ノリウツギの花を待つ #シロクマ文芸部
雪化粧という鉢植えを買った日、ほんのりと雪が舞った。
真冬なのに待ち合わせ場所を屋外に指定してくる夫も、その彼に「どこかのカフェにしましょう」と言い出せなかった私も、どっちもどっちだ。
と清子は、ホッカイロを背中に貼らずにきたことを後悔しながら雪を眺めていた。空から降ってくる雪は「降る」という言葉が全く似合わず、じっと立っている清子をからかうようにくるくるふわふわと踊っていた。大きな雪片はまるで花びらのようで眺めていて飽きることはないけれど、約束の時間から30分過ぎた頃には、その楽しさと裏腹にしんしんと冷えて爪先から感覚が消え始めていた。
あと5分、あと5分、と待つ癖はいつからなのか。もともと待つのが嫌いではないから、待ち合わせ場所には10分前に到着する。待ち合わせの時間を10分過ぎた頃には20分待っていることになるけれど、ぼんやりと空想に耽っていればあっという間のことだ。夫には「一時間たっても来なかったら、その日はキャンセルだ」といつも言われていた。仕事柄、急に行けなくなることがあるから仕方ない、と清子は理解していたものの、ああまたか、と落胆する自分を持て余した。
その雪の日もやはり夫は来なかった。一人で食事をし、閉店間際の花屋にふらりと入ったら、「雪化粧」という鉢植えを見つけた。斑入りの葉っぱが雪を思わせた。夏に咲くノリウツギ、「背伸びしたあじさいのような花」が咲きますよ、と店員さんが教えてくれた。
背伸びしたあじさいのような花を見たら、私も背伸びできるかもしれない
清子はその少し大きな鉢を抱えて帰った。
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あれから、15年がたったんだなと、窓の外に舞うぼたん雪を眺めながら清子さんは物思いに耽っていました。あのノリウツギの木はすっかり大きくなって、庭で雪化粧されようとしています。夏になれば、柔らかな空気を纏いながら静かにたくさんの花を咲かせることでしょう。
植木鉢で持って帰ったあと、何年待ってもなかなか花は咲きませんでした。あの夏、突然美しい海ぶどうのような蕾をいくつもつけて、ふわりと開いた白い花を見て、清子さんはこう思いました。
背伸びしたあじさいのような花、じゃないんだな。
手を伸ばすノリウツギの花なんだな。
その鉢を持ってこの町に引っ越してきたのは次の夏が来る前のことです。
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小牧部長、今週もありがとうございます。
皆さんの作品をこれから読みにいくのを楽しみにしています。
いつもの清子さんにも、やっぱり過去があります。
過去は変えられないし、事実のままそこに横たわっています。
忘れられない過去は、事実だった、という理由から辛いこともありますが、事実だったという理由で過去として見つめられることもあります。そこに感情はありますが、負の感情だけではない、という感触を最近持ちました。
清子さんにそんな私の思いを再現してもらった、という感じです。もちろん作品はフィクションです。全くもって。カフェカワウソはあるかもしれませんけど。