益岡和朗からティーヌさんへ #LGBTQA創作アンソロジー リレー日記
まずは、去る11月23日の「コミティア134」にて、『Over the rainbow』が対面型イベントでは初頒布となりました。僕は参加できませんでしたが、お手に取ってくださった皆様、誠にありがとうございました。
ちなみに『Over the rainbow』は、現在、大阪阿倍野の古書ますく堂(https://mask94421139.hatenablog.com/)にて少部数ながら取り扱いがございます。お近くにお住まいの方でご興味の向きは、感染症対策にご配慮の上、お出かけいただければ幸いです。
さて、あっという間に11月が、そして、たいへん異様な一年が終わろうとしております。
おさまりかけたかに見えたコロナ禍も先行きの見えない状況に突入し、前回のリレー日記では「年内にも実現したい!」などとはしゃいでいた「朝まで『さらざんまい』」企画も実現できないままここまで来てしまいました。
発行人をしております「ますく堂なまけもの叢書」では、発足以来、年末に読書会や座談会を開催していたのですが、今年は難しいですね。リアル開催にこだわってきましたが、この状況が続くようならばオンライン企画もやむなし、という心持ちになっております。「SFマガジン」の百合特集号も第二弾が出るようですし、何かしらの活動は、来年に向けて計画していきたいと思っております。
1.近況
「ますく堂なまけもの叢書」としては、昨年末に実施したイベントである瀬戸内寂聴『余白の春 金子文子』(岩波現代文庫)の読書会レポートをまとめて本を作る、という作業を続けているのですが、なんとも捗らなくて……
この本をつくるために、当時のアナーキストたちの物語を読み進めているのですが、幾人かの悲劇的な結末に反して、どうしても彼らがとても楽しそうに生きているように僕には見えてしまうんですね。もちろん、悪いことじゃないんですが、なんというか、彼らには「希望」があったんだな、と……
僕らの世界には、今は閉塞感しかなくて……正直、彼らのようなエネルギーが爆発してもいいような事態に、この世界はなっていると思うんです。でも、それが、「結局はすべて無駄に違いない」という思いに打ち消されてしまう。彼らにさえあった「希望」すら、今の僕らにはないんじゃないか。その現実にどうにも打ちのめされていまして……
そういう気分でこの号をつくってもいいのか、いや、そういう気分だからこそつくれる号があるんじゃないのか、などと鬱々としています。
まあ、それでも多分、この号は完成するのではないでしょうか、年内には(笑)
タイトルは、『アナーキー・イン・ザ・寂聴』になる予定です。
2.自分の次の掲載作品:成瀬「9.8」について
拙作「最初の事件」は、BLミステリーを志向したものですが、成瀬さんの「9.8」も広義のミステリーと分類してもよいようなミステリアスな物語です。
主人公は美術大学で西洋画を学ぶ大学生。芸術一家に生まれ、「画家のサラブレッド」という世間からの視線と自らの実力とのギャップに苦しむ彼女は、一枚の絵に捕らわれていく。絵の中の少女への熱い思いを滾らせた彼女は、その思いを「永遠」にしたいと願う──
一読して、中村明日美子さんの『ウツボラ』(太田出版)や村田沙耶香さんの『消滅世界』(河出文庫)を想起しました。その理由を語ると結末に触れることになるので避けますが、フィクションの中から人生を狂わせるほどの思いを発見する物語というのは、実に魅力的なものだと再認識いたしました。
そもそも、物語をつくる/表現するという行為自体が、新たな現実をつくりだす行為だといえるのかもしれませんが。
もうひとつ、触れておきたいのが、僕には読み解けなかった「9.8」というタイトルの意味です。
このアンソロジーで一番気になったタイトルが、成瀬さんの作品のものでした。
数字だけのタイトルというのは独特の魅力があって、僕は中島みゆきさんのファンなのですが、名盤『わたしの子どもになりなさい』に収録されている「4.2.3」は、モチーフになった「在ペルー日本大使公邸占拠事件」において救出部隊が突入した日付に因んでいます。
「9.8」も事件の起きた日を示しているのかな、と考えましたが、それを担保するだけの根拠は見つけられませんでした。物語のラストで被害者が二桁にのぼる旨の言及があるので、ここで語られる事件は10件目ということになる。だから、その過程を描いたこの物語は「9.8」にあたるのかな、などと妄想を膨らませてもみましたが、これも、やや弱いように思われます。
ただ、こういうことを考えながら小説を読むというのはなかなかに趣深いものなので、同好の士がおられましたら、是非、成瀬さんの物語世界を読み解き、タイトルの意味に思いを馳せていただければと思います。
数字だけのタイトルには暗号性というか、多義性を醸す力があると思うので、いつか自分でもやってみたいと思っているのですが、なかなかいいネタがみつかりませんね。
3.ここがすごいよ『Over the rainbow』
前項でも触れましたが、「物語をつくる/表現する」という行為が新たな現実を作り出す行為なのだとするならば、このアンソロジーは、そういう「創作の機能」を魅せつけるような試みだと感じます。
小説だけではなく、短歌や詩など、かなり幅広い文芸形式がフォローされている。ある種のファンタジー(これは拙作のことを言っているのですが)からセクシュアルマイノリティのリアルを追求したもの、論考に近い性格を持っているものまで、ジャンルとしても充実していて、良い意味で「雑誌」になっている。
セクシュアルマイノリティを扱ったドラマや映画が増え、純文学畑では「飽和状態なのでは?」というような声さえあがるセクマイ作品の世界ですが、先の足立区議の発言などを目にすると、まだまだ「既存の現実」の壁は厚いと感じざるを得ない。この壁を乗り越えるためには、まさに「この虹すらも超える」フィクションの力が必要だと思います。
そんな第一歩として、このアンソロジーを楽しんでもらえたら幸いです。
4.ヘイデンさんから頂いたご質問
「アメリカ大統領選挙について思うところを」とのお題ですが……
これはヘイデン氏が、僕がまあまあ重度の「選挙オタク」だと知っていて投げて来た質問なわけでございます。
といっても、この世界には大変素晴らしい、本格的な選挙予測が出来る本当のオタクの方々がたくさんおられます。今回のペンシルベニア州の逆転劇など、その大体の時間まで当てた方がおられました。そこまでの予測は出来ないので、まあ、いってみれば、将棋でいうところの「みる将」(自分では将棋を打ったり、研究したりしないが、プロ棋士の対局をみるのが好きなひとたち)にあたる、「みる選」の人間ということになろうかと思います。
さて、アメリカ大統領選についてですが、今回の選挙は、あらためてアメリカという国の選挙制度の複雑さを知ることが出来て大変有意義でした。海外ドラマの「ザ・ホワイトハウス」が好きで観ていたのですが、旧知の情報だと判断されている部分は丁寧に説明されないので、選挙シーンのダイナミズムは楽しめるものの、細かい駆け引きというか、機微のような部分がよくわからなかった。
今回、トランプ陣営は投票結果だけではなく、その先の法廷闘争と下院での投票までを視野に入れた「選挙戦」を意識していたという報道もあり、おかげで日本のメディアでもかなり詳細に大統領選の仕組みが説明されました。バイデン圧勝となった投票結果ですが、制度の上では、まだトランプ勝利の目も残っている。この「制度の複雑さ」が、個人的には、たまらない(笑)
日本の選挙においても、特に「比例代表制」における議席の割り振りなどに複雑さがございます。ほとんどの方はそんなことは意識されていないと思いますが、報道機関においても残念ながら過去、そんな傾向がございまして、制度が導入された当初には細かなルールを意識せずに当確を出すメディアが多く、誤報が乱れ飛びました。
特に印象的だったのが、2005年の第四十四回衆議院議員総選挙、いわゆる「郵政解散」による選挙です。比例代表選は、衆院の場合は党名のみを書くことが許される、二枚目に配られる投票用紙に係る選挙で、地域ブロックごとに割り振られた議席を各政党が奪いあいます。
このときは小泉政権の圧倒的な人気のもと、自民党が大幅に議席を伸ばしたわけですが、この際、東京ブロックにおいて自民党が獲得した議席数が立候補者数を超えてしまうという事態が発生しました。
こういう事態を想定していなかった民放のテレビ局は、早々に自民党の獲得議席数として発表してしまうのですが、そこはさすがに天下のNHK。各局が誤報を続ける中、颯爽と社民党に一議席を割り振ったのです。
恥ずかしながら、このルールを把握していなかった僕は、「いや、これ、誤報じゃないの?」とNHKを疑ったのですが、そのあと、NHKは淡々と、この「日本の比例代表制において初めて発生した事態」を説明してくれたわけです。
まあ、興奮しましたよね。「やっぱすげえなNHK」と思ったものです。
ちなみに、民放では、このルールを踏まえて他の党に議席を割り振り、当確を出してしまった局もありました。そういう意味でもNHKの対応は迅速かつ正確であったわけです。(さらに付け加えれば、このとき当選した保坂展人・現世田谷区長は、比例代表選のみの単独候補でした。名簿順位は最下位。小選挙区に立った候補の惜敗率が高ければ保坂氏の当選はなかったのですが、そのとき、社民党の候補者は全員が復活当選できる惜敗率を割り込んでいた。NHKはそこまで全てを確認した上で、かなり早い段階で当確を打ってきました。唸りましたね。)
僕は、あらゆるテレビ番組で選挙特番ほど面白いものはないというのを持論にしていますが、それはこの「報道局としての地力」が最も試されるのが選挙特番だからだと思うからです。(ちなみに、NHKの演芸番組としての地力、「エンターテインメント力」が試されるのが「紅白歌合戦」だと思います)
つまり、国政選挙というのは、政党や政治家が試されると同時に、報道機関が試される機会でもあるのです。
そういう一昔前の勇姿を思うと、最近のNHKの「選挙特番力」には少々、淋しいものを感じてしまいます。
第47回のアベノミクス解散の折には、東京21区で特番序盤に民主党の候補者に打った当確をNHKが取り消すという事態が起こっています。この時の民主党代表は東京1区の海江田万里氏。小選挙区では敗退しましたが、もし、この東京21区が民主党の議席になっていれば、比例で復活当選できるという局面でした。この選挙で海江田氏は野党第一党の党首でありながら落選するという憂き目を見ていますが、それだけ大事な一議席の判断をNHKが誤ったという事態に、個人的には大きなショックを受けました。
……なんか、このリレー日記の趣旨からどんどん外れて行っているのでこの辺りで終わりにいたしますが、最後に申し上げたいのは、「やっぱり選挙って大事」ということ。それに尽きる。アメリカがコロナ禍のさなか、過去最高の投票率を記録したことはそれだけ国に活気があるということ。この国の閉塞感は、とにもかくにも、この「選挙への無関心」に起因するものだと思います。だから、選挙はやっぱり、「おまつり」になるべき!というのが僕のいまの気持ち(笑)
「みる将」のように「みる選」も盛り上がっていくといいな、と思っています!
5.宣伝等
まだまったく着地点が見えませんが、ますく堂なまけもの叢書は、第10弾となる『アナーキー・イン・ザ・寂聴』を引っ提げて通販型同人誌即売イベント「Text –Revolutions Extra2」(https://text-revolutions.com/event/)に参加する予定です。(新刊が出るかは神のみぞ知る、ですが……)
また、そのタイミングにあわせて、品切れになって久しい既刊『自称読書家たちが加藤シゲアキを読まずに侮るのは罪悪である』を復刊できれば、と考えています。(あくまで、できれば、だけど……)
これは加藤シゲアキさんの長篇小説『チュベローズで待ってる』(扶桑社)がツイッター文学賞を受賞したことをきっかけに刊行したものなのですが、ちょうど久しぶりの長篇小説『オルタネート』(新潮社)が刊行されたばかりなので、よい機会かな、と。
この本のメインコンテンツである『チュベローズで待ってる』読書会レポートは創作者が多く参加した会で、時にシゲのことを忘れるくらいに激しく創作論を闘わせている号なので、瀬戸内寂聴の小説家としてのうまさに迫る予定の新刊とあわせて、『Over the rainbow』の読者、参加者の皆様にも興味深く読んでもらえるものと思います。
よろしければ、チェックしてみてください!
さて、次のお当番はティーヌさんです。
お題は、「年末年始にこれは観るべき!と思う映画」なんてどうでしょう?
よろしくお願いいたします。