【霊能探偵怪奇譚】空っぽになる少女・3
虚ろな瞳はじっとミタマを見る。
何を考えているのか、何を感じているのか、ミタマには全くわからない。
しかし、ふと女性の口が動いていることに気が付いた。
『ん?何だ?何を言ってるんだ?』
じっと見ても、唇が動くだけで声は届かない。
それでも、同じ言葉を繰り返しているということは分かった。
『ああ、もう、ちゃんと読唇術勉強しとけばよかったぜ……あの時なんで真面目に聞かなかったんだ』
後悔の念を抱きながらミタマは必死に唇を読む。
『あ、い、え……ああ、い、あ、い、え……ああ』
繰り返す言葉を読むミタマ。
焦りが心を支配しそうになるのを抑え、自分に(落ち着け)と言い聞かせていた。
『ああ、い、あ、い、え、ああ、い、あ、い、え……まさか、「邪魔しないで」?』
その瞬間、突如としてミタマの頭の中に声が鳴り響いた。
「ジャマシナイデ」「ジャマシナイデ」
「ジャマシナイデ」「ジャマシナイデ」
「ジャマシナイデ」「ジャマシナイデ」
繰り返し、同じ言葉が響く。
ミタマの頭が割れそうになるくらい、その言葉は反響していた。
『うう……頭が……でも、これで意識が繋がった……はず。瀬織、も、見つかる……』
「ジャマシナイデ」「ジャマシナイデ」
相変わらず女性はこちらを見ていて、声も頭の中に届いていた。
その声に混じって、弱々しい別の声が聞こえた。何と言っているかはわからない。遠くから助けを求めているような、何かを伝えようとしているような……。
『これは...もしかして瀬織の意識か?』
希望の光が見えた気がして、ミタマは女性に近付こうとした。しかし強い抵抗を感じ、それ以上前に進めない。まるで見えない壁に阻まれているように、どうしても前に進めなかった。
どうやら女性の意識が激しく抵抗しているようだ。
邪魔されたくない、ただその一心で彼女は抵抗している。
『くっ.…..』
歯を食いしばり、ミタマは前を見据えた。
前に進めないどころか、逆に押し戻されそうな、それ程の抵抗。
後ろに弾き飛ばされそうになるのを耐えられているのは、意識外で守ってくれている泪達のおかげなのかもしれない。
『何とかしないと……』
(泪はオレにならできるって言っていた。焦るな。よく考えろミタマ!瀬織のパートナーなんだろ!)
ミタマは何度も自分に言い聞かせて、その度に瀬織を呼んだ。
声に力を込めて、何度も。何度も。
「瀬織、聞こえるか? オレだ、ミタマだ!おい、瀬織!聞こえないのか?」
必死に呼びかけるが、やはり反応はない。
さっき聞こえた弱々しい声も、今は聞こえない。
静寂だけが漂っていた。
『何か、何かないのか……』
何とか手掛かりを得ようと、今は動いていない波と女性の手元に視線をやる。
『……な、んだこれは』
ミタマの目に映ったもの、それは悲しみに満ちた光景だった。
彼女の手元には白い貝殻が丁寧に並べられていて、それは文字を形作っていた。
「まってる」
「かえして」
「どこ」
ミタマは胸が締め付けられる思いになった。悲しみのあまり、思わず目を逸らしそうになる。
この女性はここで誰かを待っているのだ。
何日も何日も。朝から晩まで。何も食べずに。
その誰かが来ないまま、女性は亡くなったのだろう。
その悲しみが、その無念が、瀬織を捕らえてしまった……。
そして瀬織もまた、この女性の悲しみに共感し、その記憶から抜けられなくなっていたのだ。
『瀬織!』
ミタマは叫んだ。
女性の悲しみが痛いほど伝わるこの光景。
しかしそれでも、瀬織には関係ない。助け出さないとならない。
『これはお前の記憶じゃない! 思い出せ!ここは瀬織の生きる場所じゃないんだ。みんな待ってる。待ってるんだよ、オレも……』
必死の思いを込めて叫ぶと、一瞬、女性の姿が蜃気楼のように揺らいだ。その中に薄く瀬織の姿が見えた気がした。
『そうだ瀬織、思い出せ!!今までの事、これからの夢、たくさんあるだろ?』
瀬織に呼びかけながら、ミタマ自身も思い出していた。出会ってから今までを。
出会った頃は状況を受け入れられず、瀬織と喧嘩ばかりしていた。
いつの間にか瀬織を心配するようになった自分に気付いて、無性に照れ臭くなる日もあった。
瀬織が大好きなアイスを分けてくれて、それをミタマも好きになった。
ミタマの具合が良くない時、瀬織はミタマが消えるのではないかと本気で心配をしていた。
笑い合って、喧嘩し合って、互いを大切に思い合える今。
ミタマは思い出を一つ一つ、瀬織の意識にぶつけていく。ぶつける度に、女性の姿は揺らめいた。
ミタマの言葉が、思い出が、瀬織の意識を少しずつ呼び覚ましているのか、揺らめいた女性の中の瀬織が、少しずつ濃くなっていた。
女性の抵抗はまだ続いていた。
ミタマにも女性の深い悲しみ、絶望はわかっていた。それでも瀬織を救うと決めたから。
『辛いよな、悲しいよな、無念のまま死ぬのは。オレ……わかるよ……。オレも……。いや、でも、瀬織は関係ない!瀬織はオレと帰るんだ!!』
女性の姿が揺れ、歪み、薄れてきた。それと同時に瀬織の姿がはっきりと見えてきた。まるで霧が晴れるように。
「ミタマ...…?」
瀬織の声が小さく聞こえた。微かだけど、それは確かに瀬織の声だった。
「ミタマ!」
『瀬織?瀬織だな?今行く!!』
はっきりと聞こえた瀬織の声の元へ、ミタマは急いで向かった。もう女性の抵抗はほとんどない。
ミタマは手を伸ばし、瀬織に触れた。瀬織がミタマを確認し、手を掴み返したその瞬間、真っ白な光が2人の周りに広がり始めた。
『おおっ!これもしかして……オレ達の現実に戻るのか?』
「……ごめん、ミタマ。私のせいで巻き込んだ……。もっと気をつけないといけなかったのに。でも……助けてくれてありがとう」
『な、なんだよ。気にすんなって。オレはお前のパートナーだからな!……手、離すなよ、瀬織』
照れながら笑い、瀬織の手をしっかりと握るミタマ。瀬織もまた、少しはにかみながら握る力を強くした。
安堵の空気は2人を包む白い光を強くし、光はそのまま弾け、2人を浜辺から連れ出した。
2人が消えた意識の世界は静止をやめ、何事もなかったかのように、女性は再び貝殻を拾い始めていた。
未だ悲しみと絶望の空気が、浜辺に漂っていた。