痛 はり
21:38 下腹痛
22:10 こわばり
22:45 下腹痛 こわばり
補食 ミルク バナナ
23:06 こわばり
00:00 下腹部の不快感 こわばり
排便したいような感じ
00:30 生理痛のような痛み
00:37 こわばり 腰痛
00:58 こわばり
1月〇日(日)
赤ちゃんはまだ産まれない。でもお腹は見た目にもすごく下がってきている。そして膣の方に圧迫感もある。今日は昼食、夕食を作り、掃除もした。動いている方が気がまぎれる。
明後日の健診まで案外もってしまうかも。
もう焦らないでのんびりしよう。赤ちゃん、好きな時に産まれておいで。
ママはいつでも準備OKで待ってるよ。
でも、大きくなりすぎると生まれる時きゅうくつで大変だよぉ。
1月〇日(月)
午後2:00過ぎからお腹の張りと軽い腹痛。その前赤ちゃんは1時間以上激しく動いていた。
午後3:35 はり
3:55 はり
4:20 はり
4:50 はり
4:55 はり 入浴
5:35 はり 食事
6:00 下腹痛
6:07 はり
6:18 はり
7:20 はり、痛み
7:45 はり、痛み
8:28 はり、痛み
1月〇日(火)
夜中1:00頃お腹の痛みで一度目覚める。以後2:35,3:30,4:40もお腹の張り。
朝、起きてからは時々軽い下腹痛あり。健診日なのでお医者さんに報告しよう。14日以降1日~1日半に1回くらい前駆陣痛。
健診を待つ間、お腹が15分に1度くらい張り始め、診察してもらった。内診結果は先週と変わらず子宮口2cmくらい。おさまらない張りや痛みが10分間隔になったら入院とのこと。
助産婦さんの相談コーナーもあった。入院時の持ち物がリストに書いてないものも含めたくさん追加されてしまったので、弟のスポーツバックを借りて詰め替えた。
1月〇日(水)
お墓参りに出かけた。
今日は1日快調。赤ちゃんの手足が動くのがよくわかる。
1月〇日(木)
午前中9:00~11:30までひたすら掃除。家事を1日中して動くように心がける。昼に3,4回のお腹のはり。夕方時々張りがあるので、早めに入浴。夕食。夕方から少し赤ちゃんが下がってきている感じがある。
1月〇日(金)
午前中買い物へ。とても寒い1日だった。昼食後、赤ちゃんが激しく動くので少し横になって様子を見る。そのまま昼寝。
1月〇日(土)
午前中掃除を中心に家事に励む。11時半ころから娘とお散歩。昼寝をしなかったので、お腹が張りぎみ。腰もだるい。夜は陣痛が来るかなという予感。
1月〇日(日)
朝食後、はしをうっかり噛んでしまい、左の前歯が縦半分、折れてしまった。休日歯科を受診しとりあえず詰めてもらった。見栄えと、沁みるのが治って良かった。歯かけの顔を最初に赤ちゃんに見せるのは悲しい。
夜8時台からお腹がはり気味。パパからTELあり。嬉しい!
1月〇日(月)
0:25 目覚める。トイレ、牛乳。0:43 胃だった付近に張り。1:00同様。1:16 上腹張り。1:47~2:30くらいまで。
夕方、パパが出張の帰りに寄ってくれた。娘が大喜びで大興奮。ずーっと遊んでもらい、一緒にお風呂。食事。走り回ったあと絵本を読んでもらった。お腹は夕方からまたはり気味。
1月〇日(火) いよいよ入院
パパに健診に連れて行ってもらった。子宮口は3cm開になっていて、そろそろ生まれるとのこと。出血があるよと先生に言われたが、帰宅してみると本当に出血していた。帰りの車の中から少し痛み出す。本格的になるだろうか。12:16 12:35 12:40 12:50 13:05 13:20 13:28 13:40 13:50 14:00 病院にTEL. 入院の指示がありパパと娘と車で向かう。
その間に5分間隔に。どうやら今こそは本物のようだ!!やったー!!
入院後、子宮口はまだ3cmくらいだが、NSDをつけると等間隔で収縮が来るのでどうやらお産になりそう。抗生物質の点滴を20分くらいする。8時間ごとにすればよいとのこと。手が自由になり嬉しい。検温、血圧の計測。
その後、陣痛が次第に遠のいてしまう。パパと娘がスパゲティを食べに行き、差し入れのおにぎりを買ってきてくれた。5時半ころには2人は帰ることにし、頑張ってね、と握手してくれる。 娘は「〇〇ちゃんは大きくなったから泣かない」と言って帰った。2人が帰ってしまうととても寂しい気分。
ほどなくして母が来てくれた。陣痛は相変わらず遠のき気味。歩いた方が良いとか、座ったほうが良いとかいろいろ言われ、気が滅入りそう。
布団をかぶって暑くしてお腹をさすっていると、陣痛とはいかなくても収縮はくるのだけど。
夜8時半頃、浣腸をしてもらいそれがきっかけになったか再度NDCをする間、4から5分おきに強い収縮がある。が、30分くらいで少し弱まる。そこで母にもいったん帰ってもらうことにした。
やっぱり明日の朝までには産まれないだろうか。パパに赤ちゃんの顔を帰る前に見せてあげたいのに。。。。すごく申し訳ない気分。
夜10時から再び今までで一番強い痛み。6~7分間隔で4,5回。再び空き。
時々収縮するときの痛みはどんどん強くなっているが、続かない。11時再び抗生剤の点滴。この時も4~5分おきにかなり強い痛みが来るが、4回でストップ。点滴を外した時、脱脂綿を押さえるのを忘れて出血してしまった。腕にも内出血してしまった。
そのまま気づくと0時過ぎまで眠っていた。日付が変わってしまった。
1月〇日(水)ついに!産まれる!
1:00、2:00と少しずつうとうとするが、時々痛みが来て目が覚める。
4時過ぎに汗をかいた下着を着替え、気分を変えるために洗顔。
早朝、今朝には仕事で私たちの街に帰っていくパパに、赤ちゃんに会わせてあげられないのが残念で泣けてしまう。
でも、今回の出産では、ついつい親の都合にばかり気がいって、赤ちゃんにすごく申し訳ない気がする。切迫早産になって以来ずっと。
それにやっぱり里帰り出産は、家族の都合、実家の都合などが負担になる。
娘や赤ちゃんがかわいそう。あー、パパはもう出発しただろうか。あとはもう、赤ちゃんのことだけ考えて、元気に産まれたよーと報告できるように頑張ろう。
朝食後、入浴したが陣痛はほとんど止まったまま。〇〇先生が様子を見に来て、「昼食後帰宅するか、促進剤を使い夕方くらいまでに出産するか決めましょう」という。促進剤の使用には不安とためらいがあったが、納得がいくまで質問して考えさせてもらった。実家に戻っても、また生まれるか、また陣痛が止まるか、というストレスがたまりそうで、それならばこの機会に産みたい。
内診の結果、子宮口が4cm開いていたので、点滴で産むことにした。
11時より開始。
とたんに陣痛がついてくる。安産椅子で陣痛をやり過ごす。NSDをつけているのでお腹のマッサージがうまくできない。
4時半ころまでなんとかこらえ、分娩室で内診。しかし5cmくらいしか開いていない。もう陣痛室に移動するのもできないほど痛みだけはきている。
全開大になるまでこんなに大変だったろうか。
長女の時は、夜、トイレに往復したり、合間に1人でうとうとしているうち、1晩の陣痛をのりきってしまったのに。
促進剤のせいか、時間帯のせいか、2度目の出産で冷静なせいか、ひたすら来る陣痛の波に半分逃げ出したくなる。
痛みをやりすごす呼吸法も、力を入れてしまったせいか、子宮口を開いたり子宮を下げたりするのに効果半減だった。
反省。
フーーウン、フーーウン のウンで力を抜き、子宮が下がるのにまかせるようにしたら急に開いていった感じだった。
夕方5時を回り外も暗くなった。もう開いたろうか。何度も内診してもらう。助産婦さんもお医者さんもどんどん子宮口を広げるようにしている。
分娩室に入ってすぐ、人口破水させた時も、爪みたいな器具を手袋につけて、内膜に引っ掛けて何度もひっぱった。
先生がやっと成功し、その後陣痛はすっごく強くなる。羊水ってたくさんなるんだな、と驚くくらいタラタラ、タラタラ破水。
5時半くらいから、いきみたい感じ。まだ8cm。
また陣痛。もう一度内診。9cm。
その時、先生はもういきんでいいよと言う。少しいきむと助産婦さんが「全開大です」
先生が「さあ、産んじゃいましょう! 1,2度で出るよー」と応援してくれる。その気になっていきむ。
出産は2度目だから簡単、とおもいきや、なかなか感じがつかめない。
先生にお腹を押され助産婦さんの応援で、やっと7~8回目の陣痛の波でメリメリと産まれた。
途中、会陰切開もあったが、そんなことは全然苦にならない。
顔を見せてもらい、握手させてもらう。赤ちゃんをひと目見た感じは、シワシワで、誰似だろうという感じ!!
後産の処理の間、赤ちゃんが体を拭いてもらい、計測、身づくろいしてもらっているのが見える。
かわいい産声が聞こえたり、やんだりする。
声がやむと心配になる。見えている足の裏が紫色っぽく見えるからなおさら。
「赤ちゃんは大丈夫ですか?」と何度も聞いてしまった。
赤ちゃんは身づくろいが済んで、私が傷口を縫ってもらっている間、外で待っている娘と母に、看護師さんが見せに行ってくれた。
ホッとした声が聞こえる。娘が「ママは?ママはどこ?」と私のことを心配してくれている。
「ここよー。ママはもう少ししたらそっちに行くねー」と大きい声で言った。聞こえたかな?
驚いたのは戻ってきた赤ちゃんを、小脇に抱き寝かせて、おっぱいを吸わせてくれたこと!!
赤ちゃんは小さな口をせいいっぱい広げて乳首を吸い始めた。頑張れ!大変だけど吸えるかな?
正直言ってその吸引力の強さに驚く。痛いくらい吸いついてくる。すごいなぁ。左右合わせて20~30分くらい吸わせた。
これは、いわゆる「すりこみ」なんだろう。あなたのママのおっぱいはこれですよ、とまず赤ちゃんに知らせるんだね。
産んですぐぴったり添い乳して幸せな気分。
赤ちゃんに頑張ったね、良く産まれたね。と声をかけながら、まだ拭いただけで血やよごれもついてかぴかぴに乾きかけた赤ちゃんの髪の毛に鼻をつけて、くんくんしたり、すりすり頬ずりしたりする。
産んですぐ抱けて幸せ。
娘の時も、こうしてあげたかったな。産まれてからずーっと新生児室で泣いていたという娘のことを考え、とてもかわいそうになる。娘の時も、こうできる産院ならよかったのに。〇〇医院はいい産院だけど、その点だけが残念。
赤ちゃんはその後あずかってもらい、私はベッドに移動して陣痛室へ。
娘と母に対面。
娘に待っててくれてありがとうね、えらかったねと声をかける。手をつなぐ。
母から良かったね、と言われる。
私用にとってあった夕食を娘にやって、私は寝たまま食べられるものを買ってきてもらうことにした。その間にベッドごと病室に移動。
母が娘と戻ってきて、あたたかいお茶、サンドイッチ、ヨーグルトを食べさせてもらい、薬を飲む。
母がかなり疲れている様子。どうもありがとう。
娘も遅くまでママのために我慢させてゴメンね。
娘が帰る時、飲みかけのポカリをママにちょうだいというと、突然、堰をきったように泣き出してしまった。
ゴメンね。いろんなことで気持ちが張り詰めていたんだね。なだめてあげる間もなく、母におんぶされて娘は帰ってしまった。その泣き声がとてもとても切なかった。
点滴をつけたままベッドに横たわり、ナースコールで導尿を頼もうと思ったら、経過がいいので、自分で歩いてトイレに行きましょうと言われ驚く。
まだ出産から3時間しか経っていないのに。でもトライしてみると自分がかなりしっかり動けるに気づく。傷口も痛みが苦にならないほど。すごいなぁ。自分でも驚きながらトイレへ。産じょくショーツに履き替えた。
就寝。
別室の赤ちゃんたちの泣き声、人の出入り。他いろいろな音や、後ばらの痛みなどが気になり、ほとんど眠れない。20分くらいまどろみ、目が覚めるの繰り返し。AM3:00頃から一睡もできなかった。
点滴は11:20ころ終了。長い長い1日だった。それからトイレの後、パパに電話。「ご苦労様」と言われ、とても安心した。幸せ!!
1月〇日(木)
昼前におっぱいのあげ方のビデオを見て、同室に連れてきてもらった赤ちゃんに授乳。沐浴をすませた顔は見違えるほど可愛い。
わぁ、目はパパ似だねぇ。写真とビデオを撮る。手足の指が長い。今度こそパパと同じ指だね。(娘の時はけっきょく私似の指と爪だったみたい)
昼頃、免疫グロブリンを左肩に注射してもらった。これで3人目もOK.
赤ちゃんはRh(+)とのこと。
(私はRh(-)なので、赤ちゃんがRh(+)だと私の体の中で免疫反応によって、赤ちゃんの血を壊す反応が作られてしまうのです。次に妊娠した時に赤ちゃんが重度の黄疸になるのを防ぐため、この注射をしていました。)
# 正直出産ってどうだったか教えて 第2子 長男編 のまとめ
息子には、その後予定していた名前がついて、すでに一緒に飲める歳です。
学生で一人暮らしをしていますが、自炊の料理の腕もなかなかのもの。
たまの帰省が楽しみです。
子ども達の誕生日には、そのたびに出産後つけていた育児ノートを見かえしていたのですが、この妊娠・出産の記録ノートの存在はすっかり忘れていました。
今回、twitterの「 #正直出産ってどうだったか教えて 」タグのおかげで、娘と息子の出産時を振り返ることができました。
出産の記憶は、女性の頭の中で忘れるようになっているようですね。私も息子の出産時、人口破水をさせていたことなど、完全に記憶にありませんでした。
また、2度目はもう大丈夫だろうと、保健所の妊婦の教室に行かなかなったので、ラマーズ法などすっかり忘れていて、やはりおさらいしておけばよかったな、と思いました。
姉弟でもまったく違う出産だったので、きっと十人いれば十通りの出産があるのだろうと思います。
これから出産を迎える方は、産院選びも、立ち合い出産も、無痛分娩も、帝王切開も、水中出産も、いろいろな選択肢がありますね。
そもそも、産むか産まないかも大きな選択です。
妊活をしている方もおおく、昔よりも妊娠自体がたいへんな時代かもしれません。働いている女性も多く、妊娠、出産を迎えるまでも、忙しい生活の中での体験でありそうです。
どうかこれから出産をされるみなさんが、安心して妊娠、出産を迎えることができますように、と願ってやみません。
現在、地球で一緒に暮らしている世界中の77億人は、すべてお母さんから生まれました。
妊娠・出産が不安な方は、どうかこのことを思い出してくださいね。
みんな、ひとり残らず大切な大切な命を持っています。
きっと私たちは自分では気づかない力も秘めています。
産まれてくる赤ちゃんが一番がんばっています。赤ちゃんを応援していると、お母さんも自然にがんばれるようです。
どうぞ幸せな出産を迎えられますように。
息子が生まれたときに気づいた大切な気づき
こちらの記事に紹介してします
愛は無限大∞すべての人は愛される価値がある「ありがとう」と「微笑み」を
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。