【イメージフォーラム・フェスティバル2023】ギャザリング・クラウドの数々
先日、シアター・イメージフォーラム主催の「イメージフォーラム・フェスティバル」に参加してきたので、その感想についてまとめます。
(1)概要
この映画祭の存在はイメージフォーラム・フェスティバル2021で上映されたラドゥ・ジュデの「アンラッキー・セックス またはイカれたポルノ」で知った。
とはいえ当時は映画にそこまで詳しくなかったのと開催場所が渋谷なのも相まって、そう簡単に行けず断念してしまった。
ところが、この映画を観た映画仲間らが絶賛していてアンラッキー・セックスについて気になったと同時にイメージフォーラム・フェスティバルそのものにも興味を持った。
そして今年のイメージフォーラム・フェスティバルでは東京だけでなく様々な拠点でも開催が決定され、名古屋でも上映されることになったため参加することを決意した。
実際に観てみると、ジュデのような長編かつ凄まじい映画に出会ったというよりは
・個人の映像表現で普段の映画では観たことないような描き方に出会えた
・独自の取り組みを知れた
の意味で面白かった。
この映画祭は商業映画とは異なる個人の映像表現に根ざした作品を特集した映画祭と説明されたが、そういった意味でいくと今はなき名古屋シネマテークで鑑賞したパトリック・ボカノウスキー「天使/L'ANGE」に近いイメージか。
本記事では実際に鑑賞した作品について簡易ながら感想をまとめたいと思う。
(2)観た映画について
①イップ・ユック=ユー「九籠における再び憂鬱な1日」
短評:
九籠の集合住宅を映した一作。
このCGはCall of Dutyより引用しているらしい。
憂鬱とした感情を集合住宅のディストピアさと重ね合わせたような作品なイメージがする。
②イップ・ユック=ユー「プラスティック・ガーデン」
短評:
あるアメリカの住宅を映した一作。
このCGもCall of Dutyから引用しているが、蝋人形のような人間を通じて人間が与える影響力について表現している部分が興味深い。
いわば人間がどこから自然に溶け込むか?オブジェクトと同化するか?の境目をグラデーションのように映していく部分は良い。
③イップ・ユック=ユー「雲は堕ちる」
短評:
様々な雲の映像を集めた一作。
このCGもCall of Dutyより引用しているが、時代の変化・時代における暴力性に関わらず空は青いぜ的なメッセージ性を感じる。
そしてふとした拍子に雲は雷鳴を通じて災害を与える神のような存在に昇華していてシンプルながらも表現の妙に見入りました。
④イップ・ユック=ユー「パニックルーム」
短評:
ある部屋を映している。
この映画は「革命前のノート」と並ぶ実写映画で、最大の特徴はテレビに様々な映像がランダムかつ雑音まじりで放送される姿にある。
東京で撮影された作品だが、日本の情報が過密かつスピーディに流れる情報の過剰供給さを描いていると思う。
そして、その情報の密度・速さに対する現実世界の営みの遅さのギャップを通じて情報社会のノイズさを描いていて興味深かった。
⑤イップ・ユック=ユー「革命前のノート」
短評:
香港の町並みを通じて政治家の生き様と父親の生き様をなぞらえた作品。
香港の情勢と変革は目に見えて分かる訳ではなく水面下で徐々に進行していく事を告げたような話に感じた。
この映画自体はそこまっでハマらなかったけど、その次に上映された最新作「長い目で見れば」とセットで見ることで魅力が上がる「ローグ・ワン」みたいな立ち位置の作品な印象。
⑥イップ・ユック=ユー「長い目で見れば」
短評:
半裸の男の背中をずっと映しながら香港の町並みを走り続ける話。
CGは「スリーピングドッグス 香港秘密警察」より引用しているが、香港の町並みで銃撃戦が止まない&銃で被弾しながらも走り続ける男が印象的な映画。
「時代革命」と同様に香港の今の情勢を再現して、ゲームの世界であるもののゲームの世界が現実と地続きになっている警鐘を鳴らす姿が惹かれた。
⑦アンナ・ファゾフ「シングス&ワンダーズ」
短評:
日常品を誤用するアニメーション集。
・道具を頭に、頭を道具にする
・頭にマイクを取り付けて街の様々なポール・設置物へ頭突きした音のサンプリング
・デジタル時計、砂時計にしてみたwww
・タイムマシン、VR(物理)で再現してみた!
・俺の指がぁぁぁぁぁ!!!
などの日常品を誤用したり、日常品でSFを再構築する表現富む映像が面白いと思った。
ノリがニコニコ動画の「◯◯、やってみた!」に近かったりCyriakを思わせる奇抜さも含めたコメディ感があってクスっとなった。
⑧宇佐美奈緒「I switch my skin to the ground」★
短評:
オープンワールドゲームで若い女性を操作している途中で腕しか映らない男に押し倒されてから女性の身に色々な変化が起きる話。
映画が進行していくうちに女性は身体を触られたり痴漢で尻を触られたりしていくが、その過程の中で女性の着ている服や身体に変化が訪れる。
「TOKAS-Emerging 2023」(トーキョーアーツアンドスペース本郷)でも上映された作品で、性暴力による身体乖離体験者との対話から作られたらしい。
性暴力によって自身を物体のような扱いにされた事を仮想世界のビデオゲームのコンテキストによって表現した一作だが、仮想の世界で投影された人物が凌辱される事によって、現実世界と深層世界での本望のギャップを浮き彫りにして徐々に抽象的に描く姿が面白いと思った。
ある意味で「ゆめにっき」のような世界観で手作り感ある雰囲気は好き。
現実世界と仮想世界のギャップをも描いたら更に化けるであろう一作。
⑨ツェン・ユーチン「2022年10月5日、君は逝ってしまった。」
短評:
亡くなったいとことの思い出話を淡々と話す男を映している。
男が発する人が死んだ後に残るものの主題とカメラワークが一致している所は様々な読みが取れる試みだと感じた。
⑩櫻井宏哉「The Stream XII-II」
短評:
雲、風になびく草原、水中の苔や海藻の揺れ動きなど様々なロケーションで自然が動く躍動感を映した作品。
映画というよりは作品集のような位置づけかな?
⑪施聖雪「告白夢」
短評:
乳腺増殖症にかかった女性の過去と現在までの変遷を語ったお話。
アニメの手書き感がほのぼのするが、その一方で過去に受けた恥やジェンダーとしての宿命で生まれる悩みが時間と共に社会が受容していく姿が印象的だった。
これを4分の短い時間で手際よく映すのは中々凄い事だと思う。
⑫シュ・ジンウェイ「何も変わらない」
短評:
音大を出て大きな志を抱いているものの就職に付けなかった学生のその後を描いた話。
中国の若者の就職難を描いた作品ではあるが、大卒であるブランドやエリートである事への青臭さ全開の映画でスーザフォンにアイデンティティを宿しているところが面白いと思った。
⑬ALIMO「並んだLAND」
短評:
作者が実際に観た映画・文学・体験を映画に落とし込んでストーリーラインに引いた作品。
インスピレーションの源流を知る意味で興味深いが、個人的にはそこまでハマらず。
⑭シャウ・エンビン「秘密を教えてあげる」
短評:
言語の壁を超えたコミュニケーションの変遷を追った作品。
表情、手の動きなど非言語の領域での可能性を追求したような一作。
⑮誉田千尋「ナハトムジーク」★
短評:
音の周波数を視覚化したスペクトログラムを使って夜の音楽を作ろうとした一作。
特徴として夜を思わせるオブジェクトやヴァルター・ベンヤミンの「複製技術時代の芸術作品」の以下記述を引用している。
アウラとは要するに時間と空間の用いて1回限りの「今ここにしかない」というオリジナリティや刹那のような神秘性といったもので、同じ夜の景色は時間帯・タイミングによって機微に変化している。それ故に視える芸術性も神秘さも変化する夜の摩訶不思議さを描いているのだと思う。
そういった演出は面白いと思った。
⑯劉明承「STRAW」
短評:
ある老人がストローを吸って飲み物を飲んでいる。
小さな舞台がカウンターの目の前にあるレストランを舞台に老人や小さな舞台で様々な変化がやってくる話。
ストローで飲み物だけでなく様々な存在を吸う老人は現代の大量生産社会において、食べ物・飲み物だけでなくそれらを作る場所・人をも吸う消費社会のヒエラルキーの頂点であることを明示していく。
そんな消費者の作り手の苦悩をも知らずに吸い尽くす様に恐怖が相見える一作で面白かった。
⑰ホー・ワン「九籠東部の昔話」★
短評:
香港のかつら産業に関するドキュメンタリー映画のような何か。
めちゃくちゃ面白かった。イメージフォーラム・フェスティバルの中でも本作がぶっちぎりで面白いと言っても過言ではない。
この映画では香港のかつら産業に関する歴史をモノローグで説明していくのをメインにしているが、随所に挿話される幽霊に関する怪談話から現実と幻想を行き来するようなストーリーラインに仕上がっていてそこが興味深かったです。
無関係だろうと思われるが、
・かつらの材質に使われる髪の毛に魂が宿る霊魂チックな話
・時代を変遷して肉と骨は朽ち果てても髪の毛だけは未来永劫残り続ける「人体における特異性」
・欧米から告げられたかつら産業の輸入制限を喰らった事への共産主義↔民主主義を行き来するかつらの不安定さ
・かつらを作ると脳内の回路が切り替わる。挙句の果てにはトランス状態になって毛沢東の歌を半狂乱で歌う従業員の話
…など、話が進めば進むほど「かつら」に対する幽霊のような怖さが徐々に生まれていくのが面白かった。
やがてある研究者が「死者と交信できるデバイス作った」といってEVPLデバイスという装置を用いてかつらの髪から発する信号からメッセージを解読するモキュメンタリー映画に化け始めるなど、この映画のジャンルそのものが幽霊のように各地を転々とし、実態が掴めない存在に昇華している素晴らしい映画でした。
⑱イム・チェリン「私は馬である」
短評:
胎夢を扱った作品。
胎夢は韓国の慣習で、生まれてくる赤ん坊の性別・性格・運命を暗示した予知夢を指す。
作者の母親が見た胎夢をドローイング・アニメーションで、人間が動物に変化したり、その逆を見せたり…な躍動感が面白かった。
⑲ヨンウン・キム「明るい音A」
短評:
「ピアノ・レッスン」みたいな浜辺とピアノからシーンが始まり、屋敷までピアノを運搬していくお話。
この映画ではピアノの調律基準Hzを巡る話がモノローグで展開されていくが、調律と音が鳴る事への貴重さ・感動は別物だぞなメッセージで展開していく。
率直に言ってそこまでハマらず。
⑳国本隆史「Who own the story?」
短評:
移住先のドイツで出会ったホームレスのロベルトを映したVlog風ドキュメンタリー映画。
居住する思い出の移り変わり、部屋に囚われない思い出の可能性を映す部分が面白いと思った。
㉑クワ・ウケン「ゾウのかたち」
短評:
少年に見えて大人には見えないゾウと少年を映した話。
「性」について知りたがる少年と、それを汚らわしい・見て見ぬふりをする大人の違いを映した作品で、英語の慣用句「elephant in the room」をモチーフにしている。
elephant in the roomは主に以下の意味で使われる。
子供の純粋無垢さ、好奇心の豊かさを描いたような一作でポップさが良かった。
㉒芝田日菜「瞑映」
短評:
ヤコウタケからインスピレーションを得た作品。
暗闇の中でしか見えない景色の神秘性を映した映画だと思うが、個人的に魅力も内容もあまり理解できなかった。
㉓陳爽「異郷」
短評:
モンゴルに住む少女が父親を探しに日本へ旅立つお話。
出生を追う自分探しのような話で、それを10分で伝える手際の良さが良いと思った。
㉔許願「Sewing Love」
短評:
孤独な男の元にある女性が逃げ込んできて運命的な出会いをするお話。
天空の城ラピュタかな?
自己愛・独占欲がどこから生まれて発現していくか?にスポットライトを当てた作品だが、具象と抽象を入り込ませて視える男性と女性の思想を炙り出していてこれも手際の良い躍動感あふれる一作でした。
㉕アヨン・キム「デリバリー·ダンサーズ·スフィア」
短評:
サイバーパンクみあるソウルを舞台に宅配サービスの仕事をする女性が自分と同じ容姿の女性に出会うお話。
映画としての形態を変えながらも人間が作ったシステムに縛られて、人間が作ったシステムによってペルソナのように出来た別の人格が支配しようとする現代社会のSNSに近いテーマみを感じて好き。
㉖竹原結「mom is どこ」
短評:
実写とアニメーションを合体した作品。
表現に富んだ作品だと思った。
㉗リサ·スピリアールト「スピリアールト」
短評:
ヒップホップのリズムに合わせてラップで語る作品。
MVのようなタッチでミュージカル映画をやってのける感じが良かった。
㉘シャーリン·シンシン·リュウ「ゆらめくグラファイト」
短評:
グラファイト色な景色と共に母親を撮影し続けたお話。
シャンタル・アケルマン「ノー・ホーム・ムーヴィー」のようなタッチだが、思い出が徐々に色褪せて消え去る様と景色を一体化させる演出は面白いと思った。
㉙nakice(奥野美和+藤代洋平)「ABITA」
短評:
ある廃墟を舞台にオブジェクトとダンサーが乱舞していくお話。
話の内容は正直よく分からなかったけど、瞬間瞬間で引き込まれるシーンの多い不思議な映画だった。
㉚リラン·ヤン「ザ・パーフェクト・ヒューマン」
短評:
ヨルゲン・レス「The Perfect Human」(1967)のフッテージ映像を機械学習で読み込ませてアナログ印刷技術で出力した実験映画。
印刷→AIの変遷によって完璧な人間の元型を捉えたような作品で面白かった。
とはいえAIから出力された人間の挙動は2進数のように動きグラデーションが存在しない、食事のシーンではファッキンファッキンと汚い言葉を巻き散らかすなどAIから見た完璧な人間像には一定のズレを感じさせる作りで面白かった。
㉛ゼン·リ「fur」
短評:
片思いの女の子を映したアニメーション映画。
身体のパーツが命を宿すような動き回ったり現実離れした展開などをアニメに落とし込んでいて、そういった演出が面白いと思った。
㉜能瀬大助「ライカワアッ」
短評:
芝生の上でベースの練習をしている男性をドローンの空撮で捉えた作品。
短い作品ながらもドローンの滑空音とベースの音色が共鳴するシーンはプライベートと仕事が地続きになったりならなかったりな人生模様を音の周波数で表現している感じがする。
そういったところは面白いと思った。
㉝川添彩「とおぼえ」
短評:
弟の死に顔を観たことで、自分自身の死を感じて自己の存在不確かな部分を描いたお話。
記憶と現実、生と死、そういった対極的な存在が常に揺れ動くさまを光で演出した実験的試みが面白かった。
特に自分ごとと捉える際に弟の顔と主人公が手で顔を抑えている時に照らし合わせる姿は幻想的だった。
(3)あとがき
一通り参加してみて「九籠東部の昔話」が一番面白かった。
今回観た映画はFilmarks未登録作品なのでnoteを通じて紹介してみたが、なんらかのタイミングで「九籠東部の昔話」が上映されることになったら観て欲しい。
今年はシャンタル・アケルマン映画祭2、イタリア映画祭、みんなのジャック・ロジエ、東京国際映画祭、イメージフォーラム・フェスティバルと様々な映画祭に参加したが、映画祭めぐりはこれで終わりになります。
参加してみて思ったのは映画の表現にはアイデアがいっぱい詰まっていて、そうゆうのを探索するのは面白かったです。
特に今年は名古屋シネマテークが閉館する悲しさが大きかったけど、それを映画祭によって多少は慰められたようなそんな感覚です。
東京国際映画祭そのものの振返り、12月の映画鑑賞、2023年の映画ランキングなどもやれればと思うので引き続き頑張ります。