【長濱蒸溜所】日本一小さいが、魅力いっぱいの複合施設型蒸溜所。
(※ 2020年7月現在、蒸溜所およびレストランは営業中です。が、状況によって営業時間の短縮・臨時休業等々の変更が予想されますので、訪問の際は必ず公式サイト等で情報を確認することを強くお勧めします。また、蒸溜所設備の見学に関しましては事前に蒸溜所へ個別にご相談いただくことをお勧めします。)
近畿圏において内陸県のひとつである滋賀。その北端部に位置する長浜市は、かつて城下町として栄えた場所であり、現在も長浜城跡や黒壁スクエアをはじめとした観光スポットが点在している、観光都市として有名だ。
そんな長浜の地にあるのが、今回紹介する「長濱蒸溜所」である。
日本一小さな蒸溜所
長濱蒸溜所の外観正面はトップの写真の通りだが、一見してウイスキー蒸溜所には見えない形状、規模である。かつて米を保管する蔵だったものを改装、利用しているのだが、一般的な「蒸溜所」の建物のイメージからはかけ離れた印象だ。
そんな蒸溜所の中は、入り口から入ってすぐ、建物でいうところの中央部がウイスキーの製造エリアとして使用されている。この部分は屋根の高さまで吹き抜けとなっており、1階部分に糖化槽、蒸溜器、樽詰めのスペースが、2階部分に麦芽用ミルと発酵槽が設置されている。
字面だけ見ると、あたかもウイスキー造り用に広大なスペースを割いているように思えるかもしれないが、実際には至ってコンパクトな(悪く言えば手狭な)スペースに、ウイスキー製造用の器材が所狭しと敷き詰められている状態だ。
大規模な蒸溜所の広さと設備の大きさを既に知っている人に目には、まるでミニチュア蒸溜所のように映るかもしれない。事実、その生産量は大規模な蒸溜所のそれに比べて遥かに少ない。「一醸一樽」とは長濱蒸溜所のモットーであるが、まさにそれを地で行く、極少量生産体制なのである。
生産量・蒸溜所規模ともに日本最小と言える長濱蒸溜所。他、特に大手の蒸溜所と比較すれば、そのポートフォリオの規模は歴然ではある。しかし一方で小規模だからこそとも言える、非常にフットワークの軽い体制が魅力である。それは生産の自由度の高さでもあり、既存の概念に囚われないマーケティング手法でもあり、融通の利いた顧客対応でもある。
極めて一長一短な体制ながら、それが逆に最大の魅力でもあり、他の国内の蒸溜所群に埋没しない長濱蒸溜所随一の個性とも言える。
ビアホール・レストランが併設という強み
国内の蒸溜所において、蒸溜所内にレストランを併設している所は数えるほどしかない。また、たとえ併設だったとしても別棟に移動が必要だったり、ガラス窓で完全に仕切られているケースが殆ど(というか他全部)である。
さて長濱蒸溜所はというと、なんと完全に同じ建物内、かつ完全に仕切られているわけではない空間(蒸溜スペースはエントランスにあたり、通路の開けられた壁一枚を隔てた同空間)にレストランスペースが設けられている。
実際、ピート原酒を仕込んでいる時期に訪れると、レストラン内にまでスモーキーな麦芽の香りが漂っているほど。壁一枚隔てているとはいえ、殆ど同じ空間を共有している状態なのである。
そのレイアウト上、残念ながら製造作業を”見ながら”飲食をすることは難しいのだが、レストランスペースを一歩出ればすぐ、ウイスキーの製造現場を見ることができるという状態ではある。この自由な距離感は他の蒸溜所には(全くもって)無い。多少お行儀は悪いかもしれないが、腹を満たす合間合間に製造作業を覗くことも可能だ。
また、当初見学のみで訪問した場合でも、席の余裕さえあれば、ランチ(またはディナー)タイムを付け足すことができる。蒸溜所の見学は多くの場合試飲が伴い、その結果、見学終了時には概ね空腹に苛まれることが(筆者的には)多い。敷地内や近所で飲食が不可能な場合には空腹に鳴る胃袋を抱えたまま、長時間の移動を強いられる。この苦痛をその場で、しかも気軽に回避できることはとても有難く、そして大きな魅力である。
長濱蒸溜所では先述の通りビールの製造も行われており、当然ながらレストランで楽しむことができる。…というよりむしろ、ビール製造のほうが先行していた訳なので、まだまだ途上なウイスキーに比べてビールのメニューが非常に充実しており、さらにそれに良く合うおつまみメニューも豊富に揃っている。ビール好きには大変嬉しいレストランだ(勿論ビールはとても旨い)。
また、ビールを飲まずとも(できたら飲んでほしいが)普通に食事を摂るだけでも充分満足度は高い。先述のビールおつまみ系(ソーセージやフィッシュ&チップス等)のほかにもサラダやパスタ、ステーキに焼きカレー、スイーツに至るまで幅広いメニューが揃っている(特に焼きカレーはイチ押し!)。尚、サラダ等の野菜には地元の契約農家のものが使用されており、ステーキは近江牛、ソーセージは地場産品、鮒寿司や赤こんにゃくも注文可能といった具合に、地元産に拘ったラインナップとなっている。余談だが、契約農家には肥料としてドラフ(麦芽の搾りかす)を提供しており、それを栄養として育った野菜をレストランに卸している形となっている。そういった点においても、地域密着型の施設となっている訳だ。
兎に角ここは、飲み手の欲望をたっぷり満たしてくれる、とても嬉しいレストランなのである。
観光エリアに立地という優位性
長濱蒸溜所の近くには観光スポットが数多い。市内には黒壁スクエア、長浜城、琵琶湖、ヤンマーミュージアム等々、徒歩圏内に多くのスポットが点在しており、一大観光都市となっている。
長浜蒸溜所はそんな観光エリアの一角をなし、最寄り駅からも至近、徒歩圏内に位置しており、日々多くの観光客で賑わっている。ここを訪れる客の多くはウイスキー目当てというよりも、レストランでの食事楽しみにを来ている様子だ。勿論、熱心なウイスキーファンも幾人となく訪れるのだろうが、主たる客層はレストラン利用客なのである。
これは一見「蒸溜所」の集客としてはネガティブに見えるかもしれないが、実は大変優れた集客の形態だと私は思っている。
というのも、少なくともウイスキー蒸溜所を訪れる客の多くは「ウイスキー(またはそれに付随するもの)」を目的に来るのであって、他のことを目的に訪れることはおそらく極めて稀で、「ウイスキー」や「蒸溜所」に興味がない、または触れる機会のない客層を取り込むためには宣伝広告や地道な布教活動が必要と考えられる。
その点、長濱蒸溜所はレストランが大々的に併設されていることによって、一般的なウイスキー蒸溜所が獲得し難い層の顧客も取り入れることが出来、潜在的な「蒸溜所」顧客の発掘が期待できるわけだ。
新設の、それも小規模な蒸溜所にとって蒸溜所への集客は、製品や自社のポリシーを顧客に知ってもらえる場としてとても重要であり、課題でもある。長濱蒸溜所は有利な立地と業態によって、この課題を他にはない形で解決していると思う。
そしてそれは現地に行けば一目瞭然、身をもって体感できることだろう。
さいごに
長濱蒸溜所は小さい。同じ関西圏はおろか、日本全国にあるどんな蒸溜所よりも小さく、そして特徴的だ。しかし決して脆弱ではないし、つまらなくもない。むしろ他の蒸溜所では得難い体験が(小規模ゆえに)多く得られるだろう。
たっぷり見学した後には美味しい食事とビールも楽しめる。空いた時間を周囲の観光に充てることだって容易だ。
是非、ここでしかできない「蒸溜所見学」を皆さんにも体験していただきたいと思う。
さあ、蒸溜所へ行こう。