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「ボカロっぽいロック」とは何なのか? サウンドパックから紐解くその特徴

音楽制作プラットフォーム・Soundmainのブログに寄稿した記事を、当該サイトのサービス終了に伴い転載。
初出:2022/09/22


Soundmain Storeに「Vocaloid」ジャンルのサウンドパックが新登場。聴いてみるとギターの感じやBPMなど、ロックサウンドをベースに確かに「ボカロっぽい」と感じるのだけど……そもそも「ボカロっぽい」って何なのか? その謎を探るべく、今回編集部ではSoundmain Blogでインタビュー連載「オルタナティブ・ボカロサウンド探訪」も担当している気鋭の書き手・Flat氏に執筆を依頼。そのサウンドの系譜に迫りつつ、新登場したパックの内容についても検証してもらった。

「ボカロっぽいロック」とは何なのか?

「ボカロック(VOCAROCK)」という言葉がある。本来は数あるボカロ曲の中からロック系の楽曲を探しやすくするためのニコニコ動画のタグのひとつであったが、最近ではボカロ歌唱か人間歌唱かに関わらず「ボカロっぽいロック」という意味で使われる例もある。では「ボカロっぽいロック」とは何なのか?

その前に、「ボカロっぽい」という言葉には注意が必要だ。ボーカロイドやそれに類する音声合成ソフトを用いて、然るべきサイトにアップロードさえすれば、音楽性に関わらず基本的に「ボカロ曲」として扱われる。根本的に「ボカロ」は音楽ジャンルとは言いづらいのだ。それゆえ、「ボカロっぽい」という言葉は人によって様々な意味を持つし、一個人の中でさえ複数の見方が存在することもあるだろう。ここではひとまず「影響力のあるボカロPが作り上げたメインストリームの音楽的傾向」という定義を用いることにしたい。この定義では、一般的な知名度を獲得している超有名ボカロ曲であっても、シーン内に類似する音楽性が目立たなければ重要度は低いし、人気はシーン内に留まっていても、大きな影響を与えたならば重要度は高くなる。そうでなければ、「○○(曲名)っぽい」は成立しても「(集合体としての)ボカロっぽい」は成立しないからだ。また、一口に類似する音楽性と言っても、直接影響を受けたわけではなく同時多発的に出てきたり、たまたま類似しただけの可能性があることにも注意したい。そうした意味では、ここで言う影響力とは「その音楽性がヒットする土壌をどれだけ作ったか」という説明が適しているだろう。

以上のように定義した場合、最重要人物としてwowakaが挙げられるだろう。その大きなルーツはNUMBER GIRLやSPARTA LOCALSやPOLYSICSなど、日本のオルタナティブロックやポストパンク/ニューウェイヴ系のバンド。wowakaの音楽は、彼らの影響を感じさせるキャッチーなシンセリフや鋭角なギターサウンド、4つ打ちや裏打ちハイハットといったダンスロック的ビートに加えて、時には200を超えることもある高速BPM、急な跳躍をみせるメロディ、16分音符の早口歌唱が特徴だ。その先鋭性が本格的に開花した「裏表ラバーズ」(2009年8月)は半年余りで100万再生を突破。wowakaの持つ速さ、鋭さ、そしてキャッチーさはその後のシーンに大きな影響を与え、「高速ボカロック」という言葉も生まれた。

同時期にデビューし、度々wowakaからの影響も公言しているハチは、「マトリョシカ」(2010年8月)で明確に高速ロック的なアプローチを導入。ただし、バンドサウンドの基本に則った部分も大きいwowakaの楽曲に比べ、ハチはピッチを揺らしたシンセやマーチングバンドのように連打されるドラムといった混沌としたサウンドが目立つ。wowakaの打ち出した先鋭性に独自のポップセンスを乗せ、高速ロックの流行を推し進めたのがハチだと言えるだろう。

その後台頭したのが、彼らの提示した音楽性を受け継ぎつつ、より過密な表現を行うボカロPたちだ。kemuは、複雑なコード進行や派手なリードシンセ、ヘヴィメタル的な重い音作りのギターなどを導入し、wowakaのリフ主体のシンセロック的な側面をアップデート。この時期の「ボカロっぽいロック」の代表例となった。また初投稿作から映像を著名クリエイターが手がけていることなどからは、ヒットを意識した戦略性が見受けられる。その要となる音楽性に高速ロックが用いられたことは当時のボカロシーンのムードを物語っている。

リアルタイムでの人気はkemuに比べ少し劣っていたものの、トーマも現在の視点から見た重要人物だろう。ハチ的な混沌としたサウンドを、自身のルーツのひとつだというポストハードコアのような激しいギターやドラムと接続。さらにその楽曲展開はBPMや拍子を含め二転三転し、早口歌唱も随所に取り入れられた。DAW上で制作し、ライブなどでの再現性を度外視したからこそ発展したと思われる「ボカロっぽい(と認識されやすい)ロック」に見られる過剰性は、ここで一度ピークを迎える。

こうした高速ロックの潮流は次第に落ち着いていく。それを最も体現しているボカロPが、「透明エレジー」(2013年2月)で注目を集めたn-bunaだ。この楽曲はBPM220という速さに派手なリードシンセと、明らかに高速ロックの流れにある。一方で翌年投稿の「ウミユリ海底譚」は同じく高速のロックだが、これまでの短調優位な「高速ボカロック」に比べ、かなりポップス的な明るさ・爽やかさを持っている。n-bunaはこれ以降もポップス的なソングライティングを継続しながら、次第に音数などトラックの派手さも削ぎ落していく。

こうした爽やかなロックの流れの中から出てきたナユタン星人は、キャッチーなシンセリフや4つ打ちのビート、こぶしを交えた独自のメロディなどを打ち出し、wowaka的なダンスロックに再接近した。また同時期に活躍したバルーンは、ピッチを揺らしたシンセなど旧来の「ボカロっぽいロック」的とも取れる要素を持ちつつも、軽く歪ませた洒脱なギターやクラーベなどラテン音楽のビートを取り入れ、異なる趣のダンスロックを展開した。両者の楽曲はwowakaやkemuに比べ、言葉数やBPMもかなり控えめになっている。

現在のシーンに影響を与えているのがかいりきベアだ。元々はkemu系統のサウンドでヒットを記録していたが、n-bunaのヒット〜ナユタン星人登場のタイミングからはシンプルなバンドサウンドへと移行。徐々にkemuやトーマも行っていた「ギターのオーディオファイルの編集」を推し進める。BPM152のダンスロックナンバー「ベノム」(2018年8月)では通常のピッキングやカッティングに加え、ブリッジミュート、ハーモニクス、グリッサンドなどを矢継ぎ早に繋ぎ合わせ、ひとつのフレーズとして再構築。オーディオファイルを徹底的にサンプルとして編集することで「ボカロっぽいロック」のサウンドを更新した。

今回はすでにシーンに大きな影響を与えたボカロPに絞って記述したが、「ボカロっぽい」という観念を正確に見ていくには、後続のボカロPも追う必要がある。現在人気のロック系ボカロPとしては、稲葉曇煮ル果実ツミキなどの名前を挙げられるだろう。後続がいるからこそシーンに傾向が生まれるし、その連鎖の中で特定の要素が弱体化していくこともありえる。また、後続世代は決して直前の世代のみから影響を受けるわけではなく、過去においては主流を形成しなかったスタイルから、遡って、あるいは間接的に影響を受けることもある。「ボカロっぽい」という観念を今一度定義するならば、「ボカロシーンの(その時・その人にとって)見えやすい場所に目立つ音楽性(の最大公約数)」ということになるだろう。「ボカロっぽい」とは、かなり主観的であると同時に、流動的な側面があるということ、またシーンには必ず「見えにくい場所」が存在するということにも注意したい。

サウンドパックで紐解く「ボカロック」サウンド

ではサウンドパックを見てみよう。筆者が最も特徴を捉えていると感じたのが『POP ROCK』パックに収録されたギターの素材群。実際にこれらを使用したデモを試聴できるが、特に19秒からのループは、バルーンやトーマといったボカロPによるリフとカッティングの絡み合いを想起させる。

ベースの音源素材には、Just the Two of Us進行/丸サ進行と呼ばれるコード進行のルート音をスラップを交えて演奏したものがある(『ANIME POP』収録の「Soundroid_Bass-07_Loop_D_168bpm_AnimePop.wav」や、『POP ROCK』収録の「Soundroid_Bass-05_Loop_150bpm_Bb_POPROCK.wav」)。この組み合わせのボカロヒット曲と言えば、れるりり「脳漿炸裂ガール」(2012年10月)と、みきとP「ロキ」(2018年2月)。特に前者は高速ロックの流行を器用に乗りこなし、ボカロ曲における高速歌唱の代表曲のひとつにまでなった。このコード進行はハチやトーマなども用いていたが、近年のボカロシーンではさらに目立っている印象だ。

また「脳漿炸裂ガール」のイントロのような手数の多いピアノリフもボカロヒット曲に度々見られる。こうしたフレーズは直接的な影響だけではなく、打ち込みの環境下で自然に発生するものでもありそうだ。もちろんこれもサウンドパックではカバーされている(『ANIME POP』収録の「Soundroid_Piano-01_Loop_D_168bpm_AnimePop.wav」や、『Youth Pop Vibes』収録の「Soundroid_Piano-02_Loop_Eb_225bpm_YouthPopVibes.wav」)。

ドラムに関しても、ダンスロック的な4つ打ちやソカのようなパターン(バルーンやkemuらが使用)、ポップパンクのような勢いのあるパターンなど、流行の「ボカロック」にもよく登場するものが用意されている(なお、syudou「ビターチョコデコレーション」やKanaria「KING」など、「ボカロック」文脈の延長にあるとも捉えられる近年のヒット曲に見られるエレクトロニックなビートには『ELECTRO POP』パックが対応している)。

同じようにコード進行も小室進行や王道進行など「ボカロック」に頻出するものが収録されている印象だ。特にギターは実際に演奏するのが未だ主流であり、それ以外の選択肢となればプラグインを購入するか、サンプルを使用するのが一般的(余談だが、上述したナユタン星人はギターを打ち込んでいることで知られる)。ただし、プラグインには高価だったり複雑なものも多く、サンプルは目的のフレーズを探しづらいという問題がある。その際にはこうした「ボカロック」ライクなサウンドパックがあれば、作りたい音楽への近道になるかもしれない。

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