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刈谷市美術館『宇野亞吉良展』その2

前回からの続き。


アナログな装丁に残る手仕事の匂い。

1985 雑誌「ユリイカ」表紙
書籍表紙多数。

装丁の版下の作り方なんて、全然わからないんだけど。
トレーシングペーパーに、タイトルまで自分でレタリングしているのか? それともインレタってやつ? 文字を入れる場所だけ指定しているのもあるなあ。
景山民夫氏『遠い海から来たCOO』は持ってた。まだどこかにあるかしら。探せば宇野氏の関わった書籍、かなりの数出てきそう。イヤそもそも母数が多いから。
展覧会場にも、実際に出版された書籍がズラーリと並んでいて、北方健三氏、辻真崎氏、落合恵子氏……単行本だけじゃなく、ノベルズから文庫まで、売れっ子ばっかり。
展覧会に来ていたお客さんたちも、ガラスケースを指さしながら、昔読んだ本の思い出など、小さな声で囁き合っているようでした。
原画の上にかけられたトレーシングペーパーをよく見れば、制作の手の存在を感じさせるような、シワだの擦れ跡だの、かすかに残っていたり。宇野氏の手の仕事が生々しく伝わってくる。自分が好きだった本は、こんな風に手をかけて作られていたんだ、と実感できる展示でした。

挿絵。

1980年代 「かくし絵どうわ」他 挿画
1994 活路(北方健三)挿画

装丁だけじゃなくて、中の挿絵も、もちろんいっぱいやっています。小さい画面に色彩とキャラクター。キラキラして、まるで宝石みたいに素敵な小品たち。
美術館の壁の額で見てもこんなに素敵なんだから、ベッドの中で本を開いて、こんな絵がでてきたら、そりゃあ素敵だろうなあと。
大人向けの本の挿絵は、打って変わって昔のペン画か、白黒映画のスチル写真みたいな、渋くて写実的な絵。ぱっと見、宇野氏の絵とは分からないくらい、骨太で、ずっしり重たい挿絵だ。コレはちょっと意外だった。宇野氏、こういう絵も描くんだ? いや……リアルに寄せた、スケッチ風のイラストも多いから、写実系がイケるのは、わかってたんだが。
官能的な女性やアンニュイな女の子の絵のイメージが強いから、パッと見は意外に感じるなあ。しかし、ゴツイおっさんでも、どこか官能的なのはさすが。
小説の本の主役は小説なんだからと、そこに合わせて作風をこれほどまでにコントロールするというのは、
「完成品は、あくまで本なのであって、自分の仕事はその一部だ」
という考えによるものなんだろうな。

絵本たち。

1991 白いサーカス
1986 愛の薔薇伝説 サン・ジョルディ物語
2011 マイマイとナイナイ
2017 2ひきのねこ

もちろん、宇野氏自身の絵が主役の出版もあるわけで。
絵本も何冊も出されています。子供が好きだったのかなあ。
しかし、いわゆる子供向けの仕事じゃない。前回の記事にもチラリと書いたけれど、子供を大人扱いしているというか……子供を大人にするような作品。
色相を絞ることで、モノクロの迫力とカラーの艶めかしさを併せ持たせてみたり、輪郭のない淡い色彩のみで、雲の上の風の中の景色のような空気感を出してみたり。黄ばんだ紙のような背景色で、古い異国の物語を思わせてみたり。
色彩、構成、描画のあの手この手、総動員だ。

1994 絵本「ぼくはへいたろう」

イラストレーターとして腕を振るうのはいいんだけど、このロクロ首の妖艶さとか……ちょっと手加減してくれ!
こんな、真っ赤な唇を半開きにして、白い歯から吐息を漏らしながら、ほつれ毛を噛んで、瞳が隠れて、白目が青く光るほどの流し目。なんだこの妖艶さ。冷たい汗でしっとり濡れているような手、くすぐるような指。
子供にコレはあかんて! 性癖を歪める気マンマンや!
一つ目入道の異質っぷりもキツイ。哺乳類の眼じゃない。感情も何もない、話は通じない、でも何か絶対的な意思を持ってこっちを見ている。まさに化け物。
この「ぼくはへいたろう」という絵本、三回も、絵を新しく描いて出してたそうで、その三パターンが展示されていた。基本の構成や基本のキャラデザインは同じなんだけど、色味を変え、筆のタッチを変え、キャラの細部も微妙に変えて、この粘っこさというか、性癖の盛り方というか、まるっきり変えている。そんなに子供の性癖を歪めたいのか。
執拗なのも限度があるだろ、と言いたくなるほど。

舞台美術。

2009『星の王子さま』舞台装置(扉)
2008『Over The Rainbow……? ~アリス的不完全穴ぼこ堕落論~』仮面5種

名古屋時代の展示に、主催していた人形劇団や、記していた観劇絵日記など、舞台への興味を示す資料がありました。
その後、イラストレーターとしてコンサートや演劇の仕事も多々ありましたが、世紀が変わる頃から、本格的に舞台芸術に携わるようになったようです。
自分は演劇どころか、舞台そのものを見た経験がないので、本来の評価ができないのが口惜しい……

……とはいえ、展示されている作品の数々、まとった雰囲気が異質というか、こんな素人目にも
「普通の演劇とか舞台とは、だいぶ違うみたいだ」
というのは、ビリビリ伝わってくるのでした。

ダンス・エレマン公演 衣装原画と人形。

この人形はどんな風に使われたんだろう?
こんなに細かい造作の小道具を使うというのは、かなり観客と演者の距離が近いのかな? 小劇場系というヤツかしら。
この、ダンス・エレマンというのは、ダンサーの斎藤姉妹を中心にしたユニット、という事で、一般的にイメージされる劇団とはだいぶ違うみたい。
宇野亞喜良氏は、その美術監督として参加していたとの事。

ここまでの展示で、宇野氏の作品は、大きくともポスターのサイズ、大判の絵本の見開き程の大きさが多かった。
ならば関わる舞台も、その上を別世界に見せる大きな舞台ではなく、演者と観客がパーソナルスペースを共有するようなサイズの舞台だったのかもしれない。映画を観るように観る舞台ではなく、絵本を観るように観る舞台。

ダンス・エレマン公演 人形・舞台写真。

ダンス・エレマンの公演のタイトルも、この人形が出演した『人魚姫』や、同じくらいの縮尺の人形の『星の王子さま』といった絵本みたいだった。
星の王子の人形には、少女の姿になった薔薇の人形がペア。人魚姫もそうだけど、人間と人間以外の者がでてくるお話、その境が曖昧になるような話が多いな。人形によって演じるのにふさわしい題材か。
人間が身に着ける衣装も、建築物から引きはがしてきたような装飾や、割れた骨盤、古い額縁の廃材みたいなものが使われていて、着ている者を人間以外の者に見せている。
これを着た演者は、人形と、どんな共演をしたのだろう?
人形もこの衣装も、舞台上の非現実的な照明に照らされて、どれほど複雑な陰影を描きたしたことか。
芝居ではなく、舞踏であることを最大限に生かす、舞台美術であったことは間違いないだろう。

ダンス・エレマン公演 舞台衣装。
後ろの壁は、渋谷コクーン歌舞伎 ポスター原画。
ダンス・エレマン公演 『美女と野獣』被り物。

しかし、被り物のカタツムリの殻にまで、宇野氏の女性像が描かれているのにはビックリした。ヌメヌメした胴は、足のめくれ上がった様子まで、今にも蠢き出しそうで、リアルにも程があるだろと言うのに、殻に突然、宇野氏の美女の顔が浮かぶのだ。コレ、観客に見えてたのかな?
たとえ見えなくとも、ここに描かれた絵の雰囲気は、演者に妖しい艶めかしさを与えたに違いない、とは思う。

宇野氏の作品は、ポスター装丁挿絵絵本、どれも基本的に、絵と文字の組み合わせになる。舞台美術でもそれをやろうとしたのか、文字ばかりの衣装、というのがあった。
仕立て方が独特で、頭や手、胴体を通せる穴が複数あって、演者は、それをどう纏っても良い、という仕掛け。
これはつまり、演者を絵画に衣装を文字列に見立てて、舞台上に書物の表紙や本文のようなレイアウトを再現するというコンセプトだったんだろうか。

T Factry 衣装原画・衣装。

ポスター。

丸々一部屋をポスターで埋め尽くす、という恐ろしい展示があった。さらに、やや小ぶりの展示室が二部屋、ポスターの展示に使われていた。夜光インクで印刷された作品のために暗くした一室と、原画を展示した一室。
宇野氏が、どれほど多くのイメージを、社会にあふれさせてきたか。今も眼にするイラストやポスターなどに、どれだけ影響を与えて来たか。
それを、物量で思い知らせる展示。
モチーフの選別や、構成や配色の妙技、メッセージ性の盛り込み方やその内容など、一つ一つ読み解いて行ったら、もう時間がどれだけあっても足りやしない。

ポスター展示室・1
ポスター展示室・2

それにしても、小劇場の芝居から国際的な公演まで、自動車からレコードまで、企業広告からデパートのイベントまで、二十世紀末の日本の都会の消費行動の、ほぼ全てに関係している、というのはとんでもない話ですね。
そしてそれがどんなジャンルのポスターであっても、間違いなく宇野亞喜良ワールドの作品である、という存在感。
しかも唯一無二で、いささかセンシティブな作風。
人を選びそうなのに、皆に受け入れられているという……
本当に、不思議な作家だ。

絵画、立体の作品。

出版や舞台やポスターなど、他者との共同で完成となる作品ばかりではなく、宇野亞喜良氏のただ一人の仕事で完成する作品の制作も、もちろんある。
ことし2024年で90歳になる宇野亞喜良氏だけど、老いてますます、新しい表現へ挑戦していくように思われる。

1960年代の表紙やポスターでも、コラージュは行われていたけれど、1990年代にはさらに大胆に。ともすれば、どこからどこまでが作品なのか分からないほど。作品が存在する場所そのものまで作品の一部にしていくような感覚は、ひょっとして舞台美術の経験から生まれたものかもしれない。
舞台美術は、制作した品物そのもののみでなく、それが存在する舞台の空間まで……時にはそれを観ている観客、客席まで含めて、作品として完成するものだったから。

1992『OH セザンヌ』『ピカソ』
1996『澁澤龍彦考 / サン・ジュストとサド侯爵』

立体作品も、舞台美術と関係しているのだろうか?
展示されていた作品は、皆高さ30センチ以下の小品だった。
舞台美術としても、彫刻としても小さい。卓上に据えるのにちょうどいい、とは思うけれど。
宇野氏自身が、作品作成の傍らに置いていたのだろうか?
宇野氏の絵画の中の世界には、きっとこういうオブジェクトがたくさんあるのだろう。
小品ではあるけれど、これが置かれた室内は、宇野氏の絵の世界に少し近づく、そんな力があるように思われる。

2012年前後 立体作品
2020年前後 俳句と画を組み合わせた作品。

B4サイズほど小品。下地材の白、それを生かした黒い線での繊細な描写、そして部分使いの彩色。文字アクセントとして、俳句が描き込まれている。タツノオトシゴに餌やりをしたり、胴がネコの怪物に変身して、ネコの頭の少女に抱かれてシャボン玉で遊んだりしている。宇野氏の集大成のように見せかけて、新しい表現への挑戦になっている。
俳句の一部は、寺山修司氏の作だという。
寺山修司氏や渋沢龍彦氏は、演劇で一緒になったり、文学で一緒になったり、宇野氏と浅からぬ結びつきを持ち、時には宇野氏とコラボ作品を発表するなどしており、今回の展覧会でも関係の深さをうかがわせる作品が、少なからずあった。このレポートでは、自分の不勉強により、それらについて言及ができなかった。

他にも、音楽関係の仕事など、90歳を越えてなお、新しいことに挑戦している、その気概を伝える展示で、この展覧会は締めくくられていました。
既に思い出になりかけていた宇野亞喜良氏の仕事が、これからも学ぶべき手本として、生まれ変わった展覧会でした。
いやホント、この展覧会は来てよかった。

くり返しになりますが、年明けには群馬県立館林美術館に、秋からは、秋田市立千秋美術館に巡回するとの事ですので、当該地域の方はぜひご観覧ください。






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