虻瀬犬 インタビュー カオティックで異国情緒薫るサウンド、ボカロだからこそ描ける「人間ではない」モノたちの世界
このインタビュー記事は、音楽制作プラットフォーム・Soundmainのブログで連載されていた『オルタナティブ・ボカロサウンド探訪』を、当該サイトのサービス終了に伴いインタビュアー本人が転載したものです。
初出:2022/12/14
2007年の初音ミク発売以来、広がり続けているボカロカルチャー。大ヒット曲や国民的アーティストの輩出などによりますます一般化する中、本連載ではそうした観点からはしばしば抜け落ちてしまうオルタナティブな表現を追求するボカロPにインタビュー。各々が持つバックボーンや具体的な制作方法を通して、ボカロカルチャーの音楽シーンとしての一側面を紐解いていく。
第7回に登場するのは虻瀬犬。2018年、高校に入学した年から歌声合成ソフト・UTAUを用いた音楽活動を始め、翌年からは主にボーカロイドを使用した楽曲を発表。ロックやポップスを軸に不協和音や民族音楽の要素を取り入れた独自の作風は、その妖しさとカオス、力強さをもって国外でも支持を集めている。現在は先だって詳細が発表されたコンセプトアルバム『カルマーダルマ』の制作のほか、小説の執筆やMVの制作など、多岐にわたる創作活動を展開。今回のインタビューでは現在の作風にも通ずる幼少期の原体験や、注目される今後の活動の展望についても語ってもらった。
アルバム『カルマーダルマ』収録予定の既発曲を集めたプレイリストが公開中
初めてのオリジナル曲は楽譜で
音楽遍歴と、特に影響を受けたと感じる音楽を教えてください。
初めて自発的に聴いた音楽はASIAN KUNG-FU GENERATIONでした。中学生の頃に実家にあった『君繋ファイブエム』と『ファンクラブ』というアルバムにハマり、そこから邦楽ロックも聴くようになりました。
でも、今思うと小学校に上がる前から親の影響で聴いていた音楽の影響も大きいと思います。母方の家系は音楽一家で、母親は音楽大学の出身だったし、祖母は山形系民謡の歌手をやっていました。母親が車の中で好きな音楽を流していたんですが、フィッシュマンズや電気グルーヴなどの90年代下北沢系、Perfumeなどの最新ポップスもあれば、「アヴェ・マリア」などクラシックの歌曲もあって、色んな音楽が乱雑に流れていて。
また、お経の印象も強いです。父方は歴史のある家系で、お盆の時期になるとお坊さんがお経を読みにきたり、精進料理を振る舞ってもてなしたりしていたことを覚えています。僕の誕生日が8月16日ということもあって、誕生日には必ずお経を聞いていたので聞き馴染みがありますね。高校受験の頃はチベット仏教のお経を聞いて勉強していました。
子供の頃からいろんな色々な音楽に触れていたんですね。
そうですね。父親に関してはX JAPANなどのメタルや洋楽のロック系を聴いていたこともあって、その影響もあって自分も音楽ジャンルに関して固執することは少ないと思いますね。
以前「今月のお気に入り曲」としてSNS上で言及されていた中には、Galileo GalileiやPhoebe Bridgersなど、いわゆるインディー・ロック系のアーティストもいて少し意外に思いましたが、「デゴー」を聴くと近い雰囲気を感じます。
「デゴー」(2022年投稿)
おそらくGalileo Galileiは一番聴いていると思います。『Sea and The Darkness』というアルバムが大好きで、特に印象深いのは「ゴースト」という曲ですね。目立つような曲じゃないし、リズム・メロディー・コード進行を一つひとつ見てみても珍しいものはないんですが、全部が組み合わさるとこんなにすごいものができるんだと驚きました。空気感の表現が上手いし、洗練されているなと思います。
Phoebe Bridgersは『Punisher』というアルバムが好きで、特に去年は何度も聴いていました。インディー・ロック系の音楽は目立つようなものじゃないし、それこそ流れていくような音楽なんですが、それこそが好きでよく聴きます。
自身の作風に影響を与えたと感じるアーティストはいますか?
明確に一人には絞れないですね。曲ごとに見ていくと、これを作っていた頃はあのアーティストをよく聴いていたから影響を受けているなとわかるんですけど、総括してみると要素が多すぎるなと思います。乱雑に聴いていた色んな音楽の断片をかき集めて作っているような感じですね。「蛇」という曲に関してはDr. Dreの『2001』を聴いてアイディアが浮かんできた曲ですし。
「蛇」(2022年投稿)
音楽制作を始めたきっかけ、ボカロPを始めたきっかけを教えてください。
きっかけは『メイドイン俺』というゲームの中にあった作曲機能です。好き勝手に音を並べて楽しんだり、教科書に載っている童謡を打ち込んだりしていました。もともと何かを作ったり一人遊びをすることが好きで、家の模型を作ったり小説を書いたり、折り紙にもすごく凝っていましたね。音楽制作もその一環でした。
小学生の高学年あたりから自宅にあったピアノを弾くようになり、中学生になると下手なりにも楽譜を見て弾けるようになったので、合唱コンクールでピアノ伴奏も担当するようになりました。その後は聞こえてくる音楽を耳コピで再現して楽しむようになって、作曲のやり方も感覚的に学びました。
オリジナル曲を初めて作ったのは中学2年生のときで、DTMではなく、「MuseScore」という楽譜作成ソフトを使って書きました。楽譜が手元に残っていたので最近弾いてみたんですけど、音楽理論のことなんて全く考えていないし、まるで打楽器のように鳴らしているので、とにかく弾いていて気持ちいい曲を作りたかったんだなと思います。中にはロシア系のラフマニノフとか、北欧系のシベリウスとか、その土地の風俗やパワーを感じるような曲に影響を受けたものもありましたね。
そして4年前、高校に入ったときに機材を買ってもらって、DTMで音楽を作るようになりました。その頃は邦楽ロック全般、またSum41やblink-182などパンク方面をよく聴いていたので、ロックな曲を作っていましたね。それにバンド活動も始めたので、バンド向けに作ったデモ曲を友人に共有するためにYouTubeも使うようになって。デモ曲を歌わせるために、UTAUの重音テトを初めて使いました。
当時の投稿者名は「ハタケン」というものを使っていて、今でもチャンネルを遡れば聴けるようになっているんですが、友人以外の人からも少しずつ反応がもらえるようになったので、虻瀬という名義に変えました。その前後でボーカロイドを買ったと記憶しています。ボーカロイドを使った理由は、ちゃんと録音できる良いマイクを持っていなかったし、自分の歌があまりうまくなかったから。小さい頃から兄にボカロ曲を聞かされていたのでボーカロイドについてはなんとなく知っていたんですが、自分でボーカロイドを使うようになってから自発的に色んなボカロ曲を聴くようになりました。なので、ボカロPになろうと思ってなったというよりは、流れでなったという感じです。
不協和音とストーリー重視のスタイル
歌モノを作る際の自然な選択肢としてボーカロイドがあったということですね。ハタケン名義の初期曲は叙情的なロック/エレクトロニカといった趣でしたが、虻瀬名義になってからの数作はハイテンポなギターロックを制作されています。それぞれの時期で意識していたこと、またその経緯について教えてください。
ハタケン名義の頃はハイテンポの曲が作れなくて悩んでいたんですよね。試しに作ってみても音に満足できなくて、公開できる作品として完成させることが出来なかったんです。当時はインディー・ロックみたいな長いストロークの音楽が好きで真似していた時期でもあるし、バンドとしてちゃんと演奏できる音楽であることも意識して作曲していたから、エレクトロニカやギターロックみたいなところに着地していたんだと思います。
「あのクジラは極悪人」(ハタケン名義で2019年投稿)
虻瀬名義になってからは、友達に聴かせて内輪で盛り上がるだけじゃなくて、ちゃんと人に見せられる作品を作ろうと思いました。やるからにはバズって売れるような強い曲を書きたいなという気持ちがあったし、友達から「ゆっくりな曲しか作れないの?(笑)」とからかわれたこともあって、ハイテンポな曲にもチャレンジしてみたという感じですね。
御掃除しましょ(虻瀬名義で2019年投稿)
虻瀬名義以降は一見すると違和感のある音や不協和な音をよく曲に使われています。このような表現を取り入れた理由や、影響を受けたものなどを教えてください。
曲を作る際、即興でピアノを弾いて良さそうなフレーズを見つけたらそこから膨らませていくという作り方をしているんですが、弾くのがあまり上手くないからミスタッチがところどころに出てしまうんですよね。だけどそれを許容して作っているし、それに一つの調のなかで自由に動ける範囲から一瞬逸脱する行為を意図的にやっているので、即興性みたいな感じも出ているのかなと思います。そうした部分が不協和音や違和感を覚える箇所になっているんじゃないかなと思います。
ストーリーや世界観を重視されている印象です。虻瀬犬さんの曲において、ストーリーと音楽性にはどのような関係性があるのでしょうか?
もともと、物語を考えたり妄想したりするのが好きだったので、中学生の頃はずっと小説を書いていたんです。音楽を作っている際も、時間があれば小説を書きたいなとずっと考えていました。音楽も小説も川のように流れのある表現方法なので、もしかしたら相性が良いかもと思って、どっちもやってしまえば良いという気持ちで作り始めました。そうしたら曲に対するモチベーションも解像度も上がったので、思った以上に相乗効果を感じましたね。なので、世界観を重視して作っているというよりは、自然とそうなったんだと思います。
虻瀬の「瀬」の字は、実家の近くにある広瀬川から拝借したんです。音楽にしても小説にしても、川のように上流から下流へ、あるがままに流れていくようにしたいと思って作っています。
物語の内容によって音楽性や曲調が変わることはありますか?
ありますね。曲を制作する段階で舞台を具体的に想定することが多いです。たとえば今年リリースした『猿蛇』は香港の九龍城砦や香港映画をイメージしていて、「猿」は『ドランクモンキー 酔拳』を、「蛇」は『スネーキーモンキー 蛇拳』から影響を受けています。実際に香港に行ったことはないけど、僕がイメージする香港はこうだなというイメージで作りました。
また2019年から作っている、いずれ『カルマーダルマ』というアルバムになる予定のシリーズがあるんですが、こちらは様々な異国の場所を舞台にした曲が集まっています。最初のほうの曲はスイスのラウターブルンネンという、めちゃくちゃデカい谷間にポツポツと家があるような場所をイメージしていて、音も西洋と東欧の雰囲気が混ざったようなものになっています。今後出る予定の楽曲はアリゾナ州やパンパ、パタゴニアに対する憧憬のイメージが強くて、結果的に今まで触れてきたポップミュージックと異国への憧憬と自分のモラトリアム期にあった様々なことの集大成のような形になっています。
世界観を設定してそのイメージに合うように音楽を作っていくというやり方は最初の頃からやっていたのでしょうか?
最初の頃はやっていなくて、『カルマーダルマ』を作り始めてからだと思います。物語というものは情報の密度が高いから、1曲だけでそのすべてを表すことはできない気がしていて。小説では状況を詳しく書けるけど、それに対して音楽はどうしてもある一文を切り出すような感じで表現することになるので、物語の設定や流れを説明せずに音楽として成り立たせるように作っています。それに、音楽が物語を説明するための道具になってはいけないなと心がけています。
『カルマーダルマ』はファンタジーな世界観なので、音楽があるからこそ表現できたストーリーだと思うんですが、次に書こうと思っている小説はリアル志向なので、音楽と小説を分離してみるのもありかなと考えています。
『カルマーダルマ』収録曲以降ではより広い音楽性を志向されている印象ですが、物語を意識して音楽を制作するという方針になったことが要因でしょうか?
「親愛なるあなたは火葬」から音楽と物語を組み合わせたスタイルになっていますね。それ以前はアルバムの曲として曲を作るというよりは、何も考えずにとりあえず曲を作るという感じでした。アルバムは地域性が固まっているコンセプトアルバムみたいな感じで作り始めたので、これまでの焼き増しみたいな曲は作りたくなかったんですよね。それぞれの曲で違うことをしようとした結果、色んな音楽性になっているんだと思います。
「親愛なるあなたは火葬」(虻瀬名義で2019年投稿)
カオスな音の生み出し方
制作環境について教えてください。
PCは兄が組み立ててくれたDellのPCを使っています。オーディオインターフェースはSteinberg UR242で、付属していたCubase AIを使ってしばらく制作していました。高校卒業後くらいにCubase Pro 11を買いましたね。スピーカーはMACKIE の CR3-XBTで、ヘッドフォンはaudio-technica ATH-200AVを10年ほど使っています。マイクはAKGのC214で、結構きらきらした音が録音できるマイクですね。あとはMIDIを打ち込む用に電子ピアノのCASIO PX-130があります。
プラグインは定番なものを使っていて、KONTAKT、Waves Platinum、Addictive Drums、Trilian、Ivory、あとは民族楽器音源のETHNO WORLD 6 COMPLETEも持っています。サブスクではSpliceと、EastWestのブラス音源やオーケストラ音源などをよく使っています。以前は無料の音源をよく使っていて、Ample Bass P Lite やAmple Guitar M Liteなどを使っていました。他にはMNDALA のDeath Whistleという気持ち悪い笛の音が鳴る音源や、雅楽の笙の音源も持っています。笙の音源は「ワンワンワンダラー」で一度使ったきりですね。
「ワンワンワンダラー」(2022年投稿)
イコライザーでよく使っているのはWavesのもので、EQ ローカットに eMo F2 FIlterを、それ以外の用途ではQ10 EqualizerやQ8 Equalizerを使っています。リバーブはRenaissance Reverb、ギターにディストーションをかけるときはCLA Classic CompressorやGuitar Rigを使っています。仮マスタリングにはOzone 9を使っていて、またWaves CenterでMS処理をやったりもしています。iZotope Vinylは音を「もにょん」とさせたいときに使っていますね。コンプレッサーはL2やH-Compを使っています。
楽曲によって違うとは思いますが、普段どのような手順で音楽を作っているのでしょうか?
基本的には先ほども少し話した通り、ピアノを即興で演奏する中で良いフレーズを見つけたらそこから膨らませていくという作り方をしています。最近はギターを触り始めたので、コードから作ることもあります。ビートから作る時もあって、その場合、まずサンプリング音源を入れたら次にビートを乗せて、それに合わせてピアノを弾いてセッションしてみて、いい感じのものができたら完成まで持っていくという感じです。例えば「蛇」はビートから作った曲です。
気持ちがノるというか、「このまま完成まで持っていけそうだな」と感じたら最後まで作っちゃうんですけど、上手くいかないときのほうが多いです。途中で違和感を覚えたら一旦立ち止まって、ノートに構成を書き出して俯瞰して見てみたりしています。それに長いスパンで作ってしまう癖があって、曲を作っていて行き詰まったら1年ほど放置することはざらにあります。同時制作している作品を5~8曲ほど抱えていることはよくありますね。
最近は雑味を取るというか、不要だなと思った音を徹底的に消して必要な音を目立たせる作り方になってきました。できるだけ要素を少なくしたいというのが最近の目標です。
曲中に挟まれるカオティックな加工・編集が特徴的ですが、取り入れたきっかけや制作方法などを教えてください。
曲ができて、2mixデータを書き出した段階で無理やり短くするといったことをしちゃうんですよね。たとえば「婚祭」はもっとゆっくりな曲だったんですけど、最後の最後で短くして、なおかつ「移調したいわけではないけど、雰囲気を明るくしたい」と思う箇所があったらそこだけ少し音を高くして、逆に暗くしたいときには低くするといった調整をしてからマスタリングしていて。「この曲だったらそういうことをしても良いな」と思ったら、そういう加工を最後にやったりします。他にも、変なところで音を消してみたり、逆にガンっと音量を上げてみたり。
「婚祭」(虻瀬名義で2020年投稿)
「婚祭」では一度書き出した2mixデータの全体の長さを縮めた後、音の高低を部分的に微調整するという工程を経て完成させている(動画前半が元データ、後半が微調整を経て実際に使用したデータ)
ただ、こういう変な作り方にリファレンスがあるわけじゃなくて、「面白そうだからやってみた」というのに近いです。曲を作る行為自体が好きなので、完成して聴いたあとはどうでも良くなりがちなんですよね。頑張って作ったものをグチャッと壊してみたら気持ち良いなって感じたのが最初のきっかけで、その快感を求めてカオティックな編集をすることがあります。
他には「YELLOW PAPA」は小節単位で0.5倍速にしたり2倍速にしたり、意味がわからないぐらいにぐちゃぐちゃにした曲です。
「YELLOW PAPA」(『作品集 虻瀬』収録)
「YELLOW PAPA」0:07以降の部分(先にフレーズを作り、そのオーディオデータを2小節分は等倍、その後の2小節は2倍の速度にして使用している)
「シンジュク・ジャック」は狂気をテーマにした曲なので、もっとひどいことをしていますね。2mixデータの一部分を逆再生にしてみたり、最後のノイズミュージック的なところは2mixデータを切り貼りしたり無理やり移調したりを何度も繰り返して構築しています。
「シンジュク・ジャック」(虻瀬名義で2020年投稿)
「シンジュク・ジャック」3:57以降の部分(動画前半:元の2mixデータ / 動画後半:同じデータを切り貼りしたり、無理やり移調した実際の使用データ)
民族音楽の導入ポイント
いわゆる民族音楽の要素をよく取り入れられている印象です。リファレンス元やその経緯などを教えてください。また、使用楽器/プラグインや具体的な制作方法なども教えてください。
旅行をすることが好きなので、異国の雰囲気を味わいたくて民族音楽や楽器に興味を持ちました。これまで色んな民族楽器を使ってきましたけど、その楽器が生まれた国や風土ではなく、あくまで音色や空気感で選択しています。音源はETHNO WORLD 6 COMPLETEをよく使っていて、「花戦争」や「藝術」では中国の二胡、「ワンワンワンダラー」ではトルコのサズ、「太陽様」ではインドのエスラジ、「ユダ」ではバグパイプを使っています。また、「蛇」ではSpliceにあるアルメニアのウードのサンプル、「婚祭」ではKONTAKTのWest Africaのドラムループを使いました。
「花戦争」(虻瀬名義で2020年投稿)
「藝術」(虻瀬名義で2020年投稿)
「太陽様」(虻瀬名義で2020年投稿)
「ユダ」(虻瀬名義で2020年投稿)
特に好きな民族音楽はありますか?
やっぱりお経ですね。チベット仏教でお坊さんがたくさん集まって同時にお経を読み上げている音声とか、グレゴリオ聖歌などの昔の宗教歌とか。でも、メロディーや歌詞が好きで聴いているとかではなくて、馴染みがあって流れているものという感じです。他にぱっと思い浮かぶのはフィドル奏者のJohn Dohertyという人の音楽で、打楽器のようなリズムを感じるので好きですね。
民族音楽を取り入れる際に楽器だけじゃなくて音階などは意識しているんでしょうか?
具体的に意識したことはまだないと思います。高校3年生のときに楽典を勉強して民族楽器や音階などに触れたので今後の作曲に活かそうかなとは思いましたけど、それ以前は曲との相性が良いなという視点でのみ楽器を選んでいたので、楽器そのものに造詣が深いわけじゃないんです。なので、実際にその楽器を弾いてみないとわからないと思います。
ヴァイオリンや二胡など、ポルタメントを多用した使い方をよくしている印象がありますが、これについて教えてください。
iZotope VinylにあるSpin Downという機能を使って無理やり「ヒューン……」と音を下げたりしています。音が下がっていく音ってまさに落ちていくような音に聞こえるので、好きなんですよね。今はサンプリング音源を加工していますけど、いずれは実際に楽器を弾いて表現してみたいです。
他の人はこんな作業や機材の使い方はしないだろう、というような工程はありますか?
面白い作り方をした象徴的な曲は「ikill」だと思います。後ろを振り返らないで作ろうというコンセプトで、まず発声したい音を入れたら次は異なる感じに変化させて、このタイミングで現在時刻を入れたら面白いかなとか、作曲遊び・ライブみたいな作り方をしたんですよね。こういう作り方をやってみたらすごく面白かったし、流れに身を任せる感じが自分に向いているなと思いました。
「ikill」(『犬よ、叫べよ、家畜共。』収録)
制作にDTMを導入して半年はエフェクターという存在に気が付かなかったし、3年ほどはローカットという概念についても知らなかったんですよね。説明書を読まずに使ってきたので、もしかしたら誰もやっていないようなことをしてきたのかもしれないです。それこそ「神様、俺を、怪物を。」でボーカルにコンプレッサーを三重にかけるような、ご法度みたいなことですね。でも、音像としてはちゃんと聞けることを意識していたので、破綻したことをやっていても全体の調律が合うように感覚的にバランスをとっていました。
「神様、俺を、怪物を。」(虻瀬名義で2019年投稿)
最新作の「蛇」について改めてお訊きしたいです。特殊な展開をする曲ですが、どのように作っていったのでしょうか?
先ほども言ったようにまずビートから作り始めたんですが、その時点でメロディーや最後に激しいギターパートを入れることが決まっていたんですよね。人が聴いたらなんじゃこりゃと思うような構成に見えて、実はAメロ→Bメロ→Aメロ→Bメロ……の単純なものなので構成には困らなかったです。メロディーに関しても、一番静かなところと激しいところを同じメロディーにしていて、そういう対比もやってみたかったことです。
あと、「蛇」はこれまでの曲の中で最もライブ感を無くした曲だと思います。これまでは作っていて楽しいものを作っていたけど、「蛇」は自分が聴きたい音楽を作った、その第一歩的な曲です。
今後はそういう方向性に進む可能性もありますか?
そうですね、虻瀬犬としてはそういう方向になるかもしれないです。
最近バンドを組んだんです。もともとバンドが好きだったということもあるんですけど、ずっと一人で音楽を作っているとストレスが溜まってくるので、同業者がほしいなと思って。どういう活動をするかはまだ決まっていないですけど、とにかくセッションするのが気持ち良いので、曲を作る気持ちよさの部分は今後バンドのほうで満たしていくようになるのかなと思います。
「人間じゃない」テーマほどボーカロイドがハマる
ボーカロイドのことはどのような存在として認識していますか?
ヴァイオリニストがヴァイオリンを奏でるように、ボーカロイドを奏でているような感覚なんですね。これまでニコニコ動画の文化に傾倒してこなかったし、ボーカロイドの文脈を汲み取った上で使っているわけでも全くないんですけど、先陣を切って活躍していた人たちがいたんだなという凄みは漠然と感じています。今となっては普遍的になってきたというか、音楽を扱う者としてもちろん知っているでしょうくらいの存在になっていて、すごいなと思いますね。ボーカロイドを使おうが肉声を使おうが自分にとってはどちらも音楽なので、そこに音楽的な隔たりはないんですけど、ボーカロイドを使うからにはそれに合う音像を作りたいなと思っています。
ボーカロイドに合う音像はどういうものだと考えていますか?
それこそカオティックな編集はボカロだからこそできると思います。肉声では表現できないような音の高低や質感じゃないと、「シンジュク・ジャック」や「婚祭」みたいな曲にはハマらない。『カルマーダルマ』に登場するキャラクターが人間ではないのは、「人間ではない」ものを曲のテーマにしたときにボーカロイドの威力が最も高まると感じるからという理由もあります。
ボーカロイドを用いるメリットについてはどうでしょうか?
好きにいじれるし、作れるものの幅がすごく広がりますね。それに自分みたいにボーカルを録音する場所がなかったり、録音する資金や機材、ボーカリストの方とのつながりがなかったりする人でも歌モノが作れるので、音楽を作るハードルがすごく下がったなという印象です。自分が始めた数年前と比べても、ボカロ曲を作って投稿している高校生とかすごく増えましたもんね。
特に好きなボカロPや、最近注目しているボカロPを教えてください。
印象深いのはくるりんごさんですね。「天国からの没シュート」という曲がすごく好きだったんですよ。すでに活動を引退されていて、動画も全て削除されていてもう観られないんですけど、「歌ってみた」とかでたまに聴いたときは嬉しくなります。くるりんごさんの曲を聴いていると頭にMIDIが浮かんできて、こうやって作っているのかなと予想できるんですけど、どうやっても作れない個性があるんですよね。リファレンスとまではいかないですけど、音作りやストーリーに関して影響されているなと思います。
最近好きなのは、いっしょに「ワンワンワンダラー」を作ったべちべるさんです。イラストレーターとして活躍している方なんですけど、アニメーションも描けるし、音楽関係の大学に通われていたようで、音楽も作っているんです。
べちべるさんは音楽を分析的に聴いている人で、「ワンワンワンダラー」の制作期間中にも音楽理論などを参照しながら意図を説明してくれたので、理論を学んでこなかった僕にとってはすごく興味深かったです。中でも「明日のフォークロア」という曲は音階が特殊だし展開も面白い、それに内容は長塚節の「土」という小説を参照していたりと、色んな要素が詰め込まれているので面白い発見がたくさんあります。
そしてもう一人が荒木若干さんです。ボカロで曲を作り始めた頃に、はじめにちゃんと聴いたのが荒木若干さんの曲で。「逆さま」「夕景に礼を」の2つがすごく記憶に残っている曲で、ハタケンの頃の作風は結構影響されていると思います。生々しいギターの音や重音テトの声のスタジオ感が好きなんですが、自分が考える「流れの中にある音楽」というものに一番近いと思います。
ボカロシーンやボカロカルチャーのどのような部分に面白みを感じていますか?
最近気になっているのが、日本のリスナーと海外のリスナーのボカロに対する認識の違いです。Spotify For Artistsで調べると、自分の場合海外リスナーのほうが多いんです。YouTubeのコメントの傾向にも違いがあって、日本のリスナーは曲全体について言及しているけど、海外リスナーはボカロのチューニングなど技術的なコメントが多い。もともと国内で起きたムーブメントだから認識には違いがあって当然だと思うんですけど、僕のリスナーに海外の方が多いのは、カルチャー的な側面を無視したスタンスで活動しているから、結果的に海外の方とボカロというものに対する認識が近くなったのかなと思います。日本で再生数が振るわないのも文脈を無視しているからなのかなと考えていますが、それに対して不満は持っていないですね。
今後の展望
制作中のアルバム『カルマーダルマ』は先にタイトルなどが公表され、リアルタイムに曲が発表されていく珍しい形態です。このアルバムについて、またアルバムというフォーマットに対する考えについて教えてください。
『犬よ、叫べよ、家畜共。』というアルバムを出してすぐの頃に『カルマーダルマ』の企画を考え始めました。それまでは発作的に作っては投稿するというを繰り返していたんですが、制作方法がある程度固まって余裕を持って作れるようになってきたので、次はしっかり練ったアルバムを作ってみたいと思ったんです。コンセプチュアルなアルバムになることは確実だったので、先に収録曲の名前を公開した方がリスナーにとっても面白いんじゃないかと思いました。新連載が始まったようなわくわく感が出るし、曲同士の関係性もわかりやすく提示できるんじゃないかと思って。
アルバムという形態はすごく好きですね。1曲だけでは表現できないものでもアルバムなら表現できる。点が線になって、面になって、立体になって、さらに上の次元を表現できる……みたいな。最近の作品だとPhoebe Bridgers『Punisher』やMogwai『As The Love Continues』は、アルバムであることの凄みが表れている作品だと思います。
『カルマーダルマ』のようなストーリーのある作品はアルバムと相性がいいですよね。
そうですね。でも、コンセプチュアルになりすぎると抜け出せなくなるジレンマがあると感じているので、次はもっと自由なアルバムを作ってみたいです。『カルマーダルマ』のように魅力的なポイントが一目瞭然というアルバムじゃなくて、言語化は難しいけど聴くほどに魅力がわかるようなアルバムも作りたいですね。
ご自身でイラストや映像を手掛けるほか、2019年には小説『カルシと老人』も発表するなど、広い分野で活動されています。今後の活動の展望や、創作を通しての目標を教えてください。
直近の目標としては最近始めたバンド活動を継続させたい、今考えている小説を完成させて賞に応募してみたい、虻瀬犬としての新しいアルバムの構成を考えたい、の3つがあります。長期の目標としては、作品に説得力が欲しいですね。「おれがいるぞ」ということをアピールしていきたいし、一方で一人で突っ走っている感じもするので、一緒にやりたいことを実現してくれる人を見つけたいです。いずれにしても、気持ちよく楽しくやることはずっと忘れずにいたいですね。
取材・文:Flat
編集協力:しま
虻瀬犬 プロフィール
YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCrqjICHRpb9PrQxC8D2eIBA
TuneCore
虻瀬: https://www.tunecore.co.jp/artists/Abuse?lang=ja
虻瀬犬: https://www.tunecore.co.jp/artists/Abu-Se-Ken?lang=ja