暑いですね。
と、当たり前な、あまり好ましくない始まりで書いてみる。言霊を大切にしているのに。
しかし、青い空。太陽は大切だなと改めて思う。暑すぎますが、おそらくヒートアイランド現象が酷いのだと思っている。マンションだと窓枠でさえ熱い。それが中に伝わって熱さが冷めないのだ。昔は30度越えって、5日や一週間続いたら「暑い夏だった」でしたよね。カナリヤ体質の私はコンクリートの上を歩くのが麻の日傘をさしていても、無理と思ってしまう。更に神奈川は坂が多い。うちの周りも御多分にもれずです。
さて、ネガティブな話しはこの辺でやめましょ?
那須には戦争博物館がある。行くと寄るところだ。しかし、もう栗原館長がいらっしゃらなくて、今は若い人がいましたね。元気な方で、話すと色々教えてくださり楽しかったのです。
誰もが戦争反対なのに、何故か戦争にルールがある。まあ、守られなかったですけれど。日本人がやったことになっていたのが実は違っていたとかなかなか知ると衝撃的です。
前は白いお馬さんもいたのですけれどね。
順不同です。
みんなお国の為に、いえ、家族や友達のために、まだ見ぬ日本人のために戦ってくれたのだなと思うと胸が痛みますが、現実ですからね。靖国に行くと特攻隊の人たちの文章が読めるのですが(行かなくても本でもありますね)あの頃のあのくらいの歳の人たちは成熟していましたよね。
私が暑くてしんどい時、ご飯を作るのに疲れたなんて少し思う時、思い浮かべるのは硫黄島で亡くなられた一般の方たちの一滴の水すら飲めなかったあの地下でのことです。「作るのに面倒だなんて、バチが当たるわ!」と。食べ物の危機はまた最近言われていますが、教師や普通の人たちが送り込まれて大した戦う道具ももらえず‥胸いっぱいになりますりあの硫黄島で守ってくださらなかったら。感謝しかありません。
今年に入って、同じ生まれ年の知り合いを2人亡くしました。片方は世界的に活躍した美容師。彼はアシスタントから数年しか仲良くしていなかったけれど、インターネットが始まって、これまた美容師として日本で活躍中の人が私を覚えていてくれて(よく遊んだからかと)メールのやりとりして、すごい出世!と思っていたのですが、まさかと言うのと、先月約一年の闘病で亡くなったこれまた世界で活躍した音楽仲間。しかも業界を毛嫌い?していた私たちとしては、私がかなりダメージを受けました。合掌
コロナのこの時代、大変なこともあるでしょう。
でも、結構生きてきて思うのは、息をしなくなったら、終わりなんです。いろんな別れに出会い改めてそう思います。
残される私が一番不憫ですが^^;
暑い夏を上手に乗り切りましょう。お読みくださった皆様、どうぞお身体に気をつけてお健やかに。。