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吾輩は猫ではない #シロクマ文芸部
朧月夜、正真正銘私のフルネームだ。
ペンネームではない。
本名である。
朧月 が名字で、夜 が名前である。
吾輩は猫ではない。
月夜が好きな母は、父と出会った時、朧月という名字を知って、
「わたし、この人と結婚しよう」
と決めたそうだ。名字で結婚を決めた女、それが私の母である。そしてその時同時にこうも思ったそうだ。
「この人と結婚して、子供ができたら、夜っていう名前にしよう」
名字で結婚を決め、子供に夜という名前をつける、それを実行した女、ちょっと恐ろしいがそれが私の母である。ちなみに弟は光。母はドビュッシーも好きだったのである。
父はそんなことを知らずに、母と恋に落ちた。今もそうだが、母を溺愛している。そう、出会った時から。まさか自分の苗字が朧月だから、母が優しいとも知らず、メロメロになった男、それが私の父である。
父は毎朝5時に起きる。7時に出勤するまでに、家中に掃除機をかけるのだ。その家は、近所では白亜の御殿と呼ばれる瀟洒な洋館で、母の夢を隅から隅まで叶えるべく父がエネルギーを注いだ愛の結晶とも言える。母がナマケモノで掃除をしないわけではない。この家に引っ越して数日後のことだった。
ドンガラドンガラドンガラガッシャン
という音が家中に響き渡った。何事かと飛んで行ってみたら、2階の階段の上に困り顔で立ちすくむ母が立っていた。階段の下には人間だったら数箇所の複雑骨折を負ったようは掃除機がひっくり返っていた。
「手が滑って掃除機を落としちゃったの」
それからである。父は家の掃除を隅々まで済ませてから出勤するようになった。僕ら兄弟の間では、もしかしたら、母は確信犯なのではないかという噂もある。何せ、朧月という名字に惹かれ、まんまと結婚した女である。
白亜の御殿には「猫部屋」もある。大理石の床のこぢんまりとした部屋。そこにはシャナリとした真っ白なペルシャ猫が似合いそうだが、正真正銘もと野良猫の「アルテミス」と「セレネ」「ルナ」「ディアナ」が住んでいる。どの子も母が拾ってきた。父は最初渋面だったものの、玄関で子猫を抱えて
「拾ってきちゃったの、満さん(注:父)」
と首を傾げて父を見つめたら、イチコロだった。そうしていつの間にか増えた4匹の猫たちの世話も父の朝の日課の一つである。
当たり前にこんな夫婦を見て育った僕にも最近彼女ができた。しばらくは母には内緒だ。何せ、彼女の名前は星歌というのだから。
🌛
小牧部長、滑り込みセーフです。
今週もありがとうございました。
Wi-Fi環境がこの一週間大変不安定のため、コスタで書いています。世の中って便利で不自由ですよね。
掃除機の話は、私の叔母の実話からヒントを得ました。この叔父は私の理想の男性です。ちなみにトラオさんは全然違うタイプです😆