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【寄稿】ユリイカいよわ特集 + こぼれ話

先日発売された『ユリイカ 2024年10月号 特集=いよわ』にインタビューと論考で参加しました。それぞれ「止められない時間の感触」と「多様なボカロ曲――いよわを通して見るシーンのバラエティ」というタイトルです。この記事では告知を兼ねて、原稿についての話や、そこには入れられなかったこぼれ話をささっと書いてみたいと思います。

そもそも、これまで『ユリイカ』のボカロ関連の特集というと、2008年末の初音ミク特集が唯一でした。つまり、約16年ぶりにして2度目の特集がいよわ特集ということになります。依頼のメールが来たときは正直とてもびっくりして、「めっちゃ攻めてますね!!」みたいな返信をしてしまいました。未だ大々的なボカロ特集を行う雑誌がほとんどない中で、いきなり作家個人をフォーカスするのかと。ただ、確かにいよわさんは現行のボカロシーンの(音楽性、ポピュラリティ双方の)規模や深度を象徴する作家の一人だと思いますし、その作家性を様々な角度から深く検討することで、いよわさん、ひいてはボカロ文化の多様な像が立ち現われるのではないかと思い、期待と不安が入り交じるような気持ちで依頼を引き受けました。

私は過去にSoundmainというメディアで「オルタナティブ・ボカロサウンド探訪」という連載を担当していました。オルタナティブな表現を追求するボカロPの方々に制作のことを中心に伺うインタビューシリーズだったのですが、ユリイカの編集さんに是非あのような方向性でやってほしいと仰っていただき、かなり技術的なことを伺うようなインタビューとなりました。勿論それだけではなく、最新アルバムや最新曲「うわがき」(インタビューの前日に発表された!)のコンセプトなどについても伺いまして、結果的にかなり突っ込んだ内容になっていると思います。私自身、「そんなことまで話してくれるのか!」と思ったほどでした。おすすめです。

また、一つ訂正をさせてください。いよわさんが過去に使用していたStudio One PrimeというDAWについて、私が「プラグインが使えないソフト」で「プラグインやエフェクトを使ったサウンドデザインができない」と表現している箇所があるのですが、厳密には「外部プラグインが使えないソフト」で「(付属プラグインが少ないため)プラグインやエフェクトを使ったサウンドデザインがあまりできない」と表現するのが正しいです。そのため、例えば付属のディストーションを使ったサウンドデザインなどは初期のいよわ作品にも多く見られます。文章を勝手に補完して認識してしまい、修正の必要性に気がつきませんでした。大変失礼いたしました。

論考の方はというと、いよわさんがボカロシーンの性質として度々述べる「癖」を受け入れる「多様性」なるものに焦点を当てたものになっています。具体的には、いよわさんの「癖」のある表現と共鳴するようなボカロ曲を取り上げることで、その「多様性」の極々一部を描き出すという方法を採用しています。今回、ユリイカとしては約16年ぶりのボカロ関連特集ということで、(編集部からの要望もあり)その間を補完するように、過去のボカロ曲を中心に論じました。是非とも登場する楽曲を実際に聴きながら読んでほしいなと思っています。

10/12追記:論考で触れた曲のプレイリストを作りました!

今回、事前のニュースではコメントやエッセイを寄稿したボカロP・アーティストの名前が大きく取り上げられ、(いよわさんご本人書き下ろしの表紙も相まって)かなりファンブック的な注目がされていたように思います。正直そこに不安もあったのですが、いざ読んでみると、全体を通してかなり熱量があって、かつ多様な切り口の文章が集まっているように感じました。これならばきっと、読者それぞれの興味関心に対応した記事が見つかるのではないかと思っています。また、寄稿者のnamahogeさんと栞にフィットする角さんとは、互いに情報交換をしながら執筆しました。私の原稿にもやり取りを通して気づいたことが多く反映されているように思います。ありがとうございました。

インタビューや論考の執筆に当たって、いよわ作品をそれなりに聴き込んだわけですが、改めて細かく聴いてみると本当に気になること、驚くこと、変なことだらけでした。(ここまででも思いの外文章が長くなってしまったのですが)折角なので、原稿に入れられなかった話をいくつか並べてみたいと思います。

代表作「きゅうくらりん」(2021)の2番冒頭は音質的におそらく、オーディオをそのまま0.5倍速にして(2倍に引き伸ばして)展開を作っています。しかしDAWで取り込んでみるとぴったり0.5倍というわけではなく、おそらく0.51倍くらいに微妙に速く設定されていることがわかります。つまり、ただでさえピッチやリズムにポップスとして異質なところがあるというのに、マクロなリズムや音質の部分的な劣化といった別レイヤーで、二重三重のズレが発生している。こうしたことが普通に聴いているだけでは気づかないほど、さらっとねじ込まれていて、このポップセンスにはやはり目を見張るものがあるなと思います。

「パジャミィ」(2022)はドラムが中央になく、ほぼ同じリズムパターンが左右で別々に鳴っているように聴こえます。この時点で変なんですが、ラスサビ前(2:26~)において、スネアロールの定位の比重が左から中央に移り変わっていく。途中からセンターのトラックを追加してるのかなと思うのですが、やはり聴き慣れない表現です。

「アプリコット」(2021)や「熱異常」(2022)はトラックのループ感が強くてかっこいい。キーボードに内蔵されたサウンドを使っていることも含めてティンバランドやファレル・ウィリアムス、あるいはそのよれによれたリズムからデリック・メイすら連想し、執筆の参考に聴いてはうんうん唸っていました。「アプリコット」の1:40や「熱異常」の2:55では、それまでのトラックをループしつつ、オーディオをピッチダウンさせています。これに伴う音質の劣化、朧気になって沈んでいく感じがなんともかっこいいです。それぞれインストを聴くとわかりやすいかもしれません(アプリコット熱異常)。

「頬が乾くまで」(2022)は、いよわ作品の中でも穏やかな楽曲――と思わせておいて、メロディの音域はかなり広め。たぶん最低音はBメロのF2で、最高音は2サビのB♭5。つまり3オクターブ半くらい。こういう過度に広い音域や、サビで使用する音域が1オクターブ分ほど上がるような例は、特に初期の作品に見られるように思います。例えば「無辜のあなた」(2019)のAメロの音域はたぶんF2-D4(キーはDm)で、サビはF3-A5(キーはF♯m)。つまり、サビだけで2オクターブ強を使っていて、全体的には3オクターブ強を使っていることになる。高すぎる。

「黄金数(2024 ver.)」(2024)のMVは、ピクセルソートをかけた原曲MVの上に、顔や体にだけ色を塗った透過イラストを重ねています。また、「クリエイトがある」(2024)のMVでは、イラストなどの動画素材に過剰にラスターをかけている。これは最近のAbleton Liveの導入(plug+のインタビューを参照)も併せて、インターネット的(?)グリッチ表現へのアプローチなのかなとか思いました。果たしてこれが今後の作風にも関わってくるのか、いよわさんの今後の活動も楽しみです。

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