a long time ago,in a galaxy far,far away…
アレン・ギンズバーグが絶賛した言葉のリズムで書かれたこのインタータイトルは ジョージ・ルーカスによって記された革命的な表明だった
神話を持ち得なかった国 アメリカで 神話作用可能なものがあるとしたら唯一「スター・ウォーズ・サーガ(S.W.S)」ではないか
しかもそれは広大な宇宙を舞台にしているにも関わらず 古代エジプトがモデルとなって ローマ的な筈のプロダクション・デザインがエジプト化し ハリウッドが考え出した神話的なイメージの根源に力を与えたのは1970年代 帝国軍の艦船インペリアル・スター・デストロイヤーもまさにピラミッド型だし それが宇宙を飛んでいる
トマス・ジェファーソンが あくまでヨーロッパ文化を植民地化したにすぎないのに対してS.W.Sは ヴェトナム戦争での失意を踏まえたアメリカの神話作用を創出することに成功したと一先ずは言える
スピン・オフでありながら 『帝国の逆襲』に匹敵する仕上がりの『ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー』(Solo:A Star Wars Story/2018年/アメリカ/135分)は 制作途上で監督の降板があった
神話的な映画であるがゆえの交代劇は 全てがマフィア染みていたに違いない
降板したフィル・ロードとクリストファー・ミラー監督は 傷つき 怒りに震えていたことだろう
間髪いれずに代理監督に選ばれたロン・ハワードは どの段階であれ 何よりもまず答えの不在を受け入れなければならなかった筈だ
同様に答えの潜在的な可能性を排除するものでもない代理監督は 俳優をそのまま続投させ いい悪いは別にして 定かならぬ仮面を被りつつ 単に聡明で豊かな演出力を駆使するだけでは務まらない調整役をも司る怪物と化したことだろう
そして 一切の「なぜ どうして」を口籠らせるに足る揺るぎない自負の焔がなければ出来ない仕業が フォースも ライトセーバーも出てこない この『ハン・ソロ』なのだ
メリエスからはじまる見世物としての映画とは それを目の当たりにした者の視線を画面に魅きつけることで 優れて背後の固有名を隠蔽する装置でもあるならば 本作はまさに それに徹した快作と呼び得る
この映画のテーマは インクルーシビティ(包容すること)だ
デッドプールはヒーローの落ちこぼれで 障害もあって ドン底な失敗や大事なものを失う辛さを知っているからこそ アウトサイダーたちを鷹揚に包みこんでいくことができる
劇中のキャラクターだけじゃなく 観客に話しかけ続けることで 観客をも仲間にしていく
デッドプールは 地球を救うみたいな大きな正義を振りかざさない
世間から見捨てられたひとりの子どもを助けようとするだけだ
とライアン・レイノルズは自作自演の『デッドプール2』(Deadpool 2/2018年/アメリカ/120分)に就いて言うが この定義は (ハン)ソロ つまり 極めつけの孤児にもあてはまる
愛情を強く欲していると同時に とても利己的でもある孤児性こそハン・ソロだと ハリソン・フォードが指摘するように それはそのまま黒澤明の映画のある登場人物に似て(例えば『七人の侍』で三船敏郎が演じた出自の曖昧さに似て) 何もない状態から生きながら常に探し求めている若者の姿なのだ