「社会変革の種をまく」という視点で関わり合う。日本オラクルとLearning for All の10年間
「子どもの貧困に、本質的解決を。」というミッションを掲げる認定NPO法人「Learning for All 」(以下、LFA)は設立10周年を迎えました。それを記念し、歩みを知る人々を招いて、年度ごとに語り合う連載コンテンツの第4回をお届けします。
今回は、2015年から10年近くにわたってLFAを支援してくださっている日本オラクル株式会社の川向緑さんと、2014年にLFAに参画したコミュニティ推進事業部・事業部長の石神駿一が集合。企業の社会貢献の在り方から、支援する側・される側という枠を超えた関係性の構築まで、LFAの成長期を支えた「対話」の日々を振り返ります。
「顔を見て。そうすればハートが教えてくれる」
石神:川向さんとの最初のメールのやり取りを探したら、2015年の9月でした。「日本オラクルとして初めて寄付を検討し、NPOとの連携を模索している。オフィスを訪ねてお話を聞きたい」と。
川向:経営企画時代にCSRを担当し、パートナー営業の支援に異動しても仕事時間の3割を使ってCSR担当を兼任していました。その後、CSR担当の専業になったんです。世の中的には「CSRは利益ではなくコストを生み出してしまうものだ」といった見方もありましたし、寄付活動をするにしても手探りで始めるしかありませんでした。
当時、アメリカの上司からは「私たちはグローバル企業だけれど、日本で寄付をするなら、日本に固有の社会問題を見つけなさい」と伝えられていました。
その上司は、非営利団体側でファンドレイズの経験もある人で、オラクル本社のCSR統括をしていました。その上司に「寄付先をどうやって決めたらいいですか?」と相談した時、いくつかの評価基準を共有してくれた後、「最後は現場へ行って、そこにいる人の顔を見なさい。そうすれば、あなたのハートがここだと教えてくれるから」と言われて。
当時は「子どもの貧困」が注視されていませんでしたし、LFA も立ち上げたばかりで今のような成果はまだなかった。でも、LFAのオフィスを訪問したらみんな若く、ワクワクしていて楽しそうでした。ここで見た可能性に、私も託すことにしたんです。
石神:寄付をしてみて、何か感じたことはありましたか?
川向:寄付をしたことで、LFAの現場と深く繋がるようになりました。現場の学生やスタッフと話をしたり、社員がボランティアで参加してくれたりする姿を見ていると、そこに携わるみんながとても生き生きとしているのを感じました。そして、子どもたちが「ありがとう」と言ってくれるし、ボランティアで携わる人も「得難い経験をくれて、ありがとう」と言ってくれる。
みんなが「ありがとう」と伝え合い、ハッピーになって、企業としても価値が上がる。私がやっているのは、みんなを幸せにする最高の仕事だなと実感しましたし、今でもその思いは変わっていません。
石神:結果として、川向さんに先駆けてサポートいただいたこともあり、今や「子どもの貧困」は社会課題解決の主要なアジェンダの一つになりました。10年前と本当に様変わりしましたし、この1年間でも確実に変わってきています。
川向:企業の社会貢献にも流行り廃りはあります。いま「子どもの貧困」はメインストリームのひとつになりましたが、また潮流が変わることもあるかもしれない。でも、少なくともまだ社会的な全ての制度が変わっていない以上、企業も、公的支援も、非営利も、全てのセクターでサポートしなければいけないエリアだと思います。
大学生ボランティアのピュアな涙に心打たれて
川向:それこそ、石神さんはどうしてLFAに携わるようになったんですか?
石神:高校時代に遡るのですが、当時明確な夢を持てずに過ごしていたんです。そんな僕に、高校の先生から「とにかく勉強していい大学に行け」の一点張りの進路指導を受け、モチベーションが上がらず、勉強を全くしなかったんです。当然のように浪人し、無気力な生活を送っていました。そんな時、「高校時代の自分に、多様な将来の選択肢を提示してくれる先生」がいたら自分の人生は変わったかもしれない、と思うようになったんです。じゃあ、自分がそんな先生になろう、と。大学に進学して教員免許を取得しました。ただし、ストレートに教師になるのではなく、様々な領域で働く社会人や選択肢を紹介できるような存在になろうと、様々な職種のOB訪問を重ねた結果、広告代理店の電通に進みました。広告代理店はあらゆる業界と仕事が出来るので、最適だと思ったんです。
電通入社後はとにかく忙しく働いていたのですが、教師への熱は冷める事はなく、当初の考えに従うべく、教師になるため電通を辞めたのが2014年7月。そんなときに姉から、LFAの代表である李さんを紹介してもらい、お会いしました。そこで自分の考えをお話した際に、「強い光を与えられる教師は子どもにとって重要だし、石神さんはそれができる方だとお見受けした」と李さんは言ってくれたんです。
同時に、李さんは違う視点も見せてくれました。「僕がやっているLearning for All の活動は、『当たり前に得られるはずの環境を与えられていない子どもたち』に、その機会を学習支援という形で提供しているだけ。だから、僕は一日も早く忘れられる存在になりたいと思って、日々子どもたちに向き合っています」と。当時23歳ほどの彼の話に心から感銘を受けたんです。
それをきっかけに「なんでもやらせてください」と関わり始め、1年間の業務委託を経て、入職することにしました。
川向:業務委託から始めて、社員になろうと決めた理由ってなんですか?
石神:学生ボランティアたちとの出会いですね。彼らは、子どもに2時間勉強を教えるために、20〜30時間をかけて準備している。それだけでも素晴らしいのに、終わった後に「まだまだ出来ることがあった」と泣いている姿を見たんです。この涙は何なんだろうと。「自分が頑張ったのに相手に響かなかったことが悔しい」……なんて、ピュアな涙なんだろうと思ったんです。
業務委託という中途半端な関わりだと、学生たちにも、そして子どもたちにも失礼だと思ったんです。それで2015年の11月に「社員になりたい」と李さんに伝えました。
「社会変革の種をまく」という視点で
石神:話を本題に戻すと、日本オラクルさんからのご寄付は、様々な面でその後につながっていきました。
当時は寄付営業で毎日のように、経営者が集まる会でプレゼンをさせてもらっていて。「子どもの貧困」という社会課題が一般化されていなかったので、「物乞いみたいなことやめろ」と言われることもありました。あとは「俺も厳しかったけど、頑張って成功して会社を立ち上げたんだ」とか……。
川向:成功者バイアスの強い言葉を投げられたんですね。
石神:ええ。「お前らみたいなのは社会の悪だ」「国がやるべきだし、自分で気づかない限り頑張ったって何も変わらないんだから、むしろやめろ!」と言われたこともあって。
川向:「政府がやればいいことを勝手にやっている」と。
石神:心が折れそうになりましたけど、支えていただいている方が確実にいるのを知っていたので、何とか頑張ってこられました。
でも、やっぱり一番の救いは、LFA 代表の李さんを初めとして、現場で子どもに向き合っている人たちには一切の嘘がなかったということ。ボランティアの大学生たちがこんなに本気で向き合っている。ここには価値があるし、間違いなく嘘じゃない。でも、その価値を僕は伝えきれなくて、目の前の人を納得させられなくて……。
当時、牛丼の松屋で、ビールが150円だったんですよ。それを“涙割り”にして毎日飲んでいたというのが、すごく懐かしいですね。まさにそういう時期に出会ったのが、川向さんだったんです。
川向:1社が寄付をしたことで信用が増して、次の1社が増えて、という具合に広がっていく。団体の信用度も変わるし、安定度も変わる。LFAが成長していく過程を一緒に伴走し、社会としての潮目が変わっていくところにまで立ち会えるのは、とても意味があることだと感じました。
また企業という視点でも、「社会に何が貢献できるのか」という視点を大切にしたいという価値観を持っている人が社員として増えてきていると感じます。特にZ世代からのニーズとして、企業もその観点から選ばれる時代になりました。そういった人たちにも支持される企業であるためには、オラクル自身が変わっていかなければいけないし、変わっていることをちゃんと見えるようにしなければいけません。
石神:ご自身が所属する企業の寄付先を見つけて、そこでインパクトを出す。それだけでなく、企業からの資金が足りていない領域をまず見抜き、お手本として最初に入ることで、その後の波及効果まで見据えていた、ということですよね。そこまでの視点を持たれているのは、先ほどの上司の影響もあったんでしょうか。
川向:そうですね。何万もの非営利組織がある中で「なぜここなのか」というストーリーがないと、経営会議を通すことはできません。株主への説明も必要になるので、経営層もその価値を理解しておく必要があります。
企業が寄付をするというのは、「社会的な投資」だと思うんです。それに対してどれくらいリターンがあるのか。インパクトとして数値で測れることもあれば、そうでないこともある。関わることによって大きな変化を期待できる社会課題やNPOを見つけるのも必要ですね。
Learning for All にとっての「救世主」
石神:交流を経て、ご寄付を決めていただき、2016年の4月くらいに大学生ボランティア向けの研修を見に来ていただきました。場所は葛飾区の「かつしかシンフォニーヒルズ」でしたね。
その時に、必要なスペックに見合う研修会場の予約が取れずに困っていることを相談したら、「日本オラクルの会議室が使えるかもしれない」とご検討いただいて。実際に2016年の秋から会場をお借りできるようになったのは、まさに僕らにとっての「救世主」でした。
研修後の懇親会も、以前は遠くの公民館から電車に乗ってわざわざ安く飲める居酒屋へ行くしかなかったのが、日本オラクル社屋のすぐそばに2980円飲み放題のお店があって、すぐ流れ込めるようになって(笑)。本当にありがたかったです。
川向:会場提供は私たちも良いきっかけで、会場運営を支援する必要が発生したことで、多くの社員が関わるようになりました。
LFAの現場へ行き、「これは生半可な気持ちで1回だけ行くような場所じゃない」というのを痛感しました。長い期間のコミットができない人が行っても仕方がない。じゃあ社員を巻き込むにはどうしたらいいんだろうと考えていた時に、会場提供の相談があったんです。会場を貸すためには社員も立ち会わなければいけないから、そこから社員のボランティアも始まって。
少しずつ接点が増えていく中で、社員の理解度も上がりましたし、「子どもの貧困」という課題への認識も高まっていきました。お金だけの関係ではなく一緒に活動する時間が増えたことで、LFA が実現したいことが、より深く理解できるようになっていったんです。
10年の関係性から生まれた、次なる社会への「循環」
石神:実は、ボランティアの方も受け取るものがたくさんありますね。LFA の学生ボランティアでも、子どもへ教える側なのに、そこから視野が広がって自分の行きたい道が見つかるとか。受け取るものが相互にあって連鎖していくところに、僕としても大きな意義を感じます。
川向:2017年頃には、毎回100人を超える学生たちがオフィスへ来て、子どもたちによりよい教育を提供できるよう、お互いの事例から学び合っていました。学生たちがものすごい熱量で活発に意見を交換していて、それを間近に見た社員からは「学生のボランティアたちは、お金を一銭ももらってないのに、あれほど真剣に一日缶詰でやるなんて、自分も活力をもらった」というような感想を聞くことが多かったです。
社員から「ただ見ているだけじゃない何かがしたい」という声が出始めて、LFAと社員のボランティアは何ができるのかという相談をLFAと始めました。「LFAと連携する子ども食堂に行ってみるのは?」「仲良くなった子どもたちをオフィスに連れてくるのは?」と、一つずつ実践を積み重ね、対話しながら次のステップを考える。そうすることでお互いに意義のある支援内容に変わってくると思うんです。
そうやって実践してみないと課題も見つからないし、逆にいうと課題が見つかれば改善もできる。それをつなげていけるのが対話の良いところですね。
石神:まさに川向さんとの10年の意味はそこにあると思うんです。まず会場を貸していただいて大学生ボランティアの研修をする関係性ができ、「これほどよい企業なら子どもたちも連れて来たい」という流れになり、2017年頃からオフィス訪問ツアーを年に2回くらいやるようになって。
川向:そうそう。コロナで一旦中断しましたが、2020年からはオンラインに切り替え、コロナが明けてからはハイブリッドで実施し、最近は年に1回は子どもたちにオフィスに来てもらっています。これもLFAとオラクルで対話をしながら、その時々でできること、求められていることを整理して、少しずつ形を変えて継続していた例ですよね。
対話といえば、オフィスに学生が来ていた頃、社員からは「学生ボランティアのやる気や熱量に依存したままだと、組織として運営するのは難しいんじゃないか」という指摘が出たこともありました。「人に依存せずに、なにか仕組みにした方がいい」というような苦言を石神さん経由で伝えました。LFAはその声を真摯に受け止めて、すごいスピードで学習支援の仕組み化を実現していったなと感じます。
石神:その通りですね。さらにいうと、組織全体としては「ネクスト李」をどう育てていくのか、もしくは僕ら既存のメンバーがどうスキルアップしていくか。すごく重要なテーマだと捉えています。
ただ、10年やってきて、次世代リーダーの芽も出始めています。実は、学生ボランティアで関わってくれた方々が、次のステージで活躍し始めています。アパレルブランドを立ち上げて最年少上場を果たした方がいたり、地元の徳島県で子ども支援や居場所支援事業のNPOを起業している方がいたり。
もちろん団体内でのリーダー育成も大事ですが、経済界や他のセクターでもそういう人たちが出てきているのは良い兆しだと思っています。そうやって、一つひとつの点が線になり、やがて面へと変わっていきますから。
川向:確かに、現場を体験して理解を深めた学生ボランティアの卒業生が、「子どもの貧困に、本質的解決を。」というLFAミッションに共感しつつ、多方面で活躍してくれるようになるのは、社会としても大きなインパクトだと感じます。
石神:最近、うれしい出来事があって。大学生ボランティアに応募してくれたうちの一人が、実は昔、葛飾区の中学校でLFA の学習支援教室に参加していた生徒さんだったんです。当時の大学生ボランティアの印象が強く残っていたようで、今度は自分がその立場になりたいと思ってくれたみたいです。そういう循環も10年経って自然に生まれてきている。世の中の歯車をちょっとずつ回せているような感覚を、おこがましいんですが、得られるようになってきています。
おばあちゃんが教えてくれた、「あるがままでいい」の大切さ
石神:Learning for All という言葉は「学び」をいろんな人に、という意味があるわけですが、LFAと関わられたことで川向さんが学ばれたこと、気づかれたことはありますか?
川向:正直、LFA とここまで深く付き合うまでは、日本国内の貧困問題というのがニュースの字面でしか理解できていなかったと思うんです。それが体感を伴って、解像度を高めて理解できるようになったのは大きな変化です。
そして、私にとって大きな学びとなったのが、LFAと連携する子ども食堂でのおばあちゃんとの出会いでした。外資系企業で働いていると、いつもソリューションを提案しなければ、何かを解決しなければというマインドセットがあります。会話にも結論がなければいけないし、ロジカルに話す必要があると思っているようなところがありました。でも、おばあちゃんたちは、結論を急がず、結果を求めず、とにかくそのまま受け入れる。そして心から子どもを褒めるんです。
例えば、ある男の子が味噌田楽の味噌をご飯に乗せたら、「それは絶対に美味しいわね、よく気付いたわねぇ」ってニコニコ笑いながら、全身全霊で褒めたことがありました。ちょっとしたことなのに、本気でおばあちゃんが褒めるから、その子も嬉しそうに「本当に美味しいから、おばあちゃんもやってみな」って誇らしげに笑って。私なんかは「味噌を乗せただけじゃない」と思ってしまいそうだけれど、それでいい。小さなことでいいから、いいところを見つけて、心から褒める。
この包容力、しかも結果を求めていない。あるがままを受け入れて、思ったように行動していいんだと、態度でこどもたちに伝えているおばあちゃんたちの在り方は、私の人生の中でも大きな学びでした。
石神:なるほど、それってビジネスの世界ではなかなか味わえないですよね。
川向:そうなんです。結局、商談だと結論が求められてくる。でも、結論はなくていいし、改善しようとしなくていい。ただそこにあるものを、あるがままでいいと思う心でいる。おばあちゃんたちはそれができるんですね。
石神:確かに。だって誰も傷ついていないし、みんなハッピーなんですもんね。
川向:「成功体験とは」などとつい小難しく考えてしまう。小さな成功体験を積み重ねれば自尊心が生まれるとか。でも、おばあちゃんが毎回そうやって「私は思いつかなかった」「すごいね」「それはいいね」って褒めると、子どもも「そうでしょ」って嬉しくなって、誇らしく思う。そういう触れ合いが毎月あれば、きっと自尊心が育つんです。小手先じゃなくて、大人の在り方自体が子どもに影響を与えることを強く体感しました。
LFAの現場もきっと同じで、子どもたちに誰かが自分の存在をそのままでいいと思ってくれる人がいたら、やりたいこともいずれ出てくる。そのために学びが必要だと思えるようになったら、その子は自然に変わっていく。もちろん学習を教える人たちも必要だけれど、「あなたはそれでいいんだよ」と伝える存在も大切。これが私の10年間の大きな学びですね。
(構成・文・写真:長谷川賢人)