理想と現実の狭間で奮闘!Learning for All 初期を知るスタッフが振り返る、学習支援の急拡大期
「子どもの貧困に、本質的解決を。」というミッションを掲げる認定NPO法人「Learning for All 」(以下、LFA)は設立10周年を迎えました。それを記念し、歩みを知る人々を招いて、年度ごとに語り合う連載コンテンツの第3回をお届けします。
今回は、2016年頃から進んだ学習支援の多拠点展開や「子どもの居場所づくり」事業について、当時を知る3名が集まり、それぞれの視点から振り返ります。学生ボランティア(学習支援事業で教師を務める大学生ボランティア)からインターンを経て拠点運営に携わる木村駿(はやお)さん、研修開発担当などを経て現在はポストドクターとして研究職に就かれている元スタッフの栗原和樹さん、そして居場所づくり事業の立ち上げに初期から携わる佐藤麻理子さんの3名です。
当時は組織メンバーも10人ほどと、LFAはまだカオスな状況。急速な成長期にあり、既存事業の拡大と新規事業の立ち上げを同時に進めていました。当時のチャレンジや苦労、そこから現在にもつながるストーリーを紡ぎます。
それぞれがLearning for All に加わるまでの道のり
栗原:僕らはLFAと関わった時期も違うし、一緒に仕事したこと自体はあまりないですよね?
佐藤:そんなことないでしょう。研修の時にいつも見守ってあげてたじゃない(笑)。
木村:あぁ、学生ボランティア向けの研修では、接点がありましたよね。LFAに関わったのは栗原さんが一番早いんですかね?
栗原:最初は2013年、李さん(※Learning for All 代表理事の李炯植)が金町拠点の拠点長をしている時に、大学1年生のボランティアとして入ったんです。2013年の4月からは現在の立石拠点を立ち上げる時の学生インターン(拠点運営に関わるスタッフ。以下、スタッフ)になりました。
佐藤:スタッフもやってたの?
栗原:新しく立石拠点を立ち上げることになって、ちょうどスタッフを募集してた時期だったんです。だから、学生ボランティアは3ヶ月しかやってなくて、そのあとすぐスタッフになりました。それで研修の引き継ぎをしつつ、といった感じでした。大学2年生でも研修講師を務め、2013年後半は拠点長にもなって。2014年度には大学の休学も挟んで、2015年度に復学、2016年度に大学を卒業しました。それから大学院に進んだタイミングで、LFAからも徐々に離れることになりました。
木村:栗原さんとは研修の運営について相談したり、ヘルプしてもらったり……そういえば研修資料の印刷にもよく行ってましたよ。
栗原:そうか、まだ自分たちで印刷していた時代だ。4拠点目まではキンコーズで印刷できる分量だったんです。だんだんと拠点が6つ、7つと増えていき……ある時、四谷三丁目のキンコーズで大量にコピーしていたら、よっぽど僕らがつらそうな顔をしていたのか(笑)、店員さんが名刺をくださって。お話をしたら特別に、データを送ればオフィスまで届けてくれるサービスを提供してくれるようになったんです。
木村:そうそう、2020年のコロナ直前まで、紙資料が必要なくなるまではずっとキンコーズにお世話になってましたよね。
栗原:駿さんは、いつ入ったんだっけ?
木村:僕は2015年の冬プログラムで3ヶ月のボランティアとして入って、そのままスタッフになりました。2017年までのスタッフを経て、2018年から新卒で入職しました。
佐藤:2018年入職で、社会人1年目だったんだ。
木村:そうです。佐藤さんが入られた時は、まだスタッフでした。採用チームから「新しい人が入るよ」と紹介されたのが佐藤さんとの出会いだったはずです。
佐藤:私は2017年4月に外部から転職で入ってきました。求人サイトを見ていて、LFA が戸田拠点で子どもの居場所づくり事業を始めて、その職員募集を見つけたんです。それまでは学習塾に勤めていましたが、勉強だけでなく、生活支援や児童福祉にも携わりたい気持ちがあって。LFA は面接担当者からしても「こんな素晴らしい人たちと一緒に働きたい」と思えるほどで、転職を決めましたね。
拠点が急拡大!責任感をもとに、手探り状態で頑張った
木村:2016年、僕がボランティアからスタッフになった頃、本当に手探りの状態でした。この時期、同時に新しく4拠点運営することになったんですが、人手が足りなくて。他の拠点は実力のあるスタッフが揃うようになっていたものの、僕がいた拠点は、僕ともう1人、経験の浅い学生のみで運営することになったんです。
そんな背景もあって、初回の活動日、準備が全然できていなくて、子どもたちがまもなく来るのにまだ何も整っていない状況になってしまって。その日は李さんが見に来ていて、残されたわずかな準備時間でやるべきことを、厳しい表情で的確な指示をくれたんです。その時、責任の重さを痛感して、「ちゃんとしなきゃいけない」という気持ちが一気に芽生えました。
当時は人手が十分ではなかったので、どの拠点もそこにいるメンバーで何とかするしかありませんでした。多少のトラブルは自分達だけで乗り越えないといけないという覚悟で運営していた時代でしたね。
佐藤:経験者が少なくて、学生ボランティアも多いなかで、大変だね。
木村:でも、熱量をすごく感じる場所だったんです。僕が最初に入った2015年度の冬プログラムの時の経験が特に印象に残っています。拠点長(学生)が「拠点のビジョン」をボランティアメンバーに話した時、ある学生ボランティアが「それではワクワクしない」と言い出したんです。それで、その日予定していた研修を全部飛ばして、急遽みんなでビジョンについて話し合うことになりました。学生だろうと拠点スタッフだろうと、自分たちの考えを正直に伝え合って、それを活かして作りあげていく。そういう文化がLFA にはあるんだな、と感じましたね。
栗原:大変だったよね。2016年夏に4拠点増えた時、ボランティアの研修をどこでやるかも大きな課題で。それまでは何とか探してやっていたけれど、いきなり4拠点増えるとなって、どうやっても人が入りきらない状況になったんです。
佐藤:そうそう、1拠点10人から13人くらいいたよね。だから最大で80人くらい入る場所が必要だった。
栗原:そう。ちょっと遠方ですけど、少ない予算で借りられる公共施設を利用させてもらってたんです。でも、そこもキャパオーバーになってしまって。当時のLFA はまだ財政が安定していなかったから、予算内で会場を見つけるのが本当に難しくて。そんな時に出会ったのが日本オラクルさん。CSR活動の一環として、外苑前にあったオフィス内の広い会議室を貸してくれることになったんです。
80人が集う学生ボランティアの研修
佐藤:そうか、それでオラクルさんに行くようになったんだ。そこから結構長くオラクルさんのオフィスを使わせてもらっていたよね。
栗原:コロナ禍になるまで本当にお世話になりました。もう「ワンフロア丸々」というくらいの広さで、しかも使うのが土曜日と日曜日なのでオラクルの社員さんは休日にもかかわらず、ボランティアスタッフとして朝から晩まで2交代制で手伝ってくださる方が毎回いらしてくださって。本当に頭が上がらなかった。
佐藤:そうそう!オラクルのTシャツを着た方が誘導してくれたりね。毎回、人数分のセキュリティカードも用意してくれて。それで、研修が終わったら必ずといっていいくらいに、近くにあった地下の居酒屋で懇親会をしたよね。
木村:「わたみん家」ですよね。今はもう違うお店に変わってしまったみたいですけど。
佐藤:参加希望者だけだけど、それこそ80人くらいになることもあって、ほぼワンフロア貸し切り状態。正直、近場だとあそこしか入れる場所がなかった(笑)。
木村:本当に。あと、スタッフの研修が喫緊の課題になっていたんですよね。
栗原:そうそう。当時は拠点が増えるということは、いきなりスタッフになる人も増えるわけです。それまでは半年間は学生ボランティアをやって、大体把握できたらスタッフになるという流れでした。2014年頃に上の世代の人たちがごっそり抜けてしまったこともあり、2015年は現場を回すので精一杯。そんな状況で、2016年から拠点も増えて、一気に課題感が増したような感じ。
木村:その時は、スタッフをどう育てていくのかという話を結構議論されてましたね。スタッフに求められる能力は何なのか、スタッフ研修をどうするか……2016年は徒手空拳な状態で、本格的にスタッフ研修をやり始めたのが2017年からかな。
栗原:2016年の夏は事前研修を葛飾グループと墨田グループに分けて2回やりました。実は、個人的なことを話すと、その頃は大学の教職課程で教育実習にも行っていて、事前研修、教育実習、また事前研修というような1週間のスケジュールの時もあったぐらいです。
佐藤:それは忙しいねぇ。
栗原:スタッフのみんなが残って打ち合わせしてるところ、申し訳ないと思いながらも急いで帰って、次の日はまた研修を行う、という繰り返しでした。2016年はいろんなことをする余裕がなくて、今あるものを倍の規模で回すのに精一杯でした。
「1分1秒に意図を持つ」を徹底的に体現
木村:2016年の冬頃から、スタッフ研修が増えた感じがしましたね。「仕事の流儀研修」みたいなものもあったし、基本的な研修も増えていって。
佐藤:私が2017年4月に入職して、半年くらい学生研修と一緒にプログラム開発をやっていた時期ですね。私が手書きした絵も使って……。
木村:研修の内容も、これまでにあった「貧困」に加えて、「社会正義」といったテーマにも焦点を当てるようになりました。
栗原:ただ、2015年度くらいから「研修を減らす」という話も出ていたんです。学生の離脱もあって、やっぱり学生ボランティアの負担が大きいのは誰の目に見ても明らかだったので。でも、私が統括をやっていた時、元々あった研修を引き継いで回すのに精一杯で、オンライン研修や動画コンテンツの活用も、まだまだ手探り。
佐藤:そうだね、2017年くらいから私も入って研修を変えて、新しいコンテンツやライトなものもやっていこうという流れになりました。2018年には「居場所づくり」の方も学生ボランティアを入れることになって、そちらの研修を開発しました。
栗原:そうそう、オラクルさんオフィスでの教師研修、その隣の部屋で「居場所づくり」の研修をやってましたね。
佐藤:そう、学習支援とは全然違う内容だったけど。私が2017年4月に入職して初めて研修を見に行った時の景色を覚えています。ほぼ全員が学生で、李さん含めて3人だけが職員で、それ以外は全員学生。そんなふうに説明を受けて、良い意味で「恐ろしい!」と思いました。
いざ研修や学習支援現場に触れてみると、みんなめちゃくちゃ考えていて。栗原くんが学生というのも驚いたけど、特に拠点長やスタッフたちといったそれぞれの拠点のリーダーたちがすごかった。本当に適当にやる瞬間がないくらい、ずっと頑張っている様子を見て、こんな世界があるのかと思いました。私は前に個別指導の塾で働いていて、そこでもアルバイトの大学生たちは頑張っていましたが、もちろんお給料はもらっていて。でも、この子たちは無償のボランティアで、こんなにも人生をかけてやっているのか!と衝撃を受けました。
大学生の時代にこんなに全力を尽くせるのは、この連載コンテンツの2014年度の記事で李さんも言ってたけど、むしろ「大学生だからこそ」できたことなのかもしれない。こういうことを大学時代からやってた子たちなら、将来はいろんなところで活躍するんだろうなと思えましたね。
木村:研修を受けているボランティアたちを観察して、メモを取っていない人が見えたら、「この後の休み時間に、何と伝えてフォローしようか」なんて考えて、後々苦労するメンバーが出ないよう調整していました。
佐藤:学習支援でよく使っていたフレーズに「1分1秒に意図を持つ」というのがあるけれど、それを徹底的に体現していたよね。
木村:そうですね。元々あった「徹底して真剣に子どもに向き合う」「1分1秒学習し続ける」みたいな文化がすでにあって。だからこそ、ボランティアたちのモチベーションが落ちていないか、しんどくなっていないかをチェックして、関わるようにしていました。何より、当時はボランティアが1人抜けるだけでも現場が大変でしたから。
とにかく文化に慣れてもらい、楽しいと感じてもらい、やりがいがあると思ってもらう。「1年間続けてもらおう」ということを意識して関わっていました。良い人がいれば「絶対にスタッフになってもらおう」と、飲み会で横について口説くみたいなこともしていました(笑)。
佐藤:覚えているのは、本当にみんな、よく泣いていたこと(笑)。それくらい気持ちを込めて向き合っているからなんですよね。自分の授業に納得いかなくてとか、今日の1時間の授業で子どもにちゃんと向き合えなかったとか、そうやって大学生たちが泣くんですよ。すごい環境ですよね。
木村:この時代のポジティブな側面としては、個人の努力だけでは突破できないところを、仕組みで乗り越えようとする動きも出たところかな。2017年からは資料や指導案とか、使えるものはどんどん残していくし、フォルダを作って「とにかくここを見ればいい」というものを用意したり。スタッフ育成の研修スケジュールとか全部ちゃんときれいに整備できていった
佐藤:そのためにちゃんと職員が時間を割いて取り組みはじめた時代でしたね。
今でも続く「LFA教材」の始まり
木村:オリジナル教材作りもこの頃の出来事ですよね。
栗原:LFA は良くも悪くも、学生ボランティアが自作の愛情こもった、その日その子だけの教材を作るというのをなんとなく売りにしていたところがあったんです。その子の好みに合わせたイラストを入れたり、問題の量とか解説の仕方を工夫したり。でも、そもそも先生がその子の学習の状況やつまずきを把握していれば、全員に対して0から100までオリジナルな教材を作らなくてもいいのではないか、と疑問にも思っていました。
たとえば、同じ範囲を教える先生たちが、全員個別に教材を作っているみたいな状況が生じていたんです。先生たち自身もそれが負担だという話はずっと出ていて、LFA 独自の教材のフォーマットを作れるといいね、という話が持ち上がった。そこで、オリジナルの教材作りに取り組みました。最初は全然うまくいかなくて、批判もされましたが、試行錯誤を経て、今では「LFA教材」と呼ばれるものを作り上げたんです。作ったといっても、僕はあんまり何もしてなくて。ありがたいことに、「何か手伝いたい」と言ってくれた元ボランティアの方がほとんど作り上げてくれました。
木村:その教材は今でも使っていますよ。小4から中3までの算数・数学と、中学3年間の英語が全部揃っています。
佐藤:そうですね。1単元に10数種類の細かい問題があって、それが1枚ずつプリントになっているレベルで、3年間分の教材があります。
木村:教える用の教材と演習用の教材、全部回答付きであります。さらに、学習事項全部を分解して一覧にし、難易度設定もされています。事前テストもあって、ここのランクまでできると何点、このランクまでできると何点とかも全部あって。このランクだったらこの教材を使えばいいというのがほぼ自動でできるようになっています。
佐藤:この教材を使うことで、子どもたちのつまずいているところの可視化がすごくしやすくなりました。それによって、教える内容も無駄なくちゃんと合わせられるようになりましたね。
「子どもの居場所づくり」事業もスタート、新しい挑戦へ
木村:もう一つの大きな変化は「子どもの居場所づくり」事業のスタートですね。
佐藤:居場所づくりの事業は2016年11月に立ち上がったんです。私が2017年4月に入職して、半年後の10月くらいに拠点に行った時には人数が増えてきていて……だいぶ拠点が荒れていました。
たとえば、イライラした気持ちを暴力や暴言でしか表せないような子どもたちが結構いたんです。学習支援では「座っていられること」が前提の支援ですけど、そういう世界ではなくて。本当に走り回る、ドアから勝手に道路に出ようとする、嫌なことがあったら手を出す、暴言を毎日のように浴びる……そんな感じでした。
学習支援の方は、それまでに体系化されたスタッフ育成やボランティア研修があったんですけど、居場所づくり事業にはそれが全くなかったんです。関わる職員に「思い」だけはあっても、何が正解なのかもわからなければ、何かスキルを身につける研修があるわけでもなく。ただひたすらに、目の前の子どもたちに毎日向き合い続けていました。10人くらいの子どもに対して職員が5〜6人はいましたが、それでも毎日疲弊する状態でした。
木村:それを聞くだけでも大変さが伝わってきます……。
佐藤:この居場所づくり事業は、日本財団が全国に100拠点の「第三の居場所」を作ろうという子どもの貧困対策プロジェクトの一環として始まったんです。その中の一部をLFAが担当することになって、最初は埼玉県戸田市で始めました。
財団としては、普通の学童のような預かりだけでなく、もっとそれぞれの子どもの環境や状況に合わせて、生活習慣まで見るような場所を目指していました。夜ご飯を提供したり、歯磨きをさせたり、お風呂に入れない子がいたら拠点で入れるようにしたり。
学習の習慣をつけることも目標にしていて、学校から帰ってきたら学習の時間を作り、その後に遊ぶ時間があって、食事のマナーなども教えるという...…そういう理想を高く掲げてスタートしたんです。でも実際には、座ってご飯を食べることすら大変だったり、野菜を見たことがない子もいたりして。理想と現実のギャップに直面しました。
木村:そうですね。元々は学習支援をやるなかで、ご飯も食べられていないような子どもたちと出会って、「ここにも踏み込まなければ」と思ったのがきっかけだったんですよね。
佐藤:居場所づくり事業は今もまだ、完全な型はできていないと思っています。学生の研修なども、いろいろな試行錯誤を経て今の形になっていますが、学習支援のようにきっちりとした形にはなりきってはいません。まだまだ模索中です。
木村:学習支援も居場所づくり事業も、ますます形にしていきたいですね。でも、そんな中でも成果は出てきているんですよ。たとえば最近、学習支援の拠点に来ていた子どもが大学生になって、学生ボランティアとして戻ってきてくれたんです。
栗原:おー!それはすごいね。
木村:学習支援の先生の教え方がわかりやすくて、成果も出て、先生に詳しく話を聞いたら「Learning for All という団体があるんだ」と知って。その後成長して、子どもの貧困や虐待に関心を持ち、自分も「何かしたい」と思った時に思い出してくれたみたい。
佐藤:そういう循環ができてきていることは素晴らしいよね。課題はあっても、一歩ずつ前に進んでいきましょう。
(構成・文・写真:長谷川賢人)
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