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【霊能探偵怪奇譚】空っぽになる少女・5(終)

『ところで瀬織せおり、あの時何を見たの?』

ファミレスから出て自宅兼事務所であるマンションに戻る途中、るいが瀬織に尋ねた。

「あの女性の記憶……」

『記憶?』

瀬織は頷き見たものをかいつまんで話し始めた。

「幸せから絶望に変わる記憶だった……。幸せな結婚式、可愛い子供。でも……」

瀬織は言葉を詰まらせた。その記憶は彼女の心を痛めるものだった。

「ある日暖炉の火が原因で顔に火傷の傷ができてしまって……その傷を見た夫は彼女を見捨てた。美しい女性にしか興味がなかったから。そして……彼女とそっくりに育った子どもを奪い、女性を見知らぬ土地に置き去りにした」

ミタマと泪は黙って聞いていた。
瀬織の声は女性への深い同情が滲んでいて、悲痛な思いで辛そうだ。

「彼女は海岸で白い貝殻を拾ってた。子どもとの思い出が詰まってたんだと思う。毎日毎日、拾ってた。また子どもと会えると信じて」

『そうか……。オレが見たのはその貝殻で文字を並べるところだった。あの貝殻にはそんな意味が……』

ミタマは静かに言った。

『待ってる、返してっていう文字。あの人の悲しい叫び声だったんだな』

瀬織は頷いた。

「彼女の思いを受け止めなきゃいけない。そうしないと、彼女は永遠に救われない」

『そう、そういうことだったのね。わかった。助けましょ、あの女性を』

泪は決意を固めたように言った。

『じゃあ、これからどうする?』

瀬織は少し考え込んでから答えた。

「まずは依頼人から詳しい話を聞いて、それから彼女の過去についてもっと調べましょう。あとは……連れ去られた子どもがどうなったのか、子孫を調べてみようと思う」

『子孫?』

「うん。もし見つかれば、彼女が安心できるかもしれない」

ミタマは感心したように瀬織を見つめた。

『なるほど!子ども本人はもう亡くなってるかもしれないけど、幸せに生きた事を知ったら、彼女も安心するかもしれない』

『うんうん!うまく行くかはわからないけど、まずはやってみましょ。ただし!瀬織は少し眠ってからね』

泪は尻尾でぽんぽんと瀬織を撫でながら言った。
ちょうどマンションに辿り着き、どっと疲れが押し寄せたのか、瀬織は眠そうな顔をしていた。

『そうだな。少し眠ったら行動開始しよう。オレが側にいるから、安心して眠るんだぞ』

『アタシ達もいるからね!』

ミタマ達の言葉に安心したのか、ベッドに辿り着くなり瀬織はすぐに寝息を立てていた。
その傍には、優しく見守るミタマと、隣でウトウトする泪の姿があった。



太陽が高くなり、その日差しがジリジリと暑くなる頃、瀬織は目を覚まし、すぐに依頼人へ連絡をした。
返事を待つ間、朝食兼昼食を準備する。
ミタマと管狐達の分も一緒に。

食事を始めてすぐ、スマホに依頼人からの返事が届いた。

内容を確認すると、どうやらとある海岸沿いの観光地へ行った後からあの女性が現れ始めたようだった。


この情報を元に、瀬織達は計画を立てた。
その土地へ行き、図書館で古い新聞記事を調べたり、地域の歴史に詳しい人に話を聞いたりすることにした。

電車を乗り継ぎ辿り着いた海辺の街は、あの時見た記憶の中の街とは全く違っていた。それでも海岸は面影が残っていて、瀬織はここがあの海だと確信した。

『ここだな、瀬織』

「うん。ここで間違いないと思う。さ、調べましょう」

瀬織達は図書館を目指し移動した。
中に入り、過去の新聞記事や郷土史を調べる。思った記事になかなか辿り着かなかったが、根気よく調べ、ようやくこれという記事に辿り着いた。

「見つけた。きっとこれよ」

『海岸で女性の遺体。白い貝殻の話……』

間違いないと確信し、この記事を元にさらに調査を続けるため、瀬織達は奔走した。
通い詰めた図書館の入り口の売店に、白い貝殻をあしらった物が売られているのが妙に印象に残った。



数日後、瀬織とミタマは再び例の家の前に立っていた。今度は準備万端だった。

「行こう、ミタマ」

瀬織は静かに、しかし力強く言う。

『ああ』

ミタマも頷いた。

二人が玄関に足を踏み入れる。
時間はすでに午前2時。瀬織達の侵入にすぐに気付いたのか、あの冷気が再び彼らを包み込んだ。しかし、瀬織は怖気おじけづくことなく前に進み、階段の前に立った。

2階からあの時と同じ、水気を含んだ足音がする。例の着物の女性が現れたようだ。
足音は階段へと到達し、ゆっくりと降りてきた。
やがて姿が見えるようになると、瀬織は深呼吸をし、真っ直ぐに女性を見つめた。女性の姿は前と変わらず、不気味さの中に絶望と悲しみを湛えていた。
瀬織は強い意識を持って、悲しい瞳をしっかりと見つめた。

「どうか聞いて」

瀬織は静かに、しかし芯の通った優しい声で話し始めた。

「あなたはサエキアヤコさんですね?18歳で地元の名士と結婚し、翌年に女の子を出産しました」

女性、アヤコの歩みが止まり姿が揺らいだ。その瞳には驚きの色が浮かんでいる。

瀬織は続けた。

「その後あなたは不慮の事故で顔に傷を負い、それがきっかけで夫に見捨てられ、子供まで奪われてしまった。そして……海岸で亡くなりました」

アヤコの姿が大きく揺らめいた。その目には、悲しみと懐かしさが交錯していた。

「どうか落ち着いて……聞いて下さい」

瀬織は一歩前に進んだ。

「あなたを見捨てた男性は、あなたが海岸で亡くなってからすぐに……亡くなっています。お子さんは里親に引き取られ幸せに暮らしました」

アヤコの姿が大きく揺れ、少しずつ冷気が収まりつつあった。瀬織の言葉に、アヤコが反応しているのは間違いない。

「もう大丈夫。あなたの怨みの対象もいない、心配していたお子さんも幸せだったんです」

揺らぎ続けるアヤコだったが、何故だろうか、急に元に戻ってしまった。
瞳の奥の悲しみは、未だ消える気配がなく、冷気もまた元に戻りつつあった。

「あなたの悲しみ、怨み、想い……わかります。どうか、もう……」

瀬織の言葉が伝わらない……。

『なんだ?なんで浄化しないんだ?』

次第に焦り始めるミタマ。
瀬織の表情も、曇りが見え始めていた。

「何か、何か考えないと……」

『待て!何か聞こえる!あの人、何か呟いてる』

焦りで気が付かなかったが、確かに小声で何かを呟いている。
瀬織とミタマは息を殺し耳に集中した。

『あ……いた……い……あい……た……い』

ハッとした。
彼女は安心したいのではない。ただ、子どもに会いたかったのだ。
歳をとった我が子が幸せだったかじゃない。
待ち続けた我が子に今会いたいのだ。

『会いたいよな……でも、どうしたらいいんだ?もう亡くなってたじゃないか』

「……会いたい……こども……望むもの……」

『生きてるならまだしも、亡くなった人と会わせるなんて……無理に決まってる!』

焦りがミタマの思考を止める中、瀬織は何かを思いついた。
ゴソゴソとショルダーバッグの中の何かを探している。

「あった!ミタマ!大丈夫。今からアヤコさんとお子さんを会わせる!」

取り出した一枚の形代。それが柔らかい光に包まれ始めた。
ミタマの目にはただの光る形代なのに。光る形代を見たアヤコの表情が明らかに和らいだ。

『ああ……美代子……』

その顔には、もはや怨念の色はなく、安らかな微笑みが浮かんでいた。
形代が瀬織の手を離れ、アヤコに近付く。
アヤコは手を伸ばし、形代を抱きしめた。
その時、形代の光が強くなり、アヤコを包み込んだ。
アヤコの姿が薄くなり、消えていく。
最後に、微かなそして穏やかな声が聞こえた。

『ありがとう……』

光が消え、家の中から冷気が完全に消えた。
外からは柔らかな月の光が差し込み、瀬織とミタマを優しく包んだ。

瀬織は深くため息をつき、膝から崩れ落ちた。

『瀬織!』

ミタマが慌てて駆け寄る。

「大丈夫……ただ、ほっとしただけ」

瀬織は微笑んだ。

「少し休んだら、2階を確認したいな」

『そうだな、何故ここに現れたのか、見つけないと』

頷いてミタマが階段の方を見る。
しばらく休み2階へ上がると、ある部屋にこれが原因だろうと思う物があった。

それはレンガで組まれた暖炉と、その上に飾られた白い貝殻の写真立てだった。
あの街の図書館で見た貝殻細工の工芸品を思い出す。

『依頼人のやつ、これを買ってきてたのか』

「白い貝殻に宿るアヤコさんの想いが、暖炉という元凶と合わさって、悲しい想いが膨らんでしまった……」

無言でミタマも頷き、二人はゆっくりと階段を降り、玄関に向かった。

『しかし、お前本当にすごいよ!あの形代、なんだったんだ?』

ミタマは感心し、同時に疑問を口にした。

瀬織は首を振る。

「違う、みんなで成し遂げたの。ミタマがあの時何か呟いてるって気付いたから、形代のことを思いつけたんだよ。あの形代は見たいものを見せてくれる。アヤコさんはお子さんに会いたかったから……」

ミタマは照れくさそうに笑った。

『へへ。いや、そんなオレは』

二人で顔を見合わせ笑い合い、静かに家を後にした。外の空気は夜明け前で清々しく、二人は精一杯大きく吸い込んだ。

「さあ、次はどこに行く?」

にこやかに瀬織が尋ねた。

『どこって……まだやる気か?』

ミタマは呆れて首を振る。

「当たり前でしょ。私たちにはまだたくさんの仕事があるんだから」

『はいはい。分かったよ』

ミタマは諦めたように言ったが、その目は楽しそうに輝いていた。

こうして、瀬織とミタマの新たな冒険が始まろうとしていた。
彼らの前には、まだ多くの謎と、救われるべき魂が待っているのだった。​​​​​​​​​​​​​​​​

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