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第5章 「好きなことを仕事に」上級編−アカデミックポストを獲得する(2)博士号をめぐる諸事情

かつて文系の博士後期課程では、在学中に博士論文を執筆させないのが普通でした。文系の院生は博士後期課程に3年間在学の後に「単位取得退学」(博士後期課程に3年以上在籍し、修了に必要な単位数を満たした上での退学のことを指します。「単位取得後退学」「単位取得満期退学」または「満期退学」などとも呼ばれます)し、ただちに大学の助手や専任講師となった後、助教授→教授と昇進していきました。

文系の博士学位は従来、単位取得退学した大学教授が、研究の集大成として取りまとめた書籍を博士請求論文として審査にかけて、授与されるパターンが一般的でした。

一方、文部科学省は、単位取得退学について制度的裏付けがないと明言しています。

課程の修了に必要な単位は取得したが、標準修業年限内に博士論文を提出せずに退学したことを、「満期退学」又は「単位取得退学」などと呼称し、制度的な裏付けがあるかのような評価をしている例があるが、これは,課程制大学院制度の本来の趣旨にかんがみると適切ではない。

文部科学省ホームページ


しかし実際には、次に説明するように、退学後に博士後期課程在籍時と同等の条件で博士号を授与するための条件として単位取得退学と、単なる退学とを厳密に区別する大学が大半です。

たとえば、東京大学大学院新領域創成科学研究科慶應義塾大学など多くの大学で、所定の年限在籍し必要な単位数を満たして退学を希望する博士後期課程在籍者に対して「単位取得退学願」の提出を求めています。

そして、博士後期課程単位取得退学後、一定期間内(1年ないし3年の期間が多い)は、課程在学時と同等の条件で博士論文を提出できる旨の規定を設けている大学院がいくつもあります。

たとえば、東京大学大学院経済学研究科は、課程を修了するに必要な年限以上在学して所定の単位を修得し、論文指導を修得したうえで退学した者は、学位規則第4条第2項の規定により退学後3年以内に限り学位論文(課程博士)を提出して学位論文審査と最終試験を受けることができます。この場合の取扱は在学している者に準じると定めています。

文部科学省は、博士課程退学後に課程博士を授与することについて、次のように述べています。課程博士(甲号)は原則的には、博士後期課程修了時に授与する学位です。

一部の大学においては、博士課程退学後、一定期間以内に博士の学位を取得した者について、実質的には博士課程における研究成果として評価すべき部分が少なくないとして「課程博士」として取り扱っている例も見受けられる。このような取扱いについては、各大学の判断により、何らかの形で博士課程への在籍関係を保ったまま論文指導を継続して受けられるよう工夫するなど、当該学生に対する研究指導体制を明らかにして、標準修業年限と比べて著しく長期にならない合理的な期間内に学位を授与するよう,円滑な学位授与に努めることが必要である。

文部科学省ホームページ


こうした文部科学省の方針に沿って、博士後期課程退学後により在籍関係がなくなった場合は課程博士の授与は行わないものの、退学後一定期間内の論文提出を条件として、課程博士と同等の条件で論文博士(乙号)を授与する大学があります。論文博士の方が審査基準は厳しくなるのが一般的ですが、博士後期課程退学後間もない場合は、課程博士と同等の審査基準とすることで、円滑な学位授与を図る趣旨です。

論文博士とは、博士後期課程に在籍することなく、提出された論文に対して授与される学位です。

なお、課程博士(甲号)と論文博士(乙号)に差はなく、単に授与区分を示す記号に過ぎません。対外的には全く同じ博士号です。

たとえば、横浜国立大学大学院国際社会科学府は、博士課程後期を退学した者は、以下の条件を満たす場合には、 審査手数料を納付することなしに学位請求論文を提出することができ、審査に合格すれば博士号(論文博士)を取得することができます。

(1)国際社会科学研究科・学府博士課程後期に3年以上在学
(2)第2次論文中間報告に合格
(3)在学中に修了に必要な単位を取得
(4)退学後1年以内に学位請求論文を提出
(5)在学中に申請した希望取得学位と同一の学位を申請

私は横浜国立大学大学院国際社会科学研究科博士課程後期6年目の9月に博士(経営学)を授与されました。課程博士(甲号)で、学歴は「修了」となりました。

同級生の多くは博士号(課程博士)を取得した後、大学の専任教員に就任しましたが、単位取得退学をして、退学後1年以内に博士請求論文を提出して論文博士を取得した人もいました。

あるいは、単位取得退学後ただちに大学専任教員となり、そのまま博士論文を提出せずに現在に至っている院生もいます。

国立大学の専任教員に就任する場合、就任時に大学院の在籍関係の解消を求められることがあります。博士後期課程への在籍を継続して博士論文を執筆する希望を持ちながらも、泣く泣く退学を選択せざるを得なかった院生もいました。

1991年に東京大学を皮切りに始まった大学院重点化政策や、博士号取得者数を欧米並みに増やすことを意図した政府方針などで、文系であっても、博士後期課程在学中に博士論文の執筆に導くよう改革が行われはしたものの、文系では今でも、博士号取得の難易度は高く、退学を選ぶ院生は少なくありません。

それでも大学院重点化政策が始まる以前と比べると、文系でも博士号を取得する人は格段に増加し、博士号を持って大学専任教員の公募ポストへ応募してきます。大学教員公募への応募条件として、博士号または同等の業績を求められることが一般的です。

たとえば、2022年6月1日に公開された東北大学大学院経済学研究科会計専門職専攻(会計大学院)担当科目「管理会計」教員(准教授または講師)の公募で示された応募資格の一つとして「博士の学位を有する、あるいは、着任日までに博士の学位を取得見込みであること」が示されました。

ただし、文系の公募情報では、応募資格として、博士後期課程修了者またはこれと同等の研究の研究業績を持つ者、博士後期課程単位取得退学者などを求めることが大半で、博士号取得者に限定する求人は少数です。

それでも、大学の学部からストレートに、大学院修士課程(=博士前期課程)→博士後期課程へ進んだ院生も、大学教員への転身を狙う社会人院生も、博士号保有者の方が、大学教員の公募では相対的に有利となることが多いです。

次回は、大学教員になるための就職活動について詳しく見ていきます。

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