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アオモリエンバーミング
お前の墓の前で傘を掲げていたよ。ただ、辛くて何度も片手でネクタイを締め直した。お前の墓碑銘に、知らない日本人の骨が入った墓、初夏の昼下がり。とても暗かった。喪服も墓も濡れて黒ずんでいた。
お前の息子は喚いて顔はグジャグジャで、カリーナも墓にしがみついていた。二人を慰めたかったが、お前を殺した手で二人に触れるのがひどく憚れた。苛立って泥濘を何度も踏み抜いていた。やがて葬儀は終わった。たぶん、遠くで俺を見てる奴らがいた。
カリーナが食事の準備をしていた頃、お前の息子が「叔父さん、日本へ行くの?」と尋ねた。俺は首を縦に振った。
「父さんの腕時計、見つかったら教えてね」
肩をパンッと叩いて返事をした。嘘をついた。時計ではなくお前の死体のことを考えていた。俺は上着に忍ばせた“へその緒“を何度か撫でた。窓がミシ、ミシと軋んだ。窓奥の方から視線を感じ、俺は睨み返した。
だいぶ荒れてきたな、と俺はカリーナに問いかけた。妹は包丁を置き、「兄さん、フライトは延びるんじゃないかしら」と声を張った。かもしれない!と俺は叫び、料理について謝った。二人とも不安そうな顔をしていた。俺はギュッとハグのポーズをしてみせた。俺は歯を喰いしばっていた。
ドアがトントンと鳴った。
外にリズ・コーリー交渉官がいた。息絶え絶えに腕を振っていた。メガネとブロンドの髪がぐっしょりとしていた。「教授、」と彼女が言うと、視界の先に俺の車があった。車体に赤い手形のような複数の痕跡が見えた。
「アオモリまで時間がぁ」
「君の車に乗れ」
彼女は瞬きで肯定した。俺はお前の家族に挨拶も無しに駆け出した。リズ交渉官も叫びながら車に飛び込んだ。
「踏め!」
叫ぶと暴音と共に車が疾走した。
「日本語、話せるんだよな」
彼女が返事をした時、お前の家から叫びが聞こえた。祈るしかなかった。何にせよこの”へその緒“とお前の死体を交換しに交渉に赴くしかなかった。
【つづく】