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【活版】トーマスさんのこと〜トーマスさんは犬がきらい?
トーマスさんの来日前、彼と日本でのプログラムについていろいろと相談しているなかで、何気なく「そういえば、うちにはアレックスっていう名前の犬がいるんですよ。」っと話をした。
すると、「え、その犬、スタジオにのいるの?一日中いるの?」っと、やや焦った雰囲気の返事が返ってきた。
「おとなしい犬なんで、自宅にいたりスタジオにいたり、その日によっている場所はいろいろなんですが。」
「じゃあ、僕がいるときは自宅に置いておくのがいいかもね。
スタジオにいると、作業の邪魔になるし。」
あーなるほど、レタープレスについては神経質なほど真剣なトーマスさんだから、作業中は気が散らないようにしたいってことなんだ。
アレックスはもう10歳のおじさん犬なので、ほぼ一日中昼寝している。だから、いてもいなくても、普段のスタジオ作業には全く影響はない。
でもまあトーマスさんがそういうのなら、なるべくアレックスは自宅に置いておこう。 どのみち、アレックスにとっては自宅だろうが、スタジオだろうが、静かに昼寝ができればそれでいいのだろうし。
さていよいよはじまった、トーマスさんによるスタジオ研修第1日目。
それは土曜日だった。
土曜日のスタジオには、いつものスタッフ、はるちゃんとあみちゃんの二人に加え、アルバイトで週2回、スタジオ作業を手伝ってくれるキャットさんもいる。そして、キャットさんは、いつもどんなときでも愛犬ジーマと一緒にいる。ジーマはジャックラッセルテリアとパピヨンのミックスで、元気いっぱいの小さな小さな犬だ。 なんたって名前は、Zhi Ma=胡麻って言うくらいだから。
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私は、土曜日のスタジオには、そんなジーマがいることををすっかり忘れていた。
朝やってきたトーマスさんをみたジーマは、おー知らない人だ、遊んで遊んで!っと、すかさずトーマスさんの足元に駆け寄ると、まるでゴムボールのようにぴょんぴょん飛び跳ねはじめた。
「っわ!犬!なんで犬がスタジオにいるんだ!」っと叫ぶトーマスさん。
「ごめんなさい。お手伝いに来てくれてるキャットさんの犬なんです。こんなにちっさいから、いつも連れてきていて。 スタジオにも慣れてるから、大丈夫ですよ。かわいいからみんなも大好きなんです。」
その後、しばし、無言だったトーマスさんは、やがてジーマについては一言も触れることなく、そのまま研修をスタートさせた。
その日、研修が終わった夕方に、きいてみることにした。
「トーマスさん、トーマスさんって犬が嫌いなんですか?」
「It's not that I don't like dogs. There is NOTHING between Thomas and Dogs.」
犬が嫌いなわけじゃない。トーマスと犬の間には、なんの共通点もシェアするべきものもない。
なるほど。単に興味がないってことね、犬が嫌いとか怖いってことではないのだ。
「じゃあ、これからあなたをホテルまで送っていくけど、アレックスもついでに散歩させたいので、連れてきていいですよね。ちょっと待っててください。」
アレックスは、保護団体からもらった雑種で体重が23キロの大型犬だ。ジーマより数倍大きい
そのアレックスを見るなり、
「わっ! なんでこんな大きいんだ! さっきスタジオにいた犬じゃないじゃないか!」っと、数歩あとずさりするトーマスさん。
「あースタジオにいたのはジーマって犬で、さっき話と思うけど、キャットさんの犬なんですよ。それでこっちが、うちのアレックスです。おとなしいんですよ。だめですか?」
「ふん、だめじゃないけど、しっかりリードはもって散歩した方がいいよ。あと、あんまりうろうろ、周りを歩かないでね。」
なんだ、トーマスさん、あんなこと言ってたけど、やっぱり犬が本当に苦手だったのだ。
そんなわけで、普段はスタジオやオフィスの中を勝手気ままにうろうろしているアレックスも、その週はなるべくではなく、完全スタジオ入室禁止となったのだった。
ところが、明日はもうオランダへ帰国するという研修最終日夕方、そこにはなんとアレックスと二人で散歩するトーマスさんの姿が。
「アレックスは犬のように見えて、実は犬じゃないな。なかなかいいやつだな。」
どうやら、カフェでコーヒーを飲んでる時や、夕方のホテルまでの送迎という短い時間で、なぜかトーマスさんとアレックスは意気投合したらしいのだ。
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一体、この7日の間にトーマスさんとアレックスの間に何があったのか、私には知るよしもないけれど、トーマスさんが大の犬嫌いから、少しでもアレックス好きになってくれたのなら、うれしいことだと思ったのだった。
なにしろ、トーマスさんとアレックスの間には、レタープレスという共通項があるのだし。
There is LETTERPRESS between Thomas and Alex.
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でもアレックスはやっぱり犬です。トーマスさん。