李琴峰「トランスジェンダー追悼の日」アウティングされ声明
中文版:https://note.com/li_kotomi/n/n3d7576073073
English:https://note.com/li_kotomi/n/n0eefa300009c
こんにちは、小説家の李琴峰です。
本日11月20日「トランスジェンダー追悼の日」に、私を含む51人の小説家が合同で「LGBTQ+差別に反対する小説家の声明」を発表しました。これは近年、日本で大きなうねりを見せたLGBTQ+、とりわけトランスジェンダーの人々を標的にした差別言説に対する、小説家からの応答です。
私は発起人です。
私の知っている限り、日本の小説家がこのように特定の問題に対して声明を発表すること自体が珍しく、ましてやLGBTQ+差別に関するものとなると、史上初ではないかと思います。それだけ目下のLGBTQ+に対する差別言説が苛烈であり、決して看過できないものだということです。
なぜこの声明を発表しようと思ったのか、なぜこの声明が発表されなければならなかったのか、なぜ「トランスジェンダー追悼の日」なのか――それらのことについては、これから世に出る対談や鼎談、取材などで語っていきたいと思います。
この記事では、声明に関連しつつ、しかしまったくほかの賛同者とは関係のない、個人的な事情と想いを綴りたいと思います。
この記事を書くのはあくまで私の独断であり、ここに書かれていることはほかの賛同者の方は知らないし、「小説家の声明」の本旨とも関係がないということを、あらかじめ申し上げます。私個人の事情と「小説家の声明」を混同されるのは本意ではありませんので、ご理解いただければ幸いです。
以下、本文です。
私・李琴峰は、レズビアンです。デビュー以来、私はずっとLGBTQ+の物語を書いてきたし、同性婚法制化などについても積極的に支持しており、プライドパレードにもほぼ毎年参加しています。これらはすでに公開されている情報であり、紛れもなく真実です。
しかし今日、この「トランスジェンダー追悼の日」に、私はもう一つカミングアウトを済ませておきたい――私・李琴峰は、同時に、トランスジェンダーでもあります。
そういうふうに表現するのは、正直、抵抗感があります。なぜなら「トランスジェンダー」というレッテルは私にとって「アイデンティティ」ではなく、せいぜい「状態」や「属性」に過ぎません。私はそういう「状態」で生きることを余儀なくされていますが、それ自体が私の本質ではありません。
ただ、生まれた時に男性として登録され、男性だと思われる状態で生きていた時期があったというのも事実です。その時期は私にとって二度と振り返りたくない、呪われた悪夢のようなものなので、ここで詳しく語るつもりはありません。
後になって、私は自分がずっと間違った性別の中で生きさせられていたことに気づきました。間違った性別で生きさせられることは、世界との決定的な軋轢と衝突を生み出します。ある時、私は生の継続が不可能な臨界点につき当たり、このままでは生きていけないことを悟りました。
私は自分を殺して、生まれ直すことにしました。
生まれ変わった私は女性です。私は今の自分がとても気に入っています。
だから、私は女性です。断じて「生物学的/生得的/身体的男性」などではありません。
■カミングアウトなんてしたくなかった
本当は、カミングアウトなんてしたくありませんでした。日本だけでなく、今や世界中の様々な国において、反トランス的なバックラッシュが盛り上がっています。今カミングアウトするのはあまりにもリスキーです。できれば、この秘密は墓場まで持っていきたかったです。
それに、「カミングアウトをしない」という選択は、私自身だけでなく、家族を守るためでもありました。
私は台湾の田舎の農村で生まれました。祖父母は農業で生計を立て、教育もまともに受けられない貧困階級でした。両親がビジネスで小さな成功を収めたおかげで、私は教育を受けることができました。幸い、私は頭がよく、努力家でもあるので、台湾の熾烈な受験競争の中で勝ち残ることができました。さらには実力で給付型の奨学金を手に入れたから、日本に留学することができました。
今日、李琴峰という芥川賞作家がいて、ここに生きているのは、本当に数えきれないほど多くの血と涙が積み重なってできた奇跡なのです。
両親にカミングアウトした時、彼らはもちろんすぐには受け入れられませんでした。田舎以外の場所に住んだことのない彼らにとって、同性愛とか、トランスジェンダーとか、LGBTとか、そういった言葉や存在自体が想像の範疇を遥かに越えていました。自分たちが息子だと思って育てた子どもが、実は娘であり、しかもレズビアンだったということを受け入れられるようになるまで、何年もかかりました。
それでも、私は両親に感謝しています。確かに時間はかかりましたが、彼らは最終的には受け入れることができたし、さらには娘の結婚の権利を守るために声を上げてもくれました。2019年5月17日は、台湾で同性婚法案が採決された日です。私は日本にいてライブ中継を見ていましたが、両親はなんと、大雨の中で国会の外に駆けつけ、採決を見守っていました。しかも、小さなレインボーフラッグを携えて。
それでも、私は彼らに迷惑をかけるわけにはいきません。両親には自分たちの仕事と生活があります。もし周りの人たちや、親戚の人たちに、彼らの子どもがトランスであることがばれたら、彼らにどんな影響を及ぼすのか、本当に想像するだけでぞっとします。
ましてや年老いた二人の祖母のこと(幸か不幸か、祖父はすでに亡くなっています)――私は生まれ変わることを決めた瞬間から、祖母とはもう二度と会えない覚悟をしていました。実際、祖母とはもう十数年も会っていません。それもそのはず――彼女たちがかつて溺愛していた孫はとっくに死んでいて、今生きているのは孫娘であるということを、一体どうやって説明すればいいのでしょうか? 祖母たちはすでにかなりの高齢なので、体調も悪化の一途をたどっています。もし彼女たちに知られたら、驚きで心臓発作を起こす可能性だってあります。
私は祖母がとてもとても恋しいです。しかし、私は恐らく彼女たちの死に目に会うことすら叶わないでしょう。それどころか、彼女たちが亡くなっても、葬式に参列することもできないでしょう。
誰にも迷惑をかけるわけにはいきません。だから私は故郷を離れ、台湾を離れ、自分の前世や過去からできる限り遠くまで逃げる必要がありました。
故郷を離れる人や、クローゼットの中にいる人は、他人には簡単に説明できないような事情や苦しみを抱えているものです。私が台湾を離れ、日本へ逃げてきたのは、まさにそういう事情があったからです。私は台湾で、様々な抑圧や差別、いじめ、ハラスメントに遭いました。台湾にいる限り、安心して生活することもできません。だから日本へ逃げてきました。
日本での生活は順調だったし、私はここで、作家になるという子ども時代の夢を叶えることができました。できれば、本当にリスクを冒してまでカミングアウトなんてしたくありませんでした。
■台湾から追いかけてきた卑劣な誹謗中傷者
何度も言いますが、私は本当はカミングアウトなんてしたくなかったし、この記事も出したくありませんでした。
しかし、台湾の卑劣な差別者や誹謗中傷者どもはインターネットを通して、執拗に私を追いかけてきました。彼らは私からあらゆる選択肢を奪い去り、もはや逃げ場のない窮地にまで追い込みました。
2021年、私が芥川賞を受賞した年は、ちょうど台湾で反トランスのバックラッシュが強まった年でもありました。受賞して急に知名度が上がった私は、彼らにとって格好の標的となりました。数百数千の匿名アカウントが様々なSNSで私をアウティングし(これはプライバシー侵害)、さらには誹謗中傷やセクシュアル・ハラスメントといった加害行為を繰り返しました。
この手の加害者は、私を生身の人間としてまったく見ていません。私がどんな事情を抱えているのかまったく考慮せず、彼らは引用するのも憚られるような汚い言葉で、私を侮辱し、中傷し、罵倒しました。さらにはウィキペディアのページを改竄したり、SNSで私を攻撃するための嫌がらせ専用アカウントを作ったりしました。このような低劣な攻撃は二、三年と続き、今もなお止まっていません。
本当に、本当に、苦しかったです。
ここ二、三年間、私は様々な症状に苛まれました。不眠、嘔吐、眩暈、頭痛、抑うつ、動悸、食欲不振、不安、自死念慮などの自覚症状がありました。適応障害の診断まで受けました。講演などで人前に出るたびに、攻撃者が群衆に交じっているのではないかと不安に駆られます。もちろん、仕事にも大きな支障が出ています。
想像してみてください。数千もの、顔も見えない群衆が、ネットの闇に紛れて、あなたの人生で最も知られたくない、最も機微な個人情報に寄ってたかって、罵り、嘲り、侮蔑し、さらには何千何万、いや何十万回と転載し続ける、その羞恥、その恐怖。数千数万の有象無象が、あなたの性器、臓器、手術歴や性染色体への勘繰りを酒の肴にして話を盛り上げる、そのグロテスクさ。
身ぐるみを剥がされ、裸身で磔台に縛りつけられ、高々と晒し上げられて無数の石を投げつけられるような思いでした。
世の中には、見ず知らずの人間をこれほどまでに明確な悪意を持って死に追いやろうとする人がこんなにも多いとは、にわかには信じがたいかもしれませんが、これが今の世界です。これが、2020年代のトランスジェンダーにまつわる状況です。
2015年にアウティングされて自殺した一橋大学の学生のことや、2020年に誹謗中傷で自死した木村花さんのことを持ち出さなくても、この苦しみ、この痛みは、並みの良識を持つ人間なら、分かるはずです。
これが、私たちが生きているグロテスクの現実です。
私はカミングアウトなんてしたくありませんでした。アウティングをされ、爪剥ぎの拷問のように選択肢が目の前から一つひとつ奪い去られ、精神的にも肉体的にもじわじわ追い詰められ、気づけば、カミングアウトという選択肢しか残されていない、そんな状況です。
だからこそ、私はこの「トランスジェンダー追悼の日」にカミングアウトするしかありませんでした。
これは群衆の良識への追悼であり、私自身への追悼です。
カミングアウトは私の自由意志ではありません。加害者の憎悪犯罪の結果です。
■誹謗中傷者「江祥綾/孤行雪」の悪行
これらの加害者のうち、すでに身元を特定している人が何人もいるので、今後は状況に応じてその実名を公表するかもしれません。ここではまず一人、加害者の中でもとりわけ悪質な人物を公表します。
台湾の桃園市亀山区在住の、30代の江祥綾(Jiang Xiangling)です。この人は「翔翔、Shawl、孤行雪、伊藤堇奈、寂寥孤月、伊雪、hibariameya、kosinse623itou」など、多岐にわたるハンドルネームを使っています。
この人は二年半にわたり、様々なSNSで中国語と日本語で私の個人情報を晒してアウティングし、さらには私のことを「女に成りすました男」などとミスジェンダリングをして侮辱しました。
この人の言葉の汚さには際限がありません。私はこの人に、こんなふうに攻撃されました(閲覧注意)。
〈「李琴峰はキモ男、チンコ人間、訴訟屋」「女に嫌がらせをするのが趣味の、女に成りすました人」「親中国共産党の台湾人」「中共の靴を舐めている」「反日台湾人」「キモイ」「差別主義者」「アホ」「読む価値なし」「趣味は嘘をつくこと」「台湾人の恥」〉
江祥綾は日本語圏で最初に「李琴峰はトランスだ、男だ」という噂を流し、私を誹謗中傷した人です。今、日本語圏のSNSに出回っている「李琴峰トランス説」は、遡れば、全部この人の責任と言っても過言ではありません。
日本語圏で、私に対してアウティングをした加害者――伊東麻紀(本名:小泉知子)、滝本太郎(提訴中)、森奈津子、斉藤佳苗(偽名)、栗原裕一郎など、他者のプライバシーを侵害してはならないという人間として最も基本的な良識すら持たない人たち――も、情報源を辿れば、全部この人に行きつきます。
江祥綾こそが、アウティングを広める加害の根源です。他者の人格もプライバシーも生き死にもなんとも思わない、極めて卑劣な人間です。
私はこれまで、「李琴峰トランス説」については、肯定も否定もしない方針を取ってきました。フィクションの力を借りて、差別者やヘイターの卑劣な行為を告発する闘争の本『言霊の幸う国で』も出版しました。
しかし、そうした対応ももはや限界です。江祥綾らによる攻撃行為はまったく止まる気配がないし、それどころか、日を追うごとに下劣さを増していきます。江祥綾は台湾の反トランス政党(日本保守党のようなもの)や、欧米の反トランス活動家(Jaclynn JoyceやGenevieve Gluck)と結託し、私を攻撃し続け、退路をことごとく断ってきました。
このままでは、私には二つの道しか残されていません。秘密を守り、カミングアウトしないまま早めに自死するか、あるいはカミングアウトし、加害者を実名で告発するか、この二択です。
私は自死を選びません。私たちのコミュニティは、すでにあまりにも夥しい死で満ち溢れています。私が死ぬと、私を愛してくれる人たちは悲しみ、絶望し、私を憎む(江祥綾のような)人たちは大喜びするでしょう。それは断じてあってはならないことです。
■応援してください
私は今、江祥綾に対して提訴しています。裁判はまだまだ進行中ですが、状況はいささか厳しいです。江祥綾は台湾の反トランス的な政党や団体によって組織的に応援されており、さらには欧米の反トランス活動家の後ろ盾もあります。
そう、反トランス活動家の間には国際的な連帯があります。台湾のトランスヘイターも、滝本太郎や森奈津子、斉藤佳苗らとつながっています。滝本太郎を提訴した訴訟もまだ進行中です。
国境を跨ぐこれらの巨悪に対抗するために、私はもっと多くの応援が必要です。現時点だけでも、日本と台湾でかかった弁護士費用や訴訟費用は、すでに350万円を超えています。今後もし控訴審や上告審があったら、さらにかかります。訴訟に費やされた時間による機会損失も計り知れません。
どうか、応援してください。助けてください。
皆さんの応援があれば、私は絶対に闘い抜けます。
もしカンパをする余裕がなければ、ぜひ私の著書『言霊の幸う国で』を購入し、読んでください。2020年代のトランス差別の波がいかに台頭したのか、差別者がいかに下劣な手段で当事者を攻撃しているのか、その背景や経緯を含め、すべてが書かれています。
自分で読むだけでなく、できるだけたくさん購入し、家族や友人など、身近な人に配ってください。読む人が増えれば、印税という形で私の役に立つだけでなく、差別問題の深刻さも広く知れ渡ることになります。
そして、この記事を各SNSで拡散してください。一人でも多くの人に、私の被害と今の状況や、加害者の下劣さを周知してください。
メディアの方は、このことを報道してください。日本語だけでなく、英語やほかの言語でも広く伝えてください。
本音を言えば、こんなことなんてしたくありませんでした。私は活動家ではなく小説家であり、私がやるべきことは政治闘争や法廷闘争ではなく小説を書くことです。私の言葉は実用的な場面ではなく、文学的・芸術的な表現に費やされるべきです。
結局のところ、私はただ、安穏に執筆ができる環境を取り戻したいだけです。
しかし、差別者や誹謗中傷者が群れを成して、容赦のない拳で殴ってきて、刃で切りつけてきました。私は盾を取り、応戦するよりほかありません。
私はよく「闘っている」と言われますが、本当はそうではありません。「闘っている」のではなく「闘わされている」「闘わざるを得ない状況に置かれている」のです。
なぜ、ただ生きていきたいだけなのに、ただ小説が書きたいだけなのに、こんなにも理不尽な目に遭わなければならないのかと、本当に何度も何度も時代を憎みました。
しかし、時代は変わるものだということも、私はよく知っています。
今から8年前、私は孤独の中で『独り舞』という小説を書き上げ、作家デビューしました。この小説は拙いながらも私の原点であり、誰にも言えない秘密を抱えていた当時の私がいかに周囲と心理的に断絶した状況の中で、かろうじて生きのびていたかを物語っています。
今、私は独りではない――そう信じているからこそ、私は「LGBTQ+差別に反対する小説家の声明」の発起人になりました。私自身がここ数年で一身に受けてきた夥しい数の悪意と暴力、そのすべてを昇華し、かつての私のような孤独と絶望の中で生きさせられている人たちに対して、あなたは独りではない、この世界には希望もある、そういうことを伝えるために出したのが、今回の声明なのです。
もう誰にも、私のようなひどい目には遭ってほしくないのです。
私は、私たちは、差別と暴力には決して屈しません。
どうか、私たちの仲間になってください。
※註1:本文中にも書いた通り、「トランスジェンダー」は私のアイデンティティではありません。今後も必要がなければ、あえてこの属性を強調することはありません。また、家族を守るために、私は決して自分の氏名や出身地、過去の居住地、大学以前の学歴なとの個人情報を公表することはありません。これらの個人情報は引き続きプライバシーであり、プライバシー侵害をした人には法的措置を取ります。もちろん誹謗中傷者もです。
※註2:Genevieve Gluckという卑劣な反トランス活動家(日本在住らしい)に対して提訴することを検討しています。この人に関する情報(本名、住所、携帯番号、国籍、年齢など)をご存じの方はぜひ教えてください。
※註3:本件について取材したい記者の方がいれば、公式サイトからご連絡ください。