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BETA生物学
今回はBETAの生物学的考察をしてみたいと思う。ご存じの通り、BETAは炭素系生命であること以外、地球上の生物との共通点などは見つかっていない。オルタネイティヴ2で散々調べ尽くした結果であるが、得られた成果は代謝低下に関わる酵素くらいだったという話だ。
先に確定事実としての代謝低下酵素について説明しておこう。BETAは海底を移動したりするが、その様な極端な環境変化(温度や圧力など)に対する高い抵抗性の理由として、環境に応じて自分の身体を変化させるというものがある。その変化の際には移動を停止し、変化モードに入るというわけだが、その状況を誘導する酵素が代謝低下酵素として発見されたわけだ。なんの意味があるかというと、研究用などで捕獲されているBETAがおとなしくしているのは、この代謝低下酵素を連続的に作用させ続けて停止モードにし続けているという応用がある。
もちろん酵素とは言ってもタンパク質の様な地球生物と共通基質を利用したものではないだろう。そうであれば、もっと理解が進んでいるはずだ。おそらく、BETAの体内からある程度共通して抽出された物質の一つに、そういう働きがあることが実験的に確かめられたので、それをそのまま使っているのだろう。人類がそれを一から合成できるかどうかは分からないが、BETAの体内にあるなら材料には事欠かないだろう。
さて、BETAの生物学を考えるためには、まずBETAを作った創造主のことを考える必要がある。作中で語られている通り、BETAの創造主は「ケイ素系生命体」だとされている。これもSF作品では古くからある設定である。ケイ素は炭素と同じ原子価が4であり、理論的には炭素と置き換えても同じような構造の化合物が作れると言えなくもない。ただし、実際には原子の大きさの違いから、多くの差が生まれる。例えば、特にπ軌道の重なりがどうしても小さくなり(原子が大きいので軌道同士が近づきにくい)、多重結合の不安定さは必ず生じる差である。当然ながら他にも色んな差があるため、炭素化合物とケイ素化合物は理論的に言われるほど同じように作られるわけではないのだ。
では可能性としてBETAと創造主の生物学的関係はどのようなものなのだろうか。まず先述の通り、ケイ素生命体が存在したとして、それは地球の炭素系生命体とは全く異なる条件・機序でしか生じ得ない。その在り方としても、可塑性や変化を前提にしたものではなく、むしろ安定性・無変化を基調としたものであることが、あ号標的との会話から読み取れる。つまり、創造主というのは、きわめて安定かつ過酷な条件化において安定に存在し得るケイ素系化合物(しかも自己複製が可能な構造)をベースに構成されている生命体ということだろう。過酷な条件というのは、安定に存在するケイ素系化合物というのは基本的に極めて反応しにくいはずなので、そこから何らかの複製反応や生命活動が生じるためには極めて大きな活性化エネルギーが必要になると考えられるからである。また、地球のように、例えるなら水のように(水は0~100℃でしか存在できないが、水蒸気は100℃以上なら何度でもOK)、中途半端な状態は周囲の環境(太陽との距離が少し変われば終わる)条件などに依存してしまうので安定させるのが難しいが、極端な条件なら周囲の環境に依存せず安定しやすいはずという話でもある。おそらく超高温・高圧な環境などに居るのではないだろうか。G元素という特殊な粒子が自然に多く存在したであろうことも、環境的に地球などとは大きく異なる可能性を示唆している。常温超電導などは、原理的に低温以外の条件だと超高圧などでないと難しいだろうから。BETAが地球環境でもそれらG元素を製造できるというのは、創造主がG元素の原理を解明しているからであろう。
その様な、単一の極限環境でしか存在し得ないケイ素生命体だからこそ、資料採掘用の装置として変化・適応がしやすい炭素系疑似生命体のBETAを作ったのだろう。人間が逆に炭素系生命体では耐えられない環境での作業用に非炭素系物質でロボットを作ったりするのと同じイメージである。これらのギャップがBETAと人類の大きな違いを産んでいるし、通常理解の困難さを表していたのだろうが、ケイ素生命体の存在を加えることで、見えてくるものはあると思う。上記の代謝低下酵素にしても、環境変化への適応を能動的な構造の変化に依存するというのは、安定性を前提にしたケイ素系生命体ならではのアイデアかもしれない。
というわけで、ケイ素生命体が作ったBETAが通常環境で発生した炭素系生命体と全く異なるのは当然なのである。おそらく、ケイ素生命体自身の構造や原理をそのまま炭素系に置き換えているのだろう。だから、通常の生命現象は行わないし、以前の考察に挙げた通り呼吸もしていないと考えられる。ケイ素は二酸化ケイ素などが気体分子として存在しないからだ。
その場合BETAのエネルギー系はどうなっているのかというのも疑問になる。SFだとケイ素系生命体がエネルギーを外から摂取できるとすれば、石を食べるみたいな予想もあるが、反応しにくい生体系で、反応しにくいものをエネルギーとして使うのは効率が悪すぎる。複製の材料に使うために物質を摂取することは想定されるが、エネルギー自体は既に何らかのエネルギー(熱や電気など?)として即時利用可能な形のものを使うのが自然に思える。普通の生命体がそんなことやると無秩序な反応(それこそ分子の破壊も含め)が起こってしまうので無理だが、反応しにくいことが前提なら可能だろう。
それを考えるとBETAのエネルギー充填・利用方法も同じなのだと思われる。BETAの場合は、エネルギーを反応炉などとの接触によって得ている描写があるので、やはり物質的な摂取ではなく、エネルギーとしての摂取であろう。物質的な摂取は複製材料の調達などに使うというのも、コンセプトとしては創造主に近いと仮定してもおかしくはない。BETAの場合は自身の複製ではなく、ハイヴ内で行われる新規製造の材料であるが。
BETAのエネルギーを考えるときに、一番困るのが光線級である。あのレーザーの出力は異常だからだ。光線級などの出すレーザー出力を雑な計算で電力に換算しても数千万kWはあの体内に蓄積されている必要があると思う。G元素があれば何でもOKという考え方はあるが、光線級など通常のBETAは製造にG元素を使っていたとしても、それ自体の材料にはG元素が含まれていないと予想される(BETAにG元素が含まれているなら人類は躍起になって死体を回収するはず)。まあ含まれていても精製ができないだけかもしれないが、それならG元素の生成研究より先に精製研究の方が活発になるはずなので。つまり、光線級そのものにG元素は含まれていないと仮定すると、純粋な炭素系化合物で、それだけのエネルギーを蓄積し、放出することができる上に、その放出に自分は耐えられるのだ。そのすごさは想像を絶する。