love once upon a time⑩
蟻つながりで思い出すアンコールワット旅行
わたしは4年半のマレーシア滞在を2回していて、これは後半 日系の工場で通訳翻訳日本語教師をしていたとき。
マラヤ大学の寮でいっしょだったWendy。中国系、インド系マレーシア人は当時2~3割しか公立大学に入れない状況だった中彼女はものすごく努力してマラヤ大学に入り勉強していた。彼女が最初に働き始めたのは日本でも有名なロレアル。そこにフランスから企業研修で来ていたフランス人の男性とともだちになった。会ってすぐにアンコールワットの話しになった。わたしは常に行きたいと思っていた。彼はおじいちゃんが昔アンコールワットを旅して、夜のアンコールワットをゾウに乗って見てまわったそう。よし、行こう!とすぐ決まり空港で待ち合わせした。
空港にはもうひとりフランス人の男性が来た。彼はロシア系フランス人。マレーシアで働いていた。はじめまして、をして3人でのアンコールワット旅行が始まった。
宿は別にとっていて彼らはいっしょにドミトリーに泊まり、わたしはホテルに泊まった。なるべく安い移動手段でアンコールワット群の遺跡をまわった。あれらがジャングルの中に潜んでいたとは本当にロマンティック。そしてあれらすべてを覆い隠してしまったジャングルの植物の力よ、、。昔の建築物なので階段がすごく急ではしごみたいに手を使ってのぼった。先に降りたわたしは木によっかかって休憩していたんだけど、その木に無数の蟻がいることに氣づいて慌てて離れた。ボルネオ島で背中を赤蟻にかまれて以来蟻を恐れている。
若かった3人、色々話をした。当時わたしはニュースでフランスの学校でだったかな、トゥドゥン(イスラム教徒の女性が髪を隠すために巻く布をマレーシアではこう呼ぶ)をかぶることが禁止になったと聞いていた。イスラム教の国では巻くのが当たり前(巻いてない人もいる)。禁止って選択肢がないのは嫌だなと思っていてその話をした。フランス人の彼はその選択肢は必要ないというような主張で話はものすごくヒートアップしてしまい、しまいにはロシア系の彼が仲裁に入った。
3人で4 hands(ひとりに2人でマッサージしてくれるということ)のマッサージを受けたり、チャリで遺跡をまわったり、カンボジア屋台飯を楽しんだり、彼らの宿からホテルまでバイクタクシーに乗ったり ほぼ知らないフランス人2人との旅 たのしかった。
わたしは3泊4日でフライトでマレーシアに帰る予定で、彼らはボートでプノンペンに行くと言っていた。このボート暑くて大変だったと後から聞いた。最終日もチャリで遺跡をまわっていて、「わ~!フライトギリギリ!」となってしまいチャリで町を疾走してホテルに帰った。
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