[法案調査]大麻取締法及び麻薬及び向精神薬取締法の一部を改正する法律案
背景
日本における大麻は古くから衣服や縄など繊維製品の原材料として、重要な農産物だった。戦前においても幻覚作用のあるテトラヒドロカンナビノール(THC)含有率の高い外国種などいわゆる「インド大麻」は国産大麻と区別され規制を受けていたが、戦後GHQ統治下になると全ての大麻栽培が規制の対象となった。欧米諸国にとっての大麻とは違法薬物の原材料であり、ベトナム戦争に対する反戦運動(ヒッピー・ムーブメント)における濫用や、1961年「麻薬に関する単一条約」国際条約における指定、または化学繊維技術の発展による繊維材料需要の変化などに影響され、大麻取締法は違法薬物の規制法としての側面を強めてきた。
近年注目されている医療用大麻は大麻成分であるカンナビジオール(CBD)を材料とした難治性てんかん治療薬であり、従来より使用されてきた抗てんかん薬が効果を奏しづらかったレノックス・ガストー症候群(LGS)(国内で4300人)ドラベ症候群(DS)(国内で3000人)、結節性硬化症 (TSC)(国内で4000-12000人)に対して効果が認められ、当事者たちの期待を集めている。その論文報告数は2010年代後半より急激に増加しており、商品名「エピディオレックス」は2018年に米国で、2019年に欧州で認可され、臨床応用されている。
一方で大麻から製造された医薬品の施用(投与・内服)や交付および輸出入は大麻取締法の中で禁止されており、これは麻薬及び向精神薬取締法(麻向法)とは別の枠組みとなっている。麻向法は薬物の違法使用を罰するだけではなく医薬品としての適正利用を規定する法律であるが、大麻取締法では医薬品としての利用は規定されていない。
本改正法律案では、大麻取締法を大麻栽培に関してフォーカスを絞った規制法として再編し、大麻から製造されるTHC等麻薬成分は麻向法の管轄と位置付けている。これら改正によってTHC,CBDなど大麻から製造された医薬品の施用や国内生産および輸出入を認める道筋を作ることが、本法案の意図である。
法律案の概要
第212回国会(令和5年臨時会)において提出される「大麻取締法及び麻薬及び向精神薬取締法の一部を改正する法律案」は、以下の3つの課題をターゲットとしている。
1.大麻草から製造された医薬品の施用等を可能とするための規定の整備
・大麻取締法から大麻から製造された医薬品の施用等を禁止する規定を削除。
・麻向法において大麻等から製造された医薬品および化学変化により容易に麻薬を生じえる一部の成分を「麻薬」と位置づける。これによって同法にもとづいた医薬品としての投与・服薬、不正な施用について禁止規定および罰則の適用を可能とする。
2.大麻等の施用罪の適用等に係る規定の整備
・上記改正に伴う刑事訴訟法や入出国管理定法及び難民認定法などの修正。
・麻向法において保健衛生上の危害発生防止のため、大麻草由来製品に微量に残留するTHCの残留限度値を設ける。
3.大麻草の栽培に関する規制の見直しに係る規定の整備
・大麻取締法の名称を「大麻草の栽培の規制に関する法律」に改正
・同法において 「大麻草栽培者」に関わる免許を以下3つに区分する。
-----第一種大麻草採取栽培者免許:都道府県知事の免許:繊維製品の原材料として栽培する場合。 THCが基準値以下の大麻草から採取した種子等を利用して栽培しなければならない。
-----第二種大麻草採取栽培者免許:厚生労働大臣の免許:本改正より新設。商用として医薬品の原料として栽培を可能とした。
-----大麻草研究栽培者免許:厚生労働大臣の免許:大麻草の研究栽培を行う場合。
・大麻草採取栽培者が成分の抽出等の大麻草の加工を行う場合や、発芽可能な大麻草の種子の輸入を行う場合は、厚生労働大臣の許可を要する。
規制改革法案としての事前評価
・規制総量への影響
規制総量の観点ではOne-in, One outとみなされる。大麻製医薬品の規制を麻向法へ一本化したことで合理的ではあるが、大麻取締法は「大麻草の栽培の規制に関する法律」と名前を変えて残るため規制の減少とはならない。
また商用としての大麻製医薬品材料としての大麻草栽培は解禁となるため、規制緩和の側面も持っている一方で、大麻栽培者に新たに第二種免許が儲けられたことで制度が複雑化したともいえる。将来的にはTHC濃度規制を撤廃した上で第一種・第二種・研究栽培を統合するのが望ましい。
これら規制の整理がなされた中で、大麻取扱者免許が削除された点は制度の簡素化に資していると評価できる。
・遵守コストの金銭価値化
―手続コスト:申請や年次報告等の民間の負担
増減なし。免許といえど申請に基づく名簿作成のみで、資格試験はない。厳しい年次報告は従来より存在する。
―執行コスト:購入や維持管理に関する民間の負担
減少した。大麻種子や農産物の取引は大麻取扱者の免許が必要だったが廃止され、大麻草採取栽培者免許に統合された。
―遅延コスト:許認可の待機時間による民間の負担
増加する。本改正案では麻向法第2条2において「化学的変化において容易に同表に掲げられる物を生成するもの」と規制範囲にグレーゾーンが儲けられており、民間企業にリーガルコストが発生する。商品が適法かを当局に確認する期間において発生する機会損失が、遅延コストに該当する。
・行政コストの金銭価値化
―予算:補助金等の総額(単価×対象件数)
増減なし。本規制は申請に基づく許認可のみである。
―事務コスト:事務手続きやモニタリング(人件費×時間割合)
一時的に微増する。第二種免許が新設されたことにより、名簿管理や審査すべき申請内容に変更を伴う。
・便益
1,大麻製医薬品および大麻製麻薬の施用が可能となった。
2,第二種免許新設により、商用医薬品原材料としての大麻草栽培が解禁された。
・EBPMに関する事項
難治性てんかんに対するカンナビジオールの効果について既出のランダム化比較試験に基づくシステマティックレビューを概観すると、効果量のばらつきは大きい。これは個々人により著効する場合とあまり効果が得られない場合があるものと推察される。
一方で複数のメタアナリシスにおいて改善方向で有意差ありの結果が共通しており、傾向の一致がある。つまり効果量の多寡はともかく、統計学的に証明できる有益な効果が存在することを示している。
対象となる難治性てんかん患者の数が限られていることから、今後も大規模なランダム化比較試験は実施困難と考えられる。対照群を設定しない研究が多い場合、その効果が過大評価されるバイアスに留意すべきである。
ディスカッション
1,規制の事前業過が公表されていない件について
規制総量の観点からは2対1ルールならずとも1対1ルールとして、従来の規制を活かしながら規制緩和部分も含む点で、配慮の行き届いた改正法案である。一方でこのような規制改革については総務省が統括する政策の事前評価を行うことが定められている。より深い議論に資するために、事前評価は国会審議前に公表されるのが望ましいと考えられるが、11月2日時点では総務省|政策評価ポータルサイト|厚生労働省 に該当する項目は認められない。規制の事前評価を公表するタイミングについての見解を総務省および厚生労働省に問いたい。
2,過剰な薬物乱用防止教育による大麻製剤使用者への悪評の懸念
日本においては「ダメ。ゼッタイ。」普及運動が1996年より国際麻薬乱用撲滅デーにあわせて行われており、その成果もあって違法薬物使用は諸外国と比べ抑制されている。一方で終末期医療における苦痛や息苦しさをやわらげる「緩和ケア」において使用されるモルヒネ(オピオイド鎮痛薬)に関しても麻薬の一つであるという理由で、依存症になってしまう、寿命が短くなってしまう、廃人になってしまう等といった懸念から使用を忌避されている状況もある。モルヒネに関してこれら懸念されるような副作用はない。緩和ケアは痛みや苦痛を伴う延命医療とは区別され、安楽死にも該当しない。昨今議論される社会保障制度改革においても、その考え方の普及が望まれる。
翻って本法案における大麻製剤は、小児の難治性てんかん患者に使用されるケースも多いと予想される。過剰な薬物乱用防止教育が学校等で行われる中で大麻製剤を使用し生活することは、いじめや差別につながったり、あらぬスティグマを残す懸念もある。
これらを踏まえ、医療用大麻規制緩和とともに国家公安委員会・公益財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センターおよび厚生労働省・文部科学省は薬物乱用防止教育について、どのような是正案を検討しているか問いたい。
3,食品として流通するカンナビジオールの規制について
現行制度下においてカンナビジオールは食品あるいは化粧品として流通している。本改正法案においては麻向法においてTHCはその対象となることが明記されるが、第2条2において「化学的変化において容易に同表に掲げられる物を生成するもの」を麻薬とみなすとしており、ある程度運用の幅をもった表現となっている。
民間企業がある商品を販売しようとしたときに、それが適法であるのかを弁護士などを通じて確認するリーガルコスト、およびその待機時間における機会損失は、民間企業の行政コストである法令遵守コストのうち、遅延コストに該当する。公正で明確なルールに基づいた経済活動を守るために、現制度下において流通しているカンナビジオールを含む食品・化粧品が、改正法案によってどのような影響を受けるか問いたい。
また、このような行政の恣意的な運用が可能となる法文は避け、明確なネガティブリストを提示するほうがより良い改正法案となると考えるが、民間の行政コスト軽減の観点から厚生労働省の見解を問いたい。
参考文献
・オピオイドクライシスを正しく理解する ー 日本緩和医療学会