アメリカ民謡研究会・Haniwaインタビュー 合成音声×ポエトリーリーディングで紡がれる、唯一無二の作風の根源に迫る
このインタビュー記事は、音楽制作プラットフォーム・Soundmainのブログで連載されていた『オルタナティブ・ボカロサウンド探訪』を、当該サイトのサービス終了に伴いインタビュアー本人が転載したものです。
初出:2023/03/07
2007年の初音ミク発売以来、広がり続けているボカロカルチャー。大ヒット曲や国民的アーティストの輩出などによりますます一般化する中、本連載「オルタナティブ・ボカロサウンド探訪」では、そうした観点からはしばしば抜け落ちてしまうオルタナティブな表現を追求するボカロPにインタビュー。各々が持つバックボーンや具体的な制作方法を通して、ボカロカルチャーの音楽シーンとしての一側面を紐解いていく。
第9回に登場するのは「アメリカ民謡研究会」の名義で活動するHaniwa。2014年の活動開始以降、実験的なコンセプトと鋭いサウンドを特徴とするロックナンバーを立て続けに発表。2019年からは一転してローファイ・ヒップホップやエレクトロニカの要素を取り入れた静けさが印象的な楽曲を発表している。またVOICEROIDなどの読み上げソフトを用いたポエトリーリーディングも大きな特徴のひとつ。最近では同期やコントローラーを駆使し、生演奏と合成音声によるライブをVR上で行うなど、より広範囲にわたって活動を展開している。
今回のインタビューではその活動の変遷を追うとともに、大学時代の部活「アメリカ民謡研究会」から受けた影響やポエトリーリーディングという手法を選んだ理由、愛用する合成音声やAIの進歩に対する考え方などについて語ってもらった。
「アメリカ民謡研究会」とは?
音楽遍歴について、まずは幼少期から教えていただけますか。
小さい頃からゲームが好きだったので、最初に好きになった音楽もゲーム音楽でした。『クロノ・トリガー』や『ファイナルファンタジーVII』などのBGMが特に好きでよく聴いていましたね。ポップスにはあまり興味が湧かなくて、特定のアーティストの曲を気に入って聴くということは少なかったです。
活動初期の頃の作風はロックがメインでしたが、そういった音楽にはどのように触れてきたんでしょうか?
高校の頃に友達に誘われてバンドを始めたのがきっかけです。バンドではベースを担当することになったんですが、そのあたりの話が、一番最初に投稿した「ギターと騙され弾いたら四弦」という曲の元になっています(笑)。
アメリカ民謡研究会 – ギターと騙され弾いたら四弦(使用ソフト:VOCALOID 初音ミク)
高校卒業後は愛知県の南山大学に入り、現在の活動名の元となっている「アメリカ民謡研究会」という音楽系の大学公認の部活に所属してベースを弾いていました。「コピーではなく、オリジナルの曲を発表しなくてはいけない」という方針があって、これがすごく大変だったんですが、同時に「オリジナルならどんな音楽でも認める」という文化もあったんです。そこで様々な音楽を自由に作ることができたのが、今の自分の作風に繋がっていると思います。
ロックと言っても、Haniwaさんの作る楽曲にはたとえばポストハードコアやノイズロックなど結構マニアックなジャンルの要素を含んだものが多いと思いますが、そのような音楽は熱心に聴いていたんでしょうか?
何しろそれまでゲーム音楽ぐらいしか聴いていませんでしたから、今おっしゃられたような音楽はほとんど「アメリカ民謡研究会」で教えてもらいました。当時教えてもらった中では、My Discoというバンドが特に衝撃的でしたね。演奏の要素を極限まで減らして、同じフレーズをずっと繰り返すというバンドなんですけど、たとえば5分ぐらいある尺の中、演奏の内容が違うのは数拍だけ、という曲があるんです。ライブを観に行ってこの曲を生で聴いたとき、こんな音楽が許されて良いのかと、自分の中の常識が変わりましたね。
「アメリカ民謡研究会」という名前を自身の活動名に用いた理由を教えてください。
「アメリカ民謡研究会」での経験は僕の音楽のすべてと言っても過言ではなく、ものすごく大切に思っているんです。この部活に所属していなかったら、音楽をこれほど好きになることはありませんでしたし、現在のような音楽を作ることはできませんでした。そこで、この名前を広く知ってもらうために活動名にしました。
また、この部活の名前の由来を知りたいという理由もあります。一説によると学生運動全盛期、「フォーク研究会」を設立したいと大学に申請を出したところ、当時フォークが不良の代名詞のような捉え方をされていたこともあり申請が却下されたので、「アメリカ民謡研究会」という名前にした……という経緯らしい。でも、これも伝説みたいな話で、本当かどうか定かではないんです。僕がこの名前で活動を続けていれば、いつか名前の本当の由来を知っている人と会えるかもしれないなと。
ちなみに、この名前の部活はどうやら全国に複数あるみたいです。違う大学の「アメリカ民謡研究会」の方にも会ったことがあります。
ボカロPを始めたのにはどのようなきっかけがあったのでしょうか?
音楽の投稿を始める以前からニコニコ動画のことがめちゃくちゃ好きで、それこそYouTubeから引っ張ってきた動画ファイルにコメントを付けられるサイトだった時代から観ていました。その後、初音ミクが発売されて。最初の頃はカバー曲や初音ミクのアイドル性に重点をおいた電子的な音楽が多く投稿されていたと思うんですが、そうした音楽をリスナーとして楽しみつつも、自分ではこういう音楽は作れないなと感じていました。
そして2014年頃、『カゲロウプロジェクト』が盛り上がっていた時期にはシーンの中心がバンドサウンドになったというか、ギターとドラムとベースでやる音楽が増えてきて、これだったら自分も作れるんじゃないかなと思ったのが、投稿を始めたきっかけです。
ただ、いざ投稿してみたら全然再生されなくて本当にびっくりしました。『メルト』や『千本桜』などの有名な曲ばかりを聴いていたので、自分も投稿したらまずは10万再生ぐらい簡単に行くかなと思っていたんですが、1作目は1ヶ月経っても100再生に届かないくらいで。一方で、そうやって投稿して初めてボーカロイドという音楽の多様性に気付くこともできて、ここはすごく面白いシーンだなと感じました。
その後、活動初期から2018年頃まではロック中心の音楽性でした。中でもコンセプトに基づいた制作方法や、音楽の構造をメタ的に扱うような楽曲が目を引きます。
歌ものの音楽をほとんど聴いてこなかったこともあって、Aメロ・Bメロがあってサビに入っていくような構成の音楽が全然作れないんです。「アメリカ民謡研究会」で音楽を作るときにも、とにかく自分の好きな音を鳴らしたり、面白そうな音が鳴ったものを「これは音楽です」と言い張って演奏していました。
それでもニコニコ動画に投稿した1曲目は、メロディーや展開を自分なりに意識して作ってみたんです。ただ、投稿したあと改めてボーカロイド音楽を見渡してみたら、本当にあらゆる音楽があったので、それなら「アメリカ民謡研究会」の方式でも大丈夫なんじゃないかと思うようになり、現在に至っています。
ポエトリーリーディングと、小説や詩からの影響
ルーパーなどのエフェクターを使ったり、音割れをファズの一種として使ったり、円周率に従ってみたり、色々な実験的と言える手法を試されていますよね。
大学の部活で僕が組んでいたバンドはベース2人にドラム1人の編成で、ギターとボーカルがいなかったんです。この編成だと高い音を鳴らせないし、ボーカルがいない分マンネリ化しやすいところもあったので、僕のベースにルーパーを使ってフレーズを重ねたり、ベースにあえて細い弦を張って、ピッチシフターやディストーションを使ったりと色々なことをやっていました。そのスタイルをボーカロイドに持ってきた感じです。
「四弦奏者のための、孤独の奏法。」ではルーパーを使ってリアルタイムで楽曲を構築しています。ボカロシーンではライブでの再現性が度外視されやすいので、こういったアプローチは興味深いなと思いました。
ボーカロイドの音楽って電子音楽、エレクトロ系が多いと思うんですけど、あれをどうやって作っているのか最近まで本当に全然わからなかったんです。真似したくて自分の持っている機材で色々と試しているうちに、あんな風になってしまったという感じです。
アメリカ民謡研究会 – 四弦奏者のための、孤独の奏法。(使用ソフト:VOICEROID 結月ゆかり)
たとえば「宗教に犯されているのではないか。」は音楽の受容のされ方に対するアンチテーゼをテーマにしているように感じたのですが、そういったテーマ性よりも、手法的にそのときやれることをやっていると言ったほうが近いでしょうか?
そうですね。そのときの自分の実力でできることを全力でやろう、やっているうちに上手くなるだろうという感じです。この曲に関しては「メロディーとか展開って、なくても良いんじゃない?」というテーマですが、作った当時はコードの仕組みとか展開のさせ方とかを全然わかっていなかった上に、メロディーもまともに作れない状態でやっていたので、結果的にこうなってしまったというところもあります。
アメリカ民謡研究会 – 宗教に犯されているのではないか。(使用ソフト:VOICEROID 結月ゆかり)
2014年11月発表の「人間。」からはポエトリーリーディングを取り入れていますが、この経緯について教えてください。
killie、Discharming man、akutagawa、Climb The Mindといったバンドが好きなのですが、共通点として、曲の途中で喋るパートがあるんです。そこにすごく感情を揺さぶれた経験があったので、自分の曲でもやりたいなと思いました。そこで「よいこの発表会。」という曲で初音ミクに少し喋らせてみたんですけど、VOCALOIDというソフトを使って喋らせるのってめちゃくちゃ難しいんですよね。そんなときにたまたまゲーム実況動画でVOICEROIDの結月ゆかりが喋っているのを見かけて、これは音楽にも使えそうだなと思い、いっそ全編を喋りで構成してみようと思って作ったのが「人間。」です。
アメリカ民謡研究会 – 人間。(使用ソフト:VOICEROID 結月ゆかり + VOCALOID 初音ミク)
これ以降、ポエトリーリーディングが楽曲のメインになっていきます。
「人間。」が結構良い感じにできたので、継続して作るようになりました。また、もともとメロディーを作るのに苦手意識があったというのもあります。インストを作ってからそれに合わせた詩を書き始めるのですが、メロディーを意識するとせっかく考えた言葉を削ってメロディーのサイズに合わせなくちゃいけないのがもどかしくて。一方、ポエトリーリーディングにはメロディーこそありませんが、作った言葉をそのまま喋らせることができます。言葉が作る世界の力を重視したいと思っていたので、これ以降はポエトリーリーディングの形式を取ることにしました。
小説や詩からの影響はありますか?
めちゃくちゃあります。言葉選びで特に影響を受けているのが西尾維新で、デビュー作である『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』は初めて自発的に本屋へ買いに行った小説ですね。この本は言葉遊びが物凄くて、読んでからしばらくは喋り方すら影響を受けたぐらいです(笑)。
『クビキリサイクル』を第一作とする西尾維新の「戯言シリーズ」は2023年2月に14年ぶりの新作が発売された
また、このシリーズの途中で『罪と罰』が題材になる話が出てくるんですが、それも僕の心に深く刺さってしまったので、原典を知ろうとドストエフスキーを読み始め、ロシア文学にも興味を持つようになりました。ロシアの小説は登場人物がすごく貧乏で、絶望のなかに一筋の希望を見出して、しかし特に状況が好転することもなく終わっていくみたいな話が多いのですが、そういう雰囲気がすごく好きで。僕の音楽の世界観もこういう感覚を反映したものが多い気がしています。
あとは日本の近代文学も好きで、たとえば僕は自分の詩によく当て字をするんですが、これは夏目漱石の影響です。
生活環境の変化からサンプリング主体のスタイルに
2019年頃からはローファイ・ヒップホップ的なサウンドを取り入れています。制作方法が変わったのではないかと推測するのですが、いかがでしょうか?
2019年頃に生活環境の変化があって、ギターが弾けなくなった時期があったんです。これまでギターを中心とした音楽を作ってきたので、それ以外の作り方が全然わからなくて、どうしようかと悩んでしまいました。
そんなときに「雨の日、頭痛とコーヒー」というVOICEROIDを用いたポエトリーリーディングの曲を聴いたんですが、トラックがめちゃくちゃ良かったんですよね。気になって調べてみたら、Spliceの素材を組み合わせて作ったトラックらしいということがわかったんです。それがきっかけでサンプリングという手法を知り、これならギターが弾けなくても音楽を続けられると思って作り始めました。
シロイ・チャウダークラム – 雨の日、頭痛とコーヒー(使用ソフト:VOICEROID 琴葉葵)
その際に参考にしたアーティストはいますか?
この頃はKoganeやyutaka hirasaka、Nujabesの音楽が好きで、インスピレーションを受けていました。
制作手法に変化があった中で、これまでと変わらなかった点はありますか?
そのときにできることを全力でやる、ということは変わらなかったですね。ただ投稿するだけではなく、1曲作るたびにできることがひとつ増えるようにと意識していたと思います。この時期に学んだことは、特に最近の作品に活かせている気がします。
この時期はTwitterを発表の場にされていましたよね。
そうですね。ひとつのループ素材をサンプリングして作曲する手法は展開を作るのが難しくて、結果として曲が短くなってしまうというデメリットがありました。できた曲も大体1分半ほどの長さになって、ちょうどTwitterにすべて投稿できる長さでしたから、Twitterに投稿するだけで良いかなと思っていました。
アナログレコードもこの頃に作られています。
即売会に来たお客さんから「CDの再生機器は持っていないけど、モノとしてほしいので買います」という声を聞くことが以前から結構あって、それなら手に持ったときの特別感もあるし、レコードのほうがむしろ良いなと思っていたんです。この時期にたくさんできたローファイな音楽はレコードにも似合うと思ったので、タイミングも良いと思い実行に移したという感じです。
使用機材と制作手順
制作環境について教えてください。
DAWは最初Cubaseを使っていたんですが、2018年12月の「この音楽は実時間に則って構築されるから、私はその演奏方法の備忘録を作る必要がある。」という曲からはAbleton Liveを使うようになりました。Ableton Liveはそれ自体を楽器のようにも扱えるところが、すごく便利だし楽しいです。
アメリカ民謡研究会 – この音楽は実時間に則って構築されるから、私はその演奏方法の備忘録を作る必要がある。 (使用ソフト:VOICEROID 結月ゆかり + VOICEROID 紲星あかり)
MIDIキーボードはKOMPLETE KONTROLを、パッドコントローラーはNovationのLaunchPad Pro MK3を使っています。また、最近はVRでライブをする機会があるのですが、リアルタイムでたくさんの操作をする必要があるので、フットコントローラーとしてRolandのFC-300も使っています。足でもAbleton Liveが操作できるのはめちゃくちゃ便利ですね。オーディオインターフェイスはRMEのBabyface Pro FSを使っています。
EQやコンプレッサー、ディレイなどはほとんどFabFilterで揃えていますね。最近はoeksoundのsoothe 2も使っています。VOICEROIDが喋っている間、その声の周波数を検出してトラック側の同じ周波数の部分だけを削るということが簡単にできるんですよ。喋り声を際立たせたいときに便利なのですごく気に入っています。
SOOTHE 2の 使い方解説動画
シンセサイザーはほぼSERUMです。他にはNEXUSのプリセットに対してエフェクトを色々かけたものをサンプリングして、Ableton LiveのSimplerで鳴らしたりもしています。
ギターにはIK MultimediaのAmpliTubeを使っていますが、これはVOICEROIDにも使っています。VOICEROIDは高音が硬めな印象で、そのまま使うとキンキンする感じがあるんですが、このプラグインを使うと良い感じに柔らかくなります。一方でVOICEPEAKにはAmplitubeは使わず、EQ、コンプレッサーで調整した後、Valhalla DSP のValhalla VintageVerbを薄くかけたりします。
DAWをAbleton Liveに変えたことによって音楽性に変化はありましたか?
大きな変化はないかもしれません。ただ、Ableton Liveだとサンプリングや音の加工が結構簡単にできるので、電子的な音楽が作りやすくなった印象があります。
音楽を作る際の手順を教えてください。
まずScaler 2というコード進行の提案をしてくれるプラグインで良さそうなコードを探します。良い感じのコードが見つかったら、色々な音源を同時に起動させて音を探しつつ、良い雰囲気になるまで無限に試します。結局未だに音楽理論がよくわかっていないので、いい曲ができるかどうかは運任せという感覚がありますね。
Scaler 2の使い方解説動画
構成的には、イントロから順番に作っていきます。一度ネットの記事を参考にして、まず始めに曲中で一番盛り上がる部分を作って、そこから音の引き算をして周辺を作っていくというやり方を試したこともあるんですが、最初にテンションが上がった後は盛り下がり続けるだけの作業になってしまったんですよね。
詩は、インストが全部できてから考え始めます。インストに合う詩が思いつかなかった場合は、もう一度最初からインストを作るという感じです。
詩は書く際に、使用するボイスライブラリを事前に決めていたりするのでしょうか?
できたインストを聴いてみて、誰に喋らせるのが良いのかを考えます。決まったらたくさんの言葉を喋らせるんですが、良い詩が出てくるかというのは、これも運です。
ローファイ・ヒップホップにはインストのみの曲も多いと思いますが、そこにボーカルを入れることで曲のイメージや表現はどのように変わると考えていますか?
合成音声が喋り出すだけで、明るい雰囲気だった曲が一気に絶望的な曲になったりするようなことが結構あります。個人的にも、明るい雰囲気なのに内容はめちゃくちゃ暗い、といった対比がすごく好きなんです。映画でいえば、キューブリックの『2001年宇宙の旅』や『時計じかけのオレンジ』で、絶望的なシーンに対して不釣り合いに美しい音楽が流れていたり、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』でアスカの乗ったエヴァが破壊されていくシーンで「今日の日はさようなら」が流れていたり……合成音声の言葉が入ることで、そうした雰囲気が生み出せるなと感じています。
読み上げソフトごとの個性と「人間がいない」魅力
VOICEROIDやVOICEPEAKなど複数の読み上げソフトを使用されています。それぞれのソフトやライブラリの特色や使い分け方などを教えてください。
まずVOICEROIDですが、イントネーションが機械的なので【※1】、誰かに話しかけるというよりは、内省的な、独り言に近いような詩が思いつきます。たとえば、結月ゆかりは落ち着いた声なので、達観したような、諦めたような言葉がよく思いつきますし、紲星あかりはある種タガが外れているというか、「絶望的に明るい」詩が思いつきやすい、といった感じです。
昨年発売されたVOICEPEAKはAIを利用して作られた音声合成ソフトで、明らかに人の喋り方に近いんです。なので、話し相手がいるような、ストーリー性の強い詩が思いつくようになりました。
※1:VOICEROIDはAIによる機械学習ではなく、「コーパスベース音声合成方式」という「大量のテキストと、それを読み上げた音声録音データをもとに音声コーパス(データベース)を作り、統計的な手法で音声を合成する」方式を採用している。
VOICEPEAKを使っている曲では主にVOICEROIDの紲星あかりと組み合わせていると思いますが、声の相性があるんでしょうか?
ありますね。VOICEPEAKの声は人間的で落ち着いた印象で、VOICEROIDの紲星あかりは機械的で冷たい印象があります。この対比が際立つので、良い組み合わせだなと思っています。
2021年4月発表の「思い出そうとしている。」ではBPMとシンクしたポエトリーリーディングが特徴的な間や抑揚によってラップに接近している印象ですが、この楽曲はどのようにして制作されたのでしょうか?
あの曲はCeVIO AIの小春六花を使っているんですが、試しに喋らせてみたら偶然BPMにシンクするような喋りになったんです。それがすごく良いと感じたので、喋らせたWAVファイルを細かく加工しながら作っていきました。それ以降もこのやり方で作ろうかなと思って試していたんですが、難しくてなかなかできないんですよね。
アメリカ民謡研究会 – 思い出そうとしている。(使用ソフト:CeVIO AI 小春六花)
どういったところが難しいのでしょうか?
リズムやメロディーに合うように詩を調整する必要があるんですが、先ほども話した通り詩を削ることが苦手ということもありますし、そもそもVOICEROIDなどのトーク系のソフトは音楽で使うことを想定して作られていないので、喋りのリズムがインストのリズムとまったく合わないんです。少しずつ喋る速度を変更しては出力するというのを繰り返して、トラックのリズムに近づけていかなければならないのがすごく大変です。
合成音声のことをどのような存在として認識していますか?
「新しい楽器」という感じがします。ピアノを使えばそのピアノの音色を生かした音楽ができるというのと同じように、合成音声を使えば合成音声らしさを生かした音楽ができます。AIを利用した最近の合成音声は人間の発音やイントネーションにどんどん近づいていっていますが、やはり人間ではない合成音声にしかない魅力というものを感じます。
もう少し詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか。
たとえば、悲しい内容の歌があったら歌手は悲しそうに歌おうとすると思うんですけど、その瞬間の歌手は、本当に悲しいわけではないじゃないですか。そこに一種の、演技をしているような雰囲気を感じてしまうこともあると思うんです。
一方で合成音声が歌っている曲だと、演技も何も全部が嘘なわけですから、人間を通さずに言葉がやってくるというか、言葉が直接聴者にやってくる感覚があるのではないかと感じています。
近作に見られるAIへのアプローチ
2022年4月発表の「balloon.」以降はエレクトロニカなどの電子音楽的な要素が強まった印象です。特に直近の2作(「貴方だけが、幸せでありますように。」「その汚い手を二度と見せるな。」)はポップなトラックや感情的なボーカル、AIによるイラストの使用など、新しさを感じさせる楽曲でした。こうしたアプローチをとった背景や経緯があれば教えてください。
サンプリングの手法を用いて音楽を作り始めた頃からエレクトロニカが好きになってきて、少しずつ習作を作っていくうちに、自分でも出来そうだなという気がしてきたので本格的に作ってみたというのが経緯です。それまではノイジーな音楽をたくさん作ってきたわけですが、うるさすぎてかえって静かに聞こえるというか、視界が白く霞んで、騒音の向こう側へ行くような感覚を覚えるところに魅力を感じてきました。それに対してエレクトロニカは、その騒音の向こう側にある、静かで綺麗な世界そのものを表現しているような音楽だなと感じたので、「balloon.」はそれを目指して作ってみました。風船という意味のタイトルには、そうした世界に飛んでいくという意味も込めています。
アメリカ民謡研究会 – balloon.(使用ソフト:VOICEPEAK + VOICEROID 紲星あかり)
AIイラストについては、その技術が出てきたときすごく感動したので、作品にも取り入れてみました。僕の音楽はVOICEPEAKやCeVIO AIなど、AI技術によって相当に助けられています。なのでもともとAIにネガティブな気持ちはなく、一緒に作品を作ることができる技術だと認識しています。
結局AIも人間も、良い作品ができるまで無限に試行錯誤を繰り返していて、ただAIはその速度がめちゃくちゃ速いということだと解釈しているので、自分は「人間と同じだな」と感じています。そういった思いから「その汚い手を二度と見せるな。」という曲を作ったんですが、すごくAIを責めるような内容になっちゃいましたね(笑)【※2】。
アメリカ民謡研究会 – その汚い手を二度と見せるな。(使用ソフト:VOICEPEAK + VOICEROID 紲星あかり)
※2:この楽曲のタイトルは、「AIイラストは手を綺麗に描くことはできない」と当初言われていたことから着想を得ている。なお、その後AIは成長し「手を綺麗に描ける」ように。下記はこの件に関するHaniwaさんのツイート。
AIイラストを動画に用いたこの2作では、VOICEPEAKの声色も曲中でかなり変化していますよね。
そうですね。VOICEPEAKのステータスを急激に変えて、感情の昂ったような喋り方をさせてみました。VOICEPEAKは声色のステータスを極端な設定にしても、同じ喋り手であり続ける感じがするんです。一方VOICEROIDの場合は、ステータスを変えると全然違う喋り手が喋っているように聞こえることがあります。これはこれで面白いので、結月ゆかりに一人二役で喋ってもらった作品を作ったこともあります。
アメリカ民謡研究会 – 朽ちない花は可憐だろうか。(使用ソフト:結月ゆかり)
グリッチのような加工も感情的な演出に一役買っているなと感じます。
これは偶然できたものです。リズムに合うように詩を喋らせたいんですけど、そのために詩を削ることはしたくなかったので、何か良い方法はないかと考えていたんです。あるとき、拍子の微妙な隙間はグリッチさせれば良い感じになるということに気づいて、それ以来よく使っている手法ですね。すごく人間っぽい声なのに機械であることを示唆するというか、人間じゃないことを意識させるという意味を込めてグリッチさせているところもあります。
アメリカ民謡研究会 – 貴方だけが、幸せでありますように。(使用ソフト:VOICEPEAK + VOICEROID 紲星あかり)
ちなみに詩の内容としては、特定の話者がいるのか、それともHaniwaさん自身の言葉としてあるのか、どのような扱いなのでしょうか。
アメリカ民謡研究会として声ごとに統一したキャラクター設定のようなものがあるわけではありません。あくまで曲ごとにまったく別の人物がいて、そこから言葉が出てくるという感じです。声によって役割が変わることはありますが……ちょっと言葉で説明するのは難しいですね。
ボカロシーンは「音楽の無法地帯」
特に好きなボカロPと、最近注目しているボカロPを教えてください。
好きなボカロPは稲葉曇さんです。曲がめちゃくちゃ良くて、「ハルノ寂寞」と「きみに回帰線」という曲は特に好みです。稲葉曇さんの曲は、どんな端末で聴いてもベースの低い音からギターの高いところまでしっかり鳴っているので、音作りの参考にさせてもらっています。
稲葉曇 – きみに回帰線(使用ソフト:VOCALOID 歌愛ユキ)
最近注目している方は椎乃味醂さんです。初めて楽曲を聴いたとき、こんな格好良いポエトリーリーディングの使い方があるんだなと驚きました。音の作り方、音の配置の仕方もすごく上手いなと思います。
椎乃味醂 – 知っちゃった(使用ソフト:CeVIO AI 可不 + VOICEROID 結月ゆかり)
また、STEAKAさんの曲にもすごく感動しました。昨年リリースされた「スコーピオンガールの貴重な捕食シーン」という曲は、ミックスの重心が非常に高音寄りなんですよね。普通だとなかなかこんなバランスのミックスはしないと思うんですが、逆にそれが曲をキラキラと攻撃的に演出していて、とても格好良いです。
STEAKA – スコーピオンガールの貴重な捕食シーン(使用ソフト:VOCALOID 初音ミク)
あと、yanagamiyukiさんも好きです。「ミザリーai」など、一瞬聴いただけで心が震えるような感覚がありました。yanagamiyukiさんは他にも人工の生命をテーマにした曲を作られていて、聴きながら勝手に共鳴してしまって、yanagamiyukiさんと会話しているような気分になっていました(笑)。
yanagamiyuki – ミザリーai(使用ソフト:CeVIO AI 可不)
ボカロシーンやボカロカルチャーのどのような部分に面白みを感じていますか?
「音楽の無法地帯」なところですね。ボカロシーンはゲームセンターに置いてある格闘ゲームに似ている気がするんです。普通に楽しんでプレイしようと思っていただけなのに、突然手に負えないくらいめちゃくちゃ強い人が対戦相手として出てくるみたいな。
しかも格ゲーと違うところは、ルールがないというところです。良い曲さえ出来れば戦法はなんでも良い。だからこそ、真正面から戦うだけじゃなくて、不思議な戦い方、面白い戦い方をする人もたくさんいる。
そして、ここはどんな音楽だったとしても、絶対に聴いてくれる人がいます。最初に投稿した曲は100回再生されるかどうかだったという話をしましたが、逆に言えば初投稿でもそれくらいの人は聴いてくれるということですから、これはすごい界隈だなと思っています。
ただ一方で、先週まで人気だった曲が今日にはもう忘れ去られているみたいな非情さもあると思うんです。ものすごい速さで花が咲くけど、ものすごい速さで枯れていくような、強烈な新陳代謝があるからこそ、この文化がここまで豊かになったのだと思いますし、その中に自分がいて、必死になって忘却に抗っているのは、すごく楽しいし良いことだなと思っています。
「VOCALOIDと区別される音楽の解釈。」や「「VOCALOID」の脆弱性。」のように、まさにボカロシーンをテーマにした曲も作っていますよね。
「「VOCALOID」の脆弱性。」は初音ミクのパッケージに入っていた呼吸音だけを使っていて、「これもボカロ曲として認めてもらえるのか?」と思って投稿してみた曲です。結果、全然受け入れてもらえましたし、後から知ったのですが、この問いは既に先人の通った道でもありました。どんな音楽でも理解しようとする姿勢は、僕が所属していた「アメリカ民謡研究会」にも通じるところがあって、その点でもすごく好きなシーンです。
アメリカ民謡研究会 – 「VOCALOID」の脆弱性。(使用ソフト:VOCALOID 初音ミク)
様々な手法への挑戦は「格ゲー」
ご自身で制作している映像も特徴的だと感じます。実写や3DCGなど様々なアプローチをとられていますが、音楽作品としての見せ方などについて、意識していることを教えてください。
映像は毎回実験しているような感覚です。やっぱり投稿するからには多くの人に聴いてもらいたいので、何をするのが正解なのかはわかりませんが、その時に面白いと思ったことを試しているという感じです。もしかしたら次の1曲で飽きられてしまうかもしれませんから、そのときにできることは全部やっています。
エフェクターを自作してみたり、BlenderやUnityを使ってみたり……そのおかげで色々なことができるようになりました。最近はドローンで空撮した映像をMVに使ってみようと思って、アマチュア無線4級と陸上特殊無線技士2級の資格を取ったんですが、取得したあたりで航空法が改正されて、自由にドローンを飛ばすには改めて国家資格を取らなければいけなくなりました(笑)。
最近ではVR上でライブ活動を行うほか、「ことはのすいてい。」というVRChatのワールドも制作されています。VRや周辺カルチャーの魅力について教えてください。
VRChatには様々な人が暮らしているんですが、そこでも音楽を表現する文化があります。興味深いなと思ったのが、VRChatの人たちはアバターを使った仮想の姿をしているんですが、音楽では自分たちのリアルな肉声を使っていることが多いという点です。逆にボカロシーンは、現実の人間が作曲者として存在していますが、声は人間を模した合成音声ですから、VRChatはまるで鏡の中の世界のようだなという感覚があって、面白く感じています。VR空間でしか成しえない表現を探っている方も多くいらっしゃって、その姿勢にはすごく影響を受けています。
アメリカ民謡研究会として出演したVRライブ「仮想水槽part2」のアーカイブ映像(出演部分頭出し済)
「ことはのすいてい。」はVR上で音楽をやっている方たちの作品を集めてレコードショップのように展示しているワールドですが、作ろうと思ったきっかけはなんでしょうか?
ひとりでレコードショップに行って自分だけの音楽を見つけるみたいな、そういう音楽との出会い方がVR空間上で提供できたら良いなと思ったのがきっかけです。VRChatって基本的にはコミュニケーションが中心にありますから、ひとりでやると少し寂しい感覚もあるんです。ただ、たとえばそうやってひとりでワールドを巡っていく中で「ことはのすいてい。」を偶然見つけて、ふらっと立ち寄ったとき、やばい音楽がたくさん並んでいたらすごく面白いだろうなと思ったんです。
エフェクターを自作するなど、新しい技術を積極的に学び、取り入れている印象です。制作ペースも一定に保たれていますが、Haniwaさんにとって作品を作るということはどういう意味合いを持つのでしょうか?
格ゲーです。『ストリートファイター』で言えば、最初は「波動拳」が出るだけで楽しかったところから、様々な技術を試して学んで、少しずつできることを増やしていって、自分の力で見える世界を広げていけるのが楽しい。実際に格ゲーがめちゃくちゃ好きで、ゲームセンターに入り浸っていたような人間だったので、そういうことがすごく好きなんです。
最後に今後の展望を教えてください。
大きな目標は特にないんですが、最近やりたいと思っているのは、エレクトロニカとノイジーな音楽を組み合わせて、新しい種類の綺麗さを感じさせる音楽を作るということです。大概うるさいだけになってしまうので難しいんですが(笑)。
取材・文:Flat
編集協力:しま
アメリカ民謡研究会 プロフィール
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Niconico:https://www.nicovideo.jp/user/10853/series/348599
Spotify:https://open.spotify.com/artist/1Xdtjwk1QZXZBLEUrSoRbu
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