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松傘インタビュー 「ミックホップ」ムーブメントの立役者が語る、ボカロによるラップの進化の可能性

このインタビュー記事は、音楽制作プラットフォーム・Soundmainのブログで連載されていた『オルタナティブ・ボカロサウンド探訪』を、当該サイトのサービス終了に伴いインタビュアー本人が転載したものです。
初出:2022/08/24


2007年の初音ミク発売以来、広がり続けているボカロカルチャー。大ヒット曲や国民的アーティストの輩出などによりますます一般化する中、本連載ではそうした観点からはしばしば抜け落ちてしまうオルタナティブな表現を追求するボカロPにインタビュー。各々が持つバックボーンや具体的な制作方法を通して、ボカロカルチャーの音楽シーンとしての一側面を紐解いていく。

第4回に登場するのは松傘。他に類を見ない独特なフロウを持つ初音ミクのラップを特徴とし、ボーカロイドによるヒップホップ「ミックホップ」のムーブメントに大きく関わってきた。2016年からは人間とボーカロイドによるラップデュオ・震える舌として自身でもラップを始め、2020年にはビートメイカー名義・Salmonella beatsとして実験色の強い作品も発表。2013年の活動開始以来、ひと際ユニークな活動を続けている。今回はその活動の経緯をたどりつつ、ミックホップ興隆期のエピソードや調声方法について、時には実演も交えながら語ってもらった。


「自分で全部やる」の原点

音楽制作を始めたきっかけ、ボカロPを始めたきっかけを教えてください。

松傘 もともと音楽や宅録に対して漠然とした憧れみたいなものがあって、実家にあった父親のギターを弾いてみたり、ちょっとした曲みたいなものを作ってみたりしていました。どこにも公開していない恥ずかしいものなんですけど……。

その後、就職して経済的に余裕がでてきたときに何かやろうかなと思い「初音ミクV3」を買いました。当時はボカロ曲を聴いていたわけではなかったし、最初から今のような活動をするつもりもなかったので、なんで買ったのか記憶が曖昧なんですけど、大学時代の友人と一緒にやっていた創作サークル「KITTEL」で使おうかなと思っていたような記憶があります。

あとは、当時社員寮に住んでいて壁が薄かったこともあってボーカルの録音ができなかったんですよね。そうした住宅環境でも制作できるものはないかと思ったときに初音ミクがいいのかなと思ったのも理由のひとつとしてあります。

当時はボカロ曲に対してどのようなイメージを持っていましたか?

松傘  速い、みたいな印象でした(笑)。本当に全然知らない世界でしたし、制作を始めてからボカロ曲を聴き始めたという感じですね。

アニメーションもご自身で制作されていますが、映像制作の経験はあったんですか?

松傘  なかったですね。もともと絵を描くことが好きだったので、描いたものをpixivに投稿することはやっていました。「SOUND WORM」を公開する以前からすごく簡単なアニメーションを作ってみたりもしていたけど、それくらいですね。

ボーカロイドでヒップホップを制作するにあたって、参考にしたり影響を受けたボカロP/アーティストや曲はありますか?

松傘  haruna808さんの「Melancholoid」という曲ですね。アグレッシブなボカロの表現というか、ボカロじゃなきゃできないことをやっている人がいないのかなと調べたら、もう全てをやっている人がいたみたいな感じでした。最近聴き返したら、「松傘感がある」みたいなコメントがあってちょっと嬉しかったですね。

松傘  あとはnak-amiPさんですね。ボカロによるヒップホップ的な表現をかなり早い時期からやられていた方で、「わたしはミーム」や「サマーループ」をよく聴いていました。また、ニコニコ動画外でのボカロによるラップの前例として、菊地成孔さんのDCPRGによる「Catch 22」も聴いて参考にしていました。

ヒップホップに限らず、80’sポップ的な楽曲も制作されています。これまでどのような音楽にどのように触れてきたのでしょうか?

松傘  いわゆる地方在住の学生だったのでそんなに選択肢が多くなくて、中学生の頃はその当時流行っていたBUMP OF CHICKENやASIAN KUNG-FU GENERATIONなどのロキノン系、KICK THE CAN CREWやRIP SLYMEなどのラップ系を聴いたりしていました。高校生の頃はTSUTAYAでCDをよく借りていて、そこで中村一義を知りました。全部の楽器を自分で弾いて作曲している宅録ミュージシャンで、すごく好きでしたね。

松傘  大学生になってからは音楽の幅が広がっていくんですけど、摂取源としては主に3通りあって。ひとつは雑誌の『Snoozer』を読んでいた先輩で、その人から洋楽・邦楽ロックの名盤と呼ばれている作品を色々と教えてもらって聴いていました。ふたつ目はネットで、ヒップホップやアニメ・声優系の音楽に新しく触れるようになりました。ヒップホップは日本語ラップから入っていったんですけど、 BUDDHA BRANDの「人間発電所」にはかなり大きく影響を受けましたね。アニメ・声優系だと当時流行っていたアニソンをよく聴いていて、これが80’s ポップ的な楽曲を作りたいなと思うきっかけにはなっているかもしれないです。

あとはラジオ番組の「菊地成孔の粋な夜電波」とかを聞いていて、そこでジャンルを問わずにいろんな方面の音楽を聴けたというのはありますね。

中村一義の話もありましたけど、ある種宅録としてボカロの活動を始めたというところもあるんでしょうか?

松傘  そうですね。やっぱり自分で全部できるというのが大きかったかもしれないですね。「自分で全部やりたい」と思うのは、中村一義の影響のような気がします。

「ミックホップ」ムーブメントとは何だったのか?

2014年頃に『MIKUHOP EP』『MIKUHOP LP』 や「初音ミクの証言」などを通じてボーカロイドによるヒップホップ「ミックホップ」が注目され始めます。松傘さんはその中心にいたと思いますが、当時のシーンにはどのような精神性やムードがあり、どのように成立していったのでしょうか?

松傘  ミックホップというまとまりを持ったシーンになっていったきっかけは、多分(編註:この連載にも協力いただいている、編集者・ライターの)しまさんが企画した『MIKUHOP EP』『MIKUHOP LP』からなんじゃないかなという気がしています。それまではそれぞれがヒップホップ感のある作品を作って投稿していたと思うんですけど、MSSサウンドシステムさんとしまさんが求心力となって、ひとつのまとまりのあるシーンとして動き出したという感じがしますね。

当時の精神性については、自分たちにしかできないようなことをやっているというか、ワクワク感みたいなものはあったかもしれないですね。ただ、そのシーンが一枚岩だったかどうかはちょっとわからなくて。ミックホップは広めに定義されていて曖昧だったと思うので、勝手にミックホップとして括られることに嫌悪感を示す人がいたり、露骨にディスを表明する人もいたりしました。でも、そういうのも含めてすごく面白かったという気がします。

このあたりについて、しまさんはいかがですか?

しま 松傘さんのおっしゃる通りだと思います。ミックホップの発端はMSSサウンドシステムさんで、そして彼がすごく精力的だったので、じゃあ私もお手伝いしましょうかという流れでした。『MIKUHOP EP』はOMOIDE LABELさんからリリースのお誘いをいただいたのでOMOIDE LABELさんからリリースしましたが、『MIKUHOP LP』は私が主宰しているStripelessというレーベルからリリースしました。

松傘  やっぱりMSSサウンドシステムさんの魅力というか、求心力がかなり大きかったのかなという気がしますね。ミックホップシーンの広がりに対する貢献はすごく大きいと思います。

しま そうですね。それに加えて、ちょうどこの頃からボカロでヒップホップをやる人が増えたというか、ある程度の人数が同時期にいたこともあるかもしれないですね。

松傘  そうですよね。同人音楽の活動は実生活に左右されるので、突然始めたり消えたりするじゃないですか。そうしたなかで同じ時期にいろんな人が集まっていたというのは奇跡的だし、すごく面白かったなって思いますね。

「初音ミクの証言」のやしさんのバースに、<ボカラップ? NO MIKUHOP ぶちかます>というラインがありますけど、これは日本のヒップホップとJ-RAPの関係みたいなものをある程度意識されていたりしたんでしょうか?

松傘  そこはやしさんに聞いてみないとわかんないですけど。今おっしゃられたように、(元ネタになっている、LAMP EYEの)「証言」はJ-RAPに対する日本語ラップの対立構造を打ち出した曲ですよね。おそらくそれにボカラップとMIKUHOPの対立を重ね合わせたんだろうなと思います。MSSサウンドシステムさんがミックホップを打ち出した理由は、ラップだけじゃないヒップホップの表現をボカロでやっている人がたくさんいるんだということを示すためだったと思うので、そういう意味ではおっしゃられたことは間違っていないのかなという気はしますね。

松傘さんは2016年から人間とボーカロイドによるラップデュオ「震える舌」としても活動しています。この活動を始めた経緯を教えてください。

松傘  自分でもラップしたいな、という気持ちが高まったというのがまずひとつですね。もともとヒップホップを聴いていて自分でもやってみたかったんですけど、スキルというかスタイルが決まらずにいました。でもボカロでラップをやっていくうちに方向性が見えてきたというか、自分でもラップができるんじゃないかと思うようになってきたんです。ボカロラップはマウスでポチポチ打って作っていくので、身体的な楽しさが薄いと感じたのもあります。

なおかつ新しいことをやってみたいという思いもあって、人間とボーカロイドがお互いに引き立てあうことで面白い効果が出せるのではと考えていました。着想してからしばらくは試行錯誤していて、『MIKUHOP LP2』がリリースされた頃にデモのCD-Rを作って渡したりしながら立ち上げていったという感じですね。

初期はヒップホップクルーという表現だったと思うんですけど、今はラップデュオという表現に変わっています。何か理由があるんでしょうか?

松傘  鋭いですね(笑)。なんか最近、全体的に「ヒップホップ」って言葉が使われていないなという気がしているんですよね。古いというわけではないんですけど、時代にキャッチアップできていない感じがしちゃうかなと思って、試しに変えてみたって感じですね。

「震える舌」でご自身のラップを取り入れるようになってから、作る音楽に変化などはありましたか?

松傘  ボカロのラップの作り方が変わったと思います。それまではピアノロールにノートを置いて、聴いてみて気になるところを直してというのを繰り返して作っていたので、ラップの身体性みたいなものはなかったんです。実際「エイリアン・エイリアン・エイリアン」はそういう感じで作ったので、人間には歌いにくいようなフロウになっていると思います。

松傘  一方で自分でラップするようになってしまうと、あらかじめフロウを想像してボカロに落とし込んでいくというプロセスになってしまうので、試行錯誤の面白さとか、身体性がないことによる面白さみたいなものは薄まってしまったかなという気はしています。

必見! ミクにラップを歌わせるテクニック

具体的な制作方法についてお聞きしたいのですが、まずは制作環境について教えてください。

松傘  そんなに立派な環境ではなくて、基本はノートパソコンにディスプレイとTASCAMのスピーカーを接続して使っています。NovationのMIDIキーボードも持っていますけど、あまり活用できていないですね。あとはボーカルを録音する時に使うオーディオインターフェースと、ShureのSM58というマイク、AKGのP220というコンデンサーマイクを使っています。

DAWは初音ミクを買った時からStudio One producerを使っています。プラグインとしては、ボカロの調整をする際にPiapro studioを使っています。サンプラー系はStudio Oneにデフォルトで入ってるものを使っているし、シンセ系はMassiveとSynth1を使っています。エフェクト系はWaves Platinumのバンドルが入っていますね。

普段はどのような手順で音楽を作っていますか?

松傘  大まかな手順だと、まずはビートを作り、曲のテーマを思いついたらラップや歌を乗せていって、最後に展開をつけたりコーラスを入れたりなどして作り込んでいくという感じですね。

もう少し細かく言うと、ビートを作るときはまずはサンプルをループさせて、そこにドラムを足していき、さらにシンセや他のサンプルを追加していくという感じで作ります。作ったビートはいったん寝かせるんですけど、あるときに曲のテーマをふと思いついたらラップや歌を乗せます。そのビートにあったテーマを思いつくのか、あるいは先にテーマを思いついてからそれに合うビートを選ぶのかはその時々ですけどね。歌詞については日常的に考えていて、思いついたものはその都度メモして書き溜めています。

サンプルをループさせた上にドラムやシンセを乗せる際はマウスで打ち込んでいく感じでしょうか。例えばキーボードを弾いて入力していくこともありますか?

松傘  基本的にはマウスで打ち込んでいますね。鍵盤を弾くのはあまり上手くないので、MIDIキーボードで音を探ってイメージが浮かんできたらマウスで打ち込んでいくような感じです。

特徴的な初音ミクのフロウは一作目の「SOUND WORM」から聴けます。このフロウはどのように生み出されたのでしょうか? 具体的な打ち込み方や調声方法について教えてください。

松傘  前提として、英語と日本語が交じった歌詞のラップを作りたかったんですが、日本語ライブラリーを使うとやっぱり日本語によるカタカナ英語みたいになっちゃうんですよね。なので、英語ライブラリーを使って日本語部分も作っています。例えば「SOUND WORM」では<から>を<color>にしたり、<経由し>を<K><U><she>にしたり、似た発音の英単語を当てはめることで英語訛りの日本語ラップみたいな感じを出しています。

松傘さんによる、初音ミクの打ち込みで「英語訛りの日本語ラップみたいな感じを出す」実演。

松傘  作業の順番としては、まずベタ打ちでノートを適当に置いていって、仮の英単語を入れる。それだけだと発音が合わない部分もあるので、必要に応じて発音記号を編集しています。あと、ラップは音程がなく喋るような感じなので、ノートを途中で切断して上げたり下げたりして音程がない状態を作っています。

基本的にグリッドに沿うようにノートを置いている感じですか?

松傘  そうですね。ちょっとずらそうかなと思うときもあるけど、基本はグリッドに合わせるので間に合っています。

ラップの調整作業は普段どれくらい時間がかかるものなんでしょうか?

松傘  集中すれば半日くらいでできると思います。最初の頃は試行錯誤の連続だったので時間がかかってたんですけど、最近はこうやってやればできるなっていうコツが掴めてきたのでそんなに時間はかからないですね。それよりも歌詞を考える時間が一番かかっています。

初期の頃の曲では飛び道具的にピッチが飛んだりしていますよね。

松傘  やっぱりボカロならではの表現をやりたいという気持ちはあったので、そのひとつとしてピッチを極端に上げたり下げたりするのはやりました。最近はちょっとそれが耳に痛いなと思い始めたので、ちょっと控えめにしてますけど。

ちなみにボカロの声をオーディオとして出力した後に何か処理をしたりしていますか?

松傘  EQとコンプレッサーをかけるぐらいですね。聞き取りにくいところはコンプレッサーを強めにかけて子音を目立たせています。

ボーカロイドのことはどのようなものとして認識していますか?

松傘  「不完全な人間を延長してくれるもの」という認識ですね。人間にはできないことを代わりにやってくれる。

技術的な面でいえば、何度やっても同じフロウが出せる再現性はすごくメリットだなと思っています。あとはよく言われていることですが、人間には難しい音域を広い範囲で発声できるし、なおかつ息継ぎが不要という点ですね。

心情的な面でいえば、人間には恥ずかしくて言えないような内容、自分にはこの歌詞は言えないなと思うようなことでもボカロだったら言えるなと思います。そうした諸々を含めて、自分の延長としてできないことをやってくれるという感じです。

ではそれを踏まえて、逆に人間だからこそできるという表現は何だと思いますか?

松傘  ずばり言い表すことは難しいんですけど、微妙なニュアンスの違いがあると思うんです。もしかしたら、ボカロの調声がものすごく上手な人たちだったら人間に寄せることもできるのかもしれないですけど。あとは、微妙な揺らぎというか、ブーンバップをやっている人たちのちょっと揺れているようなフロウなどは人間ならではという気がしますね。

松傘さんのラップがミクのラップに影響したり、逆にミクのラップが松傘さんのラップに影響したりすることはありますか?

松傘  自分のラップがボカロに対して与えた影響は先ほど言った通りなんですが、逆にボカロから自分への影響というのは、自分の意識の上では今のところないと思っています。でもそれが起こったら面白いし、なんなら次にやりたいなと思っていることなんですけどね。例えば自分の声をめちゃくちゃ加工してボカロのようにする、みたいなことを考えています。

松傘さんのビートの多くには、かっこよさや怪しさの中に独特の丸みや可愛らしさがあるように思います。イラストにも同様の印象があるのですが、制作する際に心がけていることはありますか?

松傘  丸みや可愛らしさが何から由来しているのかは自分でもよくわからないですけど……例えば、性的だったり暴力的だったりといった刺激的な表現を、露悪的にならないようにバランスをとるのは結構大事かなと思っていますね。暴力的すぎて逆に笑えるとか、暴力的なことを歌っているけどちゃんと韻を踏んでいるとか、客観的にうまくバランスをとれているかどうかはわからないですけど、そういうことは考えています。

Salmonella beats名義のアルバム『Salmonella brain』は「ある分布に基づいて音階・音長・打点をランダムに配置する」というコンセプトで作られています。このコンセプトを用いた経緯や具体的な制作方法を教えてください。

松傘  着想したのは『フランク・ザッパ自伝』(著:フランク・ザッパ、ピ-ター・オチオグロッソ 著/翻訳:茂木健)と『前衛音楽入門』(著:松村正人)という2冊の本を読んだのがきっかけですね。うろ覚えなんですが、『フランク・ザッパ自伝』に「新しいことをやるときは古いものに偽装しないとダメだ」みたいなことが書かれていたんです。それと並行して『前衛音楽入門』を読んで、前衛音楽に対する関心が高まってきていたので、「ヒップホップ/ラップミュージックに偽装した現代音楽」みたいなものができないかと考えたんですよね。


「sCat」のコンセプトを図式化したもの。

松傘  収録曲の「sCat#1」という曲を例にとって、本作のコンセプトを少し詳しく説明させてください。この図のように音高や音長、あとはノートとノートの間隔(打点)をある分布で規定して、分布に従ってランダムにノートを置いていきます。音高と音長は正規分布、打点はポアソン分布で規定して、幅や中心をパラメータとして与えています。こうしてノートの連なりを作って、そこに808のキックなどのヒップホップ的な音色を当てはめていくということをやっていますね。

これを制作するために自分でプログラムを作って、MML(Music Macro Language)というテキストで演奏データを記述できる形式で結果を出力しています。そのMMLテキストを「kfm」というソフトでMIDI化して、DAWにインポートして、そこにシンセとかの音色サンプルやシンセを当てはめていくという感じです。

フランク・ザッパの話もありましたが、『Salmonella brain』の制作の際に参考にしたり影響を受けたアーティストや作品などはありますか。

松傘  思想はフランク・ザッパで、音楽的にはジョン・ケージだと思います。『前衛音楽入門』を読んだのは2年前なので記憶が曖昧なんですが、「楽譜の上にインクを垂らしてそれに基づいて演奏する」みたいな事例があった気がするんですよね。そういうランダム性を音楽に持ち込むアイデアはジョン・ケージをはじめとする現代音楽家によって培われてきたものだと思うんですけど、それを表面的に参考にしたという感じです。その上で、音の感じはあくまで最近のトラップやラップミュージック的なものにしたいと思っていました。

『Salmonella brain』の収録曲や「エイリアン・エイリアン・エイリアン」などのリズムが不安定な曲と、ボカロのグリッドに沿った打ち込みによるラップは親和性が低いようにも思えます。制作はどのように進めたのでしょうか?

松傘  親和性は意外と低くないんです。『Salmonella brain』や「エイリアン・エイリアン・エイリアン」はめちゃくちゃブロークンなビートなんですよね。思いっきりブロークンなビートだと、意外と何をやってもハマるというのはありますね。作り方は先ほどもちょっと話しましたけど、作りたい部分をループさせながらノートを上下・左右に調整しながらうまくハマるところを探すような作り方です。「人間たち」という曲も結構ヨレヨレなBPMですね。

グリッドを無視するようなことはされなかったんですか?

松傘  「エイリアン・エイリアン・エイリアン」のビートは不安定だけどちゃんとループになっているので、ノートは意外とグリッド上に乗っているんです。といっても一小節を64くらいで細かく分割していますけど。グリッドを無視したのは「人間たち」の方ですね。人間が叩いたドラムにラップを乗せなきゃいけなかったので、無視しないと作れなかったです。

画吐&His Imaginary Band名義のアルバム『冬のパンク』はご自身によるラップと、ポストパンクなどをサンプリングしたトラックを中心に制作されています。今までとは異なる作風ですが、このアルバムはどのような経緯で制作されたのでしょうか?

松傘  一番モチベーションになったのは楽しくラップしたいという思いですね。その前に作った『Salmonella brain』はマウスでポチポチと打ち込んでいく身体性が薄い作品だったので、もうちょっと身体的に楽しいことがやりたい、シンプルなループにラップするだけのアルバムを楽しく作りたいと思っていました。同時期にEarl Sweatshirtの『Some Rap Songs』というアルバムを聴いて、これくらいラフな感じでやれるといいなと思ったのもありますね。

松傘  ポストパンク系のネタを持ってきた理由は覚えていないんですけど、楽しくやるにしても何かしら新しい視点がないとモチベーションに欠けるなという思いはありました。ネタはロックだけどボーカルは絶対に歌わないみたいな縛りを設けたり、色々と考えながら徐々に形作られていった感じですね。

ポストパンクは以前から聴いていたんですか?

松傘  メインで聴いていたわけじゃないんですけど、最初に話したSnoozer読者の先輩から借りていたCDの中にポストパンクのアルバムもたくさんあったので、そこから引用しました。

最新の『渦温泉ep』ではBandcampのタグにベッドルームポップやインディポップのタグが付いていて、実際にそうした感触もあるんですが、多くのジャンルを取り込みたいという意識があるのでしょうか?

松傘  松傘の作風としていろんなジャンルを打ち出したいみたいな気持ちは特にないんですけど、毎回違うことをやらないと楽しくないなという思いはありますね。作風を固定した方がクリエイターの戦略的には良いんでしょうけど、やってる方は楽しくないから、その時に作りたいものをジャンルにとらわれずに作りたいです。

松傘さんはユニークな活動を多くされていますが、ご自身の活動は日本語ラップにとってどのような存在だと認識していますか?

松傘  自分では取るに足らない普通の存在だと思うんですけどね。活動の規模も小さいですし。あえて言えば「良いスキマ産業」なのかなと思います。ヒップホップをやるからにはそのコミュニティやシーンに認められることが大事なポイントだと思うので、そこは確保したいところです。

最近、Dos Monosが筒井康隆と一緒に作った曲をリリースするというニュースを読んだんですけど、ちょっと愛憎を感じます。以前にでんの子Pさんと「カワイイラップショー」という作品を作っていて、筒井康隆の「残像に口紅を」をコンセプトにしたラップバトルという内容だったんです。筒井康隆×ヒップホップは既に自分もやっていたんだけどな……みたいな気持ちがなくはないですね。

「ボカロと人間が影響を与え合う」ことでラップは進化する

特に好きなボカロPと最近注目しているボカロPを教えてください。

松傘  円盤Pさんが好きですね。代表曲の「フリーはフリーダム」をはじめ、アバンギャルドでポップだし、ラップ的な表現もやっているので。でんの子Pさんの作品も必ずチェックしています。他には懐古Pさんという、レトロな作風で曲もアニメーションも自身で作られている方がいて、一時期はすごく聴いていました。

松傘  最近のボカロ曲は全然追えていないので逆に教えて欲しいぐらいなんですけど、この間の「無色透名祭」(編註:ボカロP・ちいたなが主催し、ニコニコ運営の支援により今年7月に開催されたボカロ楽曲の匿名投稿イベント)では「ポストずんだロックなのだ」が気になりました。

ボカロシーンやカルチャーのどのような部分に面白みを感じていますか?

松傘  私はボカロシーンにがっつりコミットするタイプの人間じゃないのでシーンのことには疎いと思うんですけど、やっぱり素人やアマチュアの人たちが作る音楽に触れられるのは面白い部分だと思います。ボカロが出てくる前は音楽をやりたい人ってギターを弾くかバンドをやるかみたいな感じで、選択肢がそんなに多くなかったと思うし、ハードルも高かった気がするんですよね。その選択肢を広げてくれたのはボカロの功績のひとつなのかと思います。

あとは、リスナーの存在はやっぱり面白くもあり、同時に危うくもある気がします。お互いにおすすめの曲を共有し合う文化は他にはないと思うし、私もボカロ曲を掘りたい時は信頼する人のTwitterを辿ったりしています。でもその一方で、作者とリスナーが共依存的になりやすいような気もしていて。Twitterではタイムリーにリスナーの感想が見えるので、私も、作るものがそれに左右されそうになることがあります。リスナーの自分への感想のなかには、過剰に神格化されていると思えるものもありますし。

個人的な実感で言うと、やっぱり自分が参加していたミックホップのムーブメントが一番面白かったです。Twitterを中心にクリエイターやリスナーがあれこれ発言したり、日々いろいろな作品が発表されたり。そのスピード感はボカロシーンならではの面白さだったのかもしれません。

松傘さんはanoinbaeさんやTachibuanaさんなど、ミックホップが注目され始めた後に登場したボカロPとも共作されています。現在も新しい世代が登場しているほか、YAMEIIやKamuiなど既存のボカロシーンの外からのアプローチも散見されますが、ミックホップの可能性や今後についてはどのように考えていますか?

松傘  ラップミュージックがオーバーグラウンドになるのにつれて、ミックホップ的な曲も一般的になっていくのかなという気はしますね。ボカロの中にラップ/ヒップホップ的な要素を組み込んだ曲がオーバーグラウンドになっていくのも時間の問題なのかなと思います。

ただYAMEIIやKamuiに関しては、聴いてみた感じだとエキゾチックというか近未来感を出すためのギミックとしてボカロを使っているのかなという印象を受けました。それはそれとしてありますが、他にもボカロのラップの広がり方はあるんじゃないかなと思います。それこそ、話に出たようなボカロと人間が影響し合うことで人間のラップが変容していくみたいなことが起こってくると、すごく面白いなと思いますしね。

リード文・聞き手:Flat
本文構成:しま


松傘 プロフィール

Twitter
https://twitter.com/matsukasa_

ニコニコ動画
https://www.nicovideo.jp/mylist/42795950

YouTube
https://www.youtube.com/channel/UC4hSdXPhA_3xJnBDHObDIbw

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